私は完璧な悪役令嬢です
「それがチョークですか? 黒板というのは?」
「黒板は黒い板ね」
テーブルをぽんっとたたく。
「これ、仕上げにニスが塗ってあるのよね? 板を黒く塗ってからニス……艶のないものがいいかなぁ。塗ると塗料が剥げないよね?」
「黒く塗る? それはインクで? かなり高価なものになりますね」
ん?
確かに。
インクって高価だよね。そこそこ。まぁ、教室に設置するでかい黒板が高価でも、一回設置しちゃえば何度も買い替える必要はないから問題ないとして。文字を練習したりメモしたりするのに使う、個人用黒板があまり高価になるのは問題よね?
インクじゃなくて墨汁を使った方が安くできる? 墨汁の代わりにタコやイカの墨を使う?
いや、生臭くて腐りそうだから駄目かな。というか、黒板を作るのに、どれだけの量のイカが必要になるのか! そっちのが問題だよ!
やっぱ墨汁が欲しいところ。あれって、確か煤とか。
「ああ! これよ! これ!」
目に入ったのは暖炉だ。
煙突掃除すると煤が集まる。
「煤よ、イーグル。煤を集めてもらいましょう! 煤と、膠があれば墨ができるわ!」
膠の材料は確か、そうよ、そう! あるわ。協力してもらえば手に入る!
膠の材料は動物の皮や骨から抽出したものだ。つまり、ゼラチンと一緒。確か膠からもっと不純物を取り除いたものがゼラチン。すぐにでも手に入るわ。ラミアに頼めば。
まぁ、なんということでしょう。
黒板とチョークの試作品が、一週間後にはできてた。
イーグルたんすごい。
このところ真っ黒になっていたり真っ白になっていたりする使用人がやたらと多いと思っていたら、総出で煤集めや貝殻粉砕していたらしい。使用人たちもすごい。
あとは、私の仕事よ。任せて!
学園に殿下へのプレゼンテーション用の画用紙くらいのサイズの黒板とチョークを数本持っていく。
「フローレン様、これは?」
馬車を降りると、布にくるんだ黒板にラミアが気が付いた。
「ラミアがくれた膠で作った黒板よ。もし、大量生産することになれば、膠生産をラミアの領地に頼むことになると思うわ。ゼリーもこれから売り出していきますし、忙しくなりますわよ?」
ラミアが顔を紅潮させる。
「領地の発展のためになるんですね。嬉しいです!」
「うん、まぁ、プレゼン……殿下にとりあえず提案して上手くいけばね。今日の昼に薔薇の間でお披露目よ」
ラミアが右手にバスケット、左手に黒板の包みを持った。
「片方持つわ」
流石に私が手ぶらで、ラミアに荷物を全部持たせるのも申し訳なく声をかける。
「いえ、フローレン様にお荷物を持たせるわけにはいきません。これは私の仕事ですっ!」
キリリとした表情で言われる。
えええっ! そりゃ王妃の侍女目指してるなら、王妃に荷物を持たせる侍女なんて駄目だから持ちたいんだろうけれど。
まぁ、でも、私は練習台の公爵令嬢にすぎないし。それに、悪役令嬢ですからね。
ラミアの思い通りにはさせない意地悪な悪役ですからね。
周りの生徒たちにも聞こえるように声を張り上げる。
「命令よ!」
高飛車な態度でラミアが逆らえないように命じるなんて、悪役令嬢そのもの。くふふ。
「その荷物を渡しなさい!」
反抗は許さないとばかりに、ラミアからバスケットを奪い、そのまま振り返りもせずすたすたと歩いていく。
私、完璧な悪役令嬢ね!
「今のご覧になりました? 荷物を持たせまいと気遣って」
「綺麗なだけじゃなくて優しいんだなぁフローレン様。あんな女性と結婚出来たら幸せだろうな、殿下がうらやましい」
「しかしジョージのやつ、フローレン様が認めた女性をあんな扱いするなんてどういうつもりなんだろうな」
「確かに。初めは見た目はいまいちだし爵位も低いし金で無理やり婚約させられかわいそうだとも思ってみたが」
「けなげで優秀。よく見ればそれほど醜くもないだろう? いくら不満だからって目の前で浮気するのはやりすぎだろう」
「しかし初日からそんなラミア嬢を助けようとしたフローレン様は本当にお優しいなぁ」
「婚約こそまだですけれど、殿下とは順調に仲睦まじくしていらっしゃるようですし」
「お昼はいつも一緒に食べていらっしゃいますものね。むしろ、これ見よがしに人前でイチャイチャすることがなくて好感が持てますわ」
「私もフローレン様のような方にお仕えしたいですわ。どうすればいいのかしら」
「やはりラミアさんを見習うべきですわよね。子爵令嬢でも認められるんですもの。私にもチャンスはありますわよね!」
「侯爵令嬢だからとフローレン様に近づいて痛い目に合った方たちにはもうチャンスはないかもしれませんが」
「ああ、あの方たちね。肌や髪がボロボロだと言われたらしいですわね。伯爵令嬢でしたか」




