リドルフト登場
この世界のまずい食事をブクブク太るまで食べるなんて結構大変なよね?
まぁ、私はやってしまったけど。イーグルたんにいろいろ食べてもらいたくて。現代知識でいろいろやってしまったけれど。
「それとも豚だと言われて傷ついている自分がかわいいのかしら? そういうの、悲劇のヒロイン症候群っていうんですよ? 私って不幸だわをアピールすることで満足感を得る人のことよ。そのために、醜い姿で居るの?」
実際いるのよね。なんで、あんな男と別れないの? って言うことあるでしょ? 耐え忍ぶ自分が実は好きだっていうパターン。
かわいそうにと言われることに満足感を得る。
こういう人には同情的な声などかけない方がむしろ正解なのよね。
「わ……私……好きで太ったわけじゃ……」
あれ? しまった。これはもしかして、失敗したわ。
「フローレン様のように綺麗な方には分からないのよっ!」
泣いて、捨て台詞を残して、走り去って……え? 走ってるんだよね? 遅いのは太りすぎてるせい?
それはさておきまして。悲劇のヒロイン症候群だとすると「公爵令嬢にひどいことを言われた私はなんてかわいそうなの!」と喜ばせて症状を悪化させる原因を作ってしまっただけでは……。
「……まぁ、幸せな気持ちになっているなら、悪いことをしたわけでは……ない?」
私は悪役令嬢として名をはせることができるし、彼女は快感に浸れる……。ウインウインな関係? きっと悲劇のヒロイン症候群であれば「ひどい仕打ちをされている」と言いふらすことが好きだろうし……。
「ねぇ、君がドゥマルク公爵家のフローレン嬢って本当?」
はい?
唐突に声をかけられる。声のしたほうに視線を向けると、シルバーグレーのストレートロングヘアを一つにまとめ眼鏡イケメンが立っている。
あ、ゲームの攻略対象の一人。
公爵令息で宰相であるお父様のライバル。現在は宰相に次ぐ発言力を持つ大蔵相の嫡男。
ゲームだと、イーグルたんが攻略される以外の道では次期宰相はこいつに決まると言われている。
もしかして、もしかしなくても、私が幽閉されることでお父様とイーグルたん失脚だよっ。
って、あかんわ。自分のことしか考えてなかったわけではないけど……正直、領地の田舎に引っ込んでた時は政治的なことなんてうっかりすっかり忘れてた。
幽閉引きこもり生活はしたい。でも、かわいいイーグルたんに迷惑はかけたくない。
こ、これは……。頭の中で、上皿天秤の絵が浮かんだ。
右にのんびり幽閉引きこもり生活。左にイーグルたんの輝かしい未来。ゆらゆらと揺れ、あっちに傾き、こっちに傾き……。
「噂というものは当てにならないもんだな……。醜い容姿ゆえに、公爵令嬢でありながら婚約が調わないと言うのはでたらめだったわけだ」
はい? 王都ではそんな噂が?
「これはあれだな。もう一つの噂が当たってるってことか……」
もう一つの噂? まさか! 結婚したくないし、する気もないってバレてる?
ギクリと身を縮める。
貴族令嬢としての責務の一つ……。貴族の血を絶やさないように努めるということを放棄するのはあまり褒められたことじゃないのは知ってる。ノブレス・オブリージュだ。別に庶民の血を入れると穢れるとかそういう話ではなくて、教育を受けて育つ。その教育を子にも与えることができるという話だと思っている。言葉一つとっても、やはり貴族として教育を受けてきた人間と庶民では違う。……たとえ「俺を誰だと思っている」というお猿さんな子息であろうと、発せられる言葉に訛りはなく美しい発音だった。走るのが苦手なこ豚ちゃんでも、背筋はピンと伸びて頭をみっともなく振って手足をばたつかせるような醜い動きはしていなかった。
そして、私のような高位貴族の令嬢であれば、結婚とは時に外交。隣国との結びつきを強化にするための手段の一つとなることもある。その結婚をしたくないなんて、貴族令嬢としての責務を放棄していると思われても仕方がないことなのだ。
「ど、どのような噂でしょうか?」
大蔵相の嫡男……えーっと、確か名前はリドルフトだっけか。
「皇太子妃にと望まれ、ほぼ内定している。時期を見て発表するという話だ」
ほっ。なんだ、そんな噂か。
「ありえませんわ。私が殿下と婚約だなんて」
誰かと結婚する気はないだけじゃなくて。
ハンバーガーを奪って食べるような男。冗談じゃないっ!
「ふっふふ。そう、殿下を振っちゃうんだ」
振る? 何言ってんの。
「じゃあ、僕はどう? 殿下の側近候補で、将来有望だよ?」
ニコリと何か裏がありそうな笑いを顔に浮かべる。