ドアマットヒロイン
薔薇の間、なんだか知らない間にフローレンサロンとして定着してきた部屋に向かうと、入り口に一人の生徒の姿があった。
「フローレン様」
思いつめた顔をしている。髪と肌がボロボロな伯爵令嬢。名前は知らない。なんだっけな。会話もしないし、授業では先生が誰かの名前を呼んで指名することもないからいつまでたっても名前を知らない人ばかりだ。
返事を戸惑っていると、ラミアが私の前に出た。
「アンナ様、フローレン様に何の御用でしょうか?」
アンナは生意気だとラミアをにらみつけるかと思ったら、泣きそうな顔になっている。
「謝罪を……」
謝罪? 何の?
「アンナ、謝罪とは?」
アンナが深く頭を下げた。
「フローレン様がお選びになったラミアさんに対して、失礼な態度を取ったことを。いくら、父にフローレン様に近づけと言われていたからといって、間違っていました」
父に言われて私に近づいたのか。
「自分の意思で謝りに来たのではなく、父に謝れと言われて来たのなら謝罪はいらないわ」
そういうの、嫌いなのよね。反省もしてないのに、謝罪会見する政治家とか芸能人。言わされてる感は逆に見ていて胸糞悪い。
「いいえ……学園をやめる前に、謝りたくてフローレン様と……ラミアさんに」
アンナが一度顔を上げると、ラミアに頭を下げた。
学園をやめる?
「ラミアさん、ひどいことを言ってごめんなさい。私はあなたの美しい髪も肌もうらやましいけれど、それよりも……毎日お腹いっぱい食べていて満たされているのに、そのうえフローレン様に認められたことが妬ましくなってしまって……」
はい? どういうこと? 肌や髪がボロボロなのは、偏った食事のせいではない?
お腹いっぱいに食べられないから? ろくなものを食べてないってこと?
「アンナ、学園をやめるというのはどういうこと?」
アンナの腕をつかんでびっくりした。
制服に隠れていて見えないけれど、手首があまりにも細くて。
バスケットをラミアに手渡し、アンナのつかんだ腕の制服を上にめくりあげる。
「細い……何、この腕。拒食症? っていうか、ちゃんと食べないと駄目よ?」
ぐぅと、小さくお腹が鳴る音が聞こえた。アンナのお腹だ。
「朝食を食べていないの?」
アンナが困ったような顔をする。
「学園で昼食が食べられますから……あの、大丈夫です」
大丈夫じゃないよ。
朝食はちゃんと食べないと駄目って学校で習わなかったの! いや、ここが学校か、この世界の。
「昼食に持ってきたものがあるから、分けてあげるわ。いらっしゃい」
薔薇の間の扉を開きて手招きする。
「本当に大丈夫です。いつものことなので……」
「いつも? いつも朝食を食べていないの?」
「いえ、あの学園に通うようになって、食堂で食べられるだろうからと……」
ちょっと待って。
細い腕、朝食抜き、艶のない髪に荒れた肌、どう見ても栄養不良、学園をやめさせられる、父に命じられて……。
「アンナ、あなたの母親は義理の母親で妹がいて、妹ばかりを両親はかわいがっていたりしない?」
アンナがハッと口を押える。
「なぜ、ご存じなので……いえ、あの、違います」
「何が違うの? 学園に通わせてもらえるのは、私や殿下と同じ年で、取り入ることができるからじゃないの? それが私を怒らせてしまったという声が父親の耳に届いて、謝って許してもらえ、許してもらえなければ学園をやめさせると言われたのではなくて?」
ボロボロとアンナが泣き始めた。
「私は、間違っていたのです。いくら自分が追い詰められていたからと、ラミアさんにひどいことを言っていいわけではなかったのに。ラミアさんの姿を見ていて、なんて馬鹿なことをしてしまったのだろうと。毎日悔いていました。たとえフローレン様に許していただいたとしても、ラミアさんを傷つけてしまったことをなかったことにはできない……と」
あちゃー。やっちまった。
「そうね、傷つけてしまったことは、謝っても、許してもらっても、過去は消せないわよねぇ……」
そんな事情があるとは知らずに、髪や肌がボロボロだって言っちゃったんだ、私。
そりゃ、手入れなんてできるわけもないのに、手入れしていてそんな状態? とかまで言ったよね。
継母に虐められてるシンデレラなんて思わなかったし……。ひどすぎるね、私。
度も思い出しては悪いことをしたなぁって思うやつだ、これ。
まさかのぉ、ドアマットヒロインも主人公じゃない立ち位置で出してみた~!
ピンク頭のヒロインはまだ出てきてないよ!




