のり
「お義姉様、僕を王都において領地に帰るつもりですね? そんなの許しません。パン屋も放り出していくつもりですか? 養鶏は? お義姉様がそのつもりなら、僕はもう何も手伝いません」
「えっ? それは困る。一人じゃ無理だよっ」
イーグルたんが私を抱きしめた。
「そうだよね、一人じゃ無理、僕が必要でしょ? お義姉様には、僕が必要でしょ? 僕にも、お義姉様が必要なんだ。だから、離れないでね?」
「……イーグルは一人でもなんでもできちゃうと思うけど? 私なんて何もしてあげられないよ?」
背中と腰に回ったイーグルたんの手に力が入る。
「何もしてくれなくてもいいんだ。離れないでね? もし、僕を一人にするなら、僕は壊れちゃうよ? そうして、お義姉様を壊しちゃうからね?」
壊れちゃう?
初めて会った時のイーグルたんを思い出す。両親を失い独りぼっちになった小さなイーグルたん。細くて小さくて壊れそうだった。
一度一人きりになってしまった経験がトラウマになってるのかな。
もう、きっと、一人でも大丈夫なのに。……怖いのかな。
「大丈夫。絶対に一人にはしないからね?」
ちゃんとヒロインと仲良くなったのを見届けるから。全力でヒロインにイーグルたん攻略ルートに載ってもらう。
殿下もリドルフトもレッドもつぶす。いや、ルートをつぶす。
「お義姉様……本当?」
「任せて! 私がいなくなってもイーグルたんが一人にならないように頑張るからね!」
イーグルたんの両肩をつかんで体を離すと、まっすぐ目を見た。
「……違う」
「ん?」
「分かった。お義姉様がいなくなったら一人になっちゃう状態なら、ずっとお義姉様がいてくれるんでしょ?」
イーグルたんの背中をトントンと優しくたたく。
「安心した?」
イーグルたんが嬉しそうに笑って、私の手をぎゅっと握る。
二人で手をつないで、そのまま居間へと移動する。
「なら、簡単だ。僕は誰とも親しくしない。それならずっとお義姉様は僕のそばにいてくれるってことだね」
「何か言った?」
「ううん、何でもない。それより、貝殻も食べられるの?」
貝殻を食べる?
「やだなぁ、イーグル。流石に貝殻は食べないわよ。あ、でも粉末にして鶏の餌に混ぜるとよい卵を産むと聞いたことが……?」
卵の殻にカルシウムが必要だから鶏にはカルシウムが必要で云々とか聞いたような?
「……本当に、どこからその知識を得るのか……。お義姉様にはいつまでたっても勝てそうにない」
いや前世の知識があるだけで、私自身は無能よ。しかも怠惰ね。貴族名鑑すら覚える気がないし。イーグルたんの方が圧倒的に優秀よ? などと考えていたら、ノックの音が聞こえ、料理人の一人が小さな麻袋を手に入ってきた。
「イーグル様、貝殻処理場に確かに少量残っておりました」
「ああ、ありがとう」
調理人にお礼を言ってイーグルたんが麻袋を受け取る。
「お義姉様、少しですが、貝殻が手に入りましたよ。大量に必要であればあとは領地からすぐに取り寄せる手配をします。ああ、鶏の餌に混ぜるとよいという話ですから、そちらの分も取り寄せましょう」
なんと! イーグルたん優秀!
そうか。貝殻は生ごみと別に処理するのか。確かに貝塚って歴史で習うくらい貝殻は他のごみと違って処理に困るのか……な? それが残ってないのか料理人に確かめさせたんだ。
「ありがとうイーグル。あのね、実はチョークと黒板を作ろうと思うの」
イーグルたんが首をかしげる。
「貝殻を粉にして糊で固めて細長い形にするの。糊……あんまり固まり過ぎないで、かといって形が崩れないように保持されるもので……えーっと」
何かないかな。米……はないな。小麦粉などのでんぷん糊?
食べ物を使うのは避けたい。食べる者に困っている人からしたら、上流階級の人間が使うチョークに食べ物を使っているというのは腹が立つ話だろう。そのせいで自分たちが食べられないと思うかもしれない。
となると、着物などにつかう洗濯糊、接着剤としては弱いけれど絵具や壁材など粉末状の物に混ぜて使うこともあるって聞いたわね。あれはたしかふのりだっけ。海藻からできているから、海苔だとおもったら糊だったっていうのを覚えている。まぁ、ふのりも食べ物なんだけど、一般的に食べ物として流通してないから……
「なんかヒジキみたいな海藻で赤っぽい色のやつを煮てところてんみたいな……のが、糊になって?」
ところてんじゃだめなのかな? うーん、他に何が接着剤……糊に使えるんだろうね。よくわかんないや。
 




