お披露目
「おはようございます、フローレン様」
うっ。まぶしい。
朝からまぶしいわ。
アンナが私の取り巻きポジションについて二か月。朝の光を浴びて、アンナの髪が輝いている。
肌も見違えるようにつやつやだ。
「おはようございます。こちらは例の品ですわね?」
うっ。またもやまぶしい。
ラミアの髪や肌は相変わらずピカピカ。
それに加えて、この二か月ちょっとでどれだけダイエットを頑張ったのか。十キロは体重減った? まだ少しぽっちゃりという表現が似合うけれど、デブだとか豚だとかいう単語が逃げ出すような変わりようだ。
そして、肌や髪がつやつやになっただけなのに! 痩せただけなのに!
二人とも驚くほど美しくなった。もともとの顔の作りは悪くない上に、今は自信に満ちて表情が輝いているからだろう。
くっ。くくくっ。嬉しい誤算。
「ええ、そうよ。ラミアも、準備はできていて?」
ラミアがうんと頷く。
暫くしてレッドが数名の男子を引き連れてやってきた。
「これを教室に運べばいいんだな」
レッドの言葉に、ラミアが答えた。
「はい。よろしくお願いいたします。私はこちらを薔薇の間に」
ラミアがバスケットを手に取ろうとしたところレッドが先に持ち上げた。
「お前ら、その荷物を慎重に一年の教室まで運んでくれ」
レッドがバスケットを手にすたすたと歩きだした。どうやらラミアの代わりにバスケットを運んでくれるらしい。
「あの、レッド様、それは私がっ」
「いや、俺らもごちそうになってるからな」
「ですが、フローレン様のお荷物をお持ちするのは私の仕事でございますっ」
ラミアが必死にレッドを追いかける。
おや。あの二人仲がよろしいことで。
その間も、アンナは手伝いに来てくれた男子生徒たちに指示をだしている。
「こちらは割れやすいですから慎重に。教卓の上に乗せてくださいます? こちらの包みは……」
今日は馬車にたくさん荷物を積んできた。なんせ、黒板のお披露目の日だからね。
指示をするアンナの姿を、ちらちらと男子生徒たちが声をかけたげに見ている。
うんうん。綺麗だもんね。アンナ。
教室に入ると、前面の壁の半分を覆いつくす黒板に皆が興味深々だった。
そりゃそうだろう。学園とはいえ、貴族が通う場所だ。日本の学校の教室なんかとは桁違いに壁一つとっても装飾が施され豪華な作りになっていた。その壁が、真っ黒な板に覆われているのだ。
何が起きたのか! と思わない方がおかしい。
生徒が教室に全員揃ったところで、立ち上がった。
「皆さま、今日は記念すべき黒板デビューの日でございますわ。私からプレゼントがございますの」
小さく頷いて合図を送ると、ラミアとアンナが個人用サイズの黒板とチョークを皆に配り始めた。
その間に、階段をおり、教室の前面の黒板の前に立つ。
「皆様にプレゼントしたものは、黒板とチョークと言いますわ。教室に設置されたものとサイズは違いますが同じものです。使い方を説明いたしますわ」
チョークを手に取り、黒板に国の名前を大きく書き、消してから、また別の言葉を書いて消す。
「お分かりいただけましたか? 紙に記録するほどでもないメモや、文字の練習などに使っていただくものになります。また、今日から先生たちには必要に応じて黒板に伝えたいことを書いていただきます。ノートに書き写すべきことがあれば書き写すようにご活用くださいませ」
生徒たちがうずうずとした様子だ。
「あ、どうぞ、書き心地をお試しください。書いた文字は布などで軽くこすれば消えます。粉がゴミとして出ますので、吹き飛ばさないようにお気を付けください」
あっという間に、生徒たちはチョークを手に取り個人用黒板に何か書いては消すを繰り返し始めた。
楽しいですよね。黒板にチョークで落書きするの。
おっと、プレゼントは何も慈善活動じゃないのよね。
「チョークは学園の売店で追加で購入ができますわ。そして、黒板は見ての通り、小さいものから大きなものまで大きさは自由に作ることができますわ。ご希望に応じて販売いたしますが、領地へ大きなものを運ぶのは大変なことでしょうから……特別に、この学園の生徒にだけは、黒板を作るためのインクを販売いたしますわ。黒板の作り方もお付けいたしますので、ご利用くださいね」
さて。どう出るかな。
王宮でも黒板はそろそろ各省庁で導入されているだろう。便利さに気が付けば領地にも欲しいという希望者が出てくるはずだ。
学園で配った物を持ち帰った黒板を見て、何かひらめく者もいるはずだ。
そう。「商売しよう」という輩が。
だったら、黒板の販売はまねする人に任せる。だって、板を希望の大きさに切って黒板に加工して設置するのは手間なのよ。大きくなればなるほど手間だし人手もいる。だったら、黒板を作るのに必要な墨汁だけを売った方がコスパがいいのよね。
まぁ、墨汁じゃないもので黒板の色を塗ろうとする人間も出てくるだろうけど。墨汁の方が安上がりじゃない? と思えば墨汁を買うはずだ。
初めは学園の売店で細々と売って反応を見る。というか、目ざとい人間はすぐにドゥマルク公爵家に交渉してくるだろう。
学園だけで動くということは、まずは貴族相手に動くということ。そして、貴族であれば公爵家が売り出したものを勝手にパクッて儲けるなんて自殺行為はしないはずだ。よほど間抜けな貴族でない限り。
まぁ、あれよ。煤と膠が原料で、黒板に加工もしないとなると、全部ラミアの領地に生産任せてもいいんだよね。
黒板が広まればうちの領地はチョークが売れるからね。
さて。生徒たちは一通りチョークの書き心地を試したようね。
では、次、いってみようか。




