不敬になります
「先生、授業の開始を遅らせるようなことをしてしまい申し訳ありませんでしたわ。先生にも、こちらをよろしければ」
賄賂としてゼリーを渡してから席に戻る。
まだ、教室はざわついている。
「ラミア、ほら。ゼリーは売れるわよ。分かるでしょう? この反応で」
隣に座るラミアに話しかける。
「はい……。フローレン様のおっしゃったとおりです。ゼリーの販売で私は役に立てる……。結婚だけが貴族令嬢にできる唯一の役に立てることなんかじゃ……ありません」
ポロリとラミアの目から涙がこぼれる。
「今日のブドウゼリー。以前いただいたものよりも美味しかったわ。ゼリーの不純物を取り除く過程を丁寧に行ったのでしょうね? ブドウもゼリーにしておいしいものを探したのではなくて? あなたの努力なくしてはゼリーの普及は難しかったわよ?」
ラミアの両目から、滝のような涙が流れ始めた。
ちょ、私、何か悪いこと言った? ラミアをそっとして、逆側に座るアンナに声をかける。
「アンナ、あなたも実験台になってくれてありがとう。家では義母や義妹により強く嫌がらせをされたり、何をしているか白状しなさいと責められたりしたんじゃないかしら? よく耐えてくださったわ」
アンナも突然号泣し始める。
えー。なんで。私の両隣でハンカチを濡らす二人。
……ん、悪役令嬢が取り巻き二人をいじめて泣かせた図。ですね?
「やってくれたな、フローレン」
ちょっと怒ったような声が背後から聞こえる。
殿下の声だ。これは……公爵令嬢という立場を利用してラミアとアンナを泣かしたなと怒っているのかしらね?
「しわまで改善するなど……取り合いは間違いないじゃないか……また功績を重ねるなんて」
ん? 泣かせたことを怒っているわけではない?
恐る恐る振り返ると、殿下と目が合う。
「追いつきたいのに。フローレン、俺の先をどんどん離れて行ってしまうようだ。フローレン、どうしたら君の横に並べる?」
私の横?
「もしかして、殿下も、もう少し前の席に座りたかったのですか? でしたら、どうぞ」
ごめんね、ラミア、ちょっと殿下に席を譲ってもらえると声をかけて移動してもらう。
これ以上怒らせてはまずいような気がして、ぽんぽんと空いた隣の席をたたいてみる。
「あ、はは。そういう意味じゃないんだけどな」
え? 違うの? 横に並ぶって、私が上に来いってこと? いやいや、本当はもっと前の席に座りたいんですよ。これ以上後ろの席なんてノーサンキュー。
と思っていたら、殿下が机を乗り越えて私の隣に収まった。
「今は、これで良しとしよう」
殿下、近くないですか?
電車の座席かよ! ってくらい。いや、それよりも近い。
殿下の体が密着している。腕が当たってるってば。
授業中、ノートを書いててスペルミスしたとたんに、私のペンを持つ手を、体の後ろから腕を回して握りしめるのやめてください。
「ここは、こうだよ」
と、スペルを私の手をもって書き直す必要あります? 指摘だけしてくれればいいんですよ。
「見せて」って、私の教科書覗き込まないで。自分の見なさいよ。って、後ろの席に置きっぱなし?
レッド、リドルフト、気がきかない。殿下の教科書渡しなさいよ。
ん? 振り返ったらレッドとリドルフトがいない。殿下の勉強道具もどこぞにいってしまっている。
「フローレン、黒板を皆活用してるね。使い方がまちまちなのが面白いね」
私と視線を合わせるつもりなのか、顔をぐいと私の顔に寄せる殿下。
そうですね、皆黒板にいろいろメモしたり……落書きしたりしてますね。あの子落書きうまいな。先生の似顔絵か。
「殿下っ。もう少し離れてくださいませんか? これでは、黒板を消したチョークの粉で殿下の服を汚してしまいますのでっ」
そんなことをしたら不敬だもん。私の主張はまっとうだもん。
ドキドキしちゃうからやめてほしいのが本音だけど。
……本当に、やめてほしい。
殿下のことを好きになっても、失恋で終わるってわかってるんだから。ヒロインが現れたら殿下の気持ちはヒロイン一筋になるんだよ。




