★殿下視点★
フローレンはとても賢い。
柔らかいパン……。その元となる魔法の粉もフローレンが開発の陣頭指揮を執った。
そして、まずはリドルフトとレッドに俺の目の前で試食させ、二人にだけドライイーストを手渡す。リドルフトもレッドもすぐに手渡されたレシピとドライイーストを料理長に手渡したことだろう。すべてはフローレンの思惑通り。
フローレンはレシピを元に柔らかいパンを焼くことの口止めはしなかった。つまりは……。
噂を広めたいということだろう。
試作ということで王室にはまだ渡せないと言っていたが、すでにあれは完成されたレシピだ。
王室でも手に入らない魔法の粉、新しいパン、高位貴族の家に雇われる料理人のプライドを刺激しないはずがない。
横のつながりも強い。
すでに、料理人たちの間では「魔法の粉とはなんだ、いつ、どこで手にはいるのか、実際に作られたパンはどのようなものなのか」と噂で持ち切りだろう。
お茶会などに提供して貴族から広めるよりも、新しい料理人たちから広める……。「あそこで食べたパンは美味しかったですわ」と雇い主から言われればプライドが傷つき別のおいしいものを模索する者もいるかもしれない。しかし「噂のおいしいパンをいち早く作って雇い主に食べさせよう」と思わせればアンテナを張り巡らせ、手に入る方法があればすぐにでも飛びつくはずだ。
本当に舌を巻く。
王宮でもすでに噂は広がっていて料理長から「殿下は実際に魔法の粉をご覧になったと。どのようなものでしたか」と尋ねられたくらいだ。
フローレンの狙いは大当たりだ。
王宮でもまだ手に入らない魔法の粉……。
かといって、ドゥマルク侯爵家が王室をないがしろにしているわけではないというアピールで、側近となるリドルフトとレッドだけには特別に手渡しているから抜かりないよな……。
「あー、もうっ、フローレンにふさわしい男になるためのハードルが高すぎるんじゃないかっ! くそっ。畜生! だけど、絶対俺は、フローレンにふさわしい男になって見せる! そして、婚約してもらうんだっ! フローレン、待ってろよ! 絶対、絶対、俺は、歴史に名を遺すような賢王になれるように頑張るからな!」
……だが、むしろ歴史に名を遺すのは、王妃フローレン……ってなりそうだよな。
ドライイーストも……すでに隣国への貿易品目というよりも、交渉材料として使えるのではないかという話まで出ている。
まぁ、俺が「一度食べたら、二度と今までのパンでは満足できない素晴らしさだ!」と声を大にして主張したからな。
ハンバーグはすでに隣国でも調理法として伝わっている。フローレンが作り出した新しい料理に間違いはないと証明されているんだ。
今回はハンバーグとは違い、「柔らかくておいしいパンを作るための魔法の粉」という形がある品物が必要となるわけだ。
隣国を柔らかいパンの虜にし、魔法の粉を輸出する代わりに新たに協定を結ぶ可能性もある。
たかが食べ物だろう、そこまでの力があるわけないだろうと反対する者もいるが、食べて驚くがいいさ。
しかし……フローレンの言っていた提案したいこととは何だろうか。またフローレンのことだ。どんなすごい話を持ってくるのだろう。
ああ、それにしても、婚約したいな。したい。
父も母も乗り気だ。だが宰相……フローレンの父親がいい顔をしない。
前回、婚約の打診をして断られた後……フローレンは学園入学まで領地にこもって王都から去ってしまったからな。
今度は学園をやめて領地にこもられても困る。
とにかく、俺は宰相に認められる男にならなければいけない。
どこまでフローレンにふさわしい男になれるかはわからないが。やるしかないんだ。
少なくとも、ダンスはは認めてもらえた。
「語学に力を入れるべきか?」
フローレンのもたらした魔法の粉をきっかけに、新たに交流を持つ国も出てくるだろう。
交流か……。人前に出ると緊張する俺の一番苦手な分野じゃないか。
いいや、苦手なんて言ってはいられない。大丈夫だ、昔に比べて緊張しなくなってきた。
フローレンを前にしても普通に話ができるようになった。普通に……できているよな?
いやそもそも好きな子を前に普通でいいのか?
いくつか女性が好む恋愛小説を読んで勉強するべきか? 女性が理想とする男性とはどういう人物なのか。
いやいや、今は自分を磨くことの方が先だ。
フローレン、学園を卒業するまでには君にふさわしい男になるから。
フローレン。好きだよ。君のなにもかもが好きだ。あんなに美しくなって他の男がフローレンを奪い去ってしまわないか心配だ。
いっそのこと太ったままでいてくれればよかったのに。どんな姿をしていても、僕には世界で一番魅力的な女性であることは変わりがないんだ。
そうだ!
いつも昼食を分けてもらってばかりでは申し訳ない。おいしいお菓子を持っていこう。
おいしいと言えば……。甘いジャムやはちみつを食べて食べるクラッカーだろうか。いいや。
隣国から取り寄せた「ゴーフル型」でやいた甘いウーブリがいいだろうか。
そうだ。そうしよう。卵と砂糖と使ったゴーフル型で焼いたウーブリを持っていこう。
王宮主催の舞踏会で広めるつもりだったからまだ国内では知る人は少ない。宰相の目にも触れてないから最近まで領とにいたフローレンは知らないだろう。四角いハチの巣のような模様ででこぼこした形のゴーフル。