ブタとカボチャ
「殿下、誰かとお間違えでしょう? 私のどこが豚だとっ!」
きぃーっ! 他の人たちは誰も五年前のコロコロ太っていた私だと気が付かなかったというのに、なぜこいつは……。まだ私が豚に見えるというのか! 失礼な!
「豚……いや、フローレン、お前もずっと会っていなかったのに、俺のこと……覚えていてくれたんだな」
なぜか、文句を言ったら殿下が嬉しそうな顔を見せる。
「それは」
ゲームのスチルで覚えてるから当然だけど。っていうより……。
「忘れてもらえると思っていらっしゃるんですか? 女性に向かって豚と罵った行為を。いくら皇太子殿下とはいえ、あまりにも失礼ではありませんこと? それに、先ほども、また豚とおっしゃいましたわよね? 豚要素が一切ない、私を罵ってどうするおつもりですか?」
おかしいな。ヒロインと出会った後は、ヒロインを愛するあまり私を疎ましく思って罵るようなこともあったと思うけど……。まだ、何もしでかしてないのに……。
いや、まてよ? 幼少期のハンバーガーを分けてあげなかった件を恨んで根に持ってる?
根に持ってるのはこっちだよ! 豚とか言うか? まぁ、おかげで現実に目を向けてお父様とイーグルたんの豚公爵と呼ばれる未来を回避できましたけども! ちょっとは感謝……して……なくも……なかったこともないような、ない……ような……。ないわ!
再び豚と言われたことで、わずかな感謝の気持ちも吹っ飛んだわ! ぶひーっ! って、鼻息とともに吹っ飛んだわ!
「それは……悪かった」
殿下が頭を下げた。
「その、言い訳ではないのだが、俺は人前に出ると緊張してしまうんだ……」
言い訳ではないと言いながら、言い訳を始めた殿下を冷めた目で見る。
緊張だ? 割と傍若無人に見えますけどね? 人の屋敷に乗り込んで食べる物奪ったりとかしたよね?
「そ、それで……緊張したら、人を豚だと思えばいいのよと教わって……その……」
ああ、そういえば。日本だと、発表会とか人の目が集まって緊張するなら、ジャガイモやカボチャだと思えばいいみたいに言いますよね。この世界じゃ豚かよ。
どちらにしても、ジャガイモもカボチャも豚も、おいしそうだなと思ってよだれが出ちゃう危険がある。どうせなら猫だと思えと教えるべきじゃなかろうか? モフモフ想像したら、それだけで緊張感のない緩んだ顔になると思うんだ。いや、緊張感なくしすぎも駄目なのか?
「き、緊張してしまったんだ。あの時のお茶会では、フローレンに声をかけるのに、その、すごく緊張して……さっきも、俺のこと覚えているだろうか、声をかけたら迷惑じゃないだろうかといろいろ考えたら緊張して……俺は、その、お前を前にすると……」
はぁ? 緊張して、豚だと思ったらつい、豚と声をかけてしまった?
「分かりましたわ。では、新入生を前にして『新入豚どもせいぜい学園生活を楽しむことだ』とでもおっしゃるわけですわね? それはそれは、殿下の生徒会長としてのスピーチを楽しみにしておりますわっ。では失礼いたしますっ!」
知るか! 私だって、カボチャだと思えと言われたって「あら、カボチャさんごきげんよう」なんて言ったことないわ!
あ……でも、天使だと思ったイーグルたんに「なんてかわいい天使かしら!」と口に出しちゃったわね? 大天使なお父様に「大天使」と言ったこともあったわ。仕方ない? 仕方ないの?
昔の私ならば、豚と言われても馬鹿にされてる一〇〇%だと思うけど、今のこの完璧ボディを見てもなお豚だと言うのは……確かに馬鹿にする意図があるとは考えられない?
「豚が、近づくんじゃねぇ!」
は? だから、誰ですか!
こんなに完璧ボディな私に向かって豚って言うやつは!
振り返るとそこには、豚がいた。
いや、失礼。こほん。昔の私が成長したかのような、立派な豚ボディのご令嬢がいた。
艶やかなミルキーゴールドの髪に、透き通るような白くもちもちの肌の餅令嬢が。いや、失礼失礼。あまりにも鏡餅体型……げほん、ごほん。
突いたらとても柔らかそうな魅惑的な餅令嬢の前には、赤毛で背の高いやんちゃそうな男の子の姿があった。やたらと脂ぎって、体臭が獣臭そうな近づきたくないタイプの生徒だ。
「ですが、ジョージ様、入場は婚約者がエスコートすると聞きましたので……」
「はっ、まっぴらごめんだ。お前みたいな豚が婚約者だなんて全校生徒に知られるなんて冗談じゃねぇ」
男子生徒……赤毛猿はジョージというのか。
餅令嬢はジョージの言葉に、悲しそうに下を向いてしまった。
うん、うん、分からなくもないよ。学園は一五歳から一八歳の子が通う場所だからね。日本でいうところの高校生だよ。
高校生って「あれがお前の彼女?」「ひゅーひゅー仲いいね!」とかいろいろからかわれたりとか嫌な年齢だよね。
けどさ、恥ずかしさをごまかすために婚約者にひどい言葉をかけるのも違うんじゃないかなぁ。
いや、待てよ?
「もしかして、ジョージ様は、婚約者を前に緊張していらっしゃるのかしら?」
「はぁ? 誰だよ、緊張なんてするわけなっ」
つい、声をかけてしまった。
不満げな顔でこちらを向いたジョージが言葉を途中で切って息を飲む。
あとで気が付いたのですが、黄色い帽子のあれは関係ないです。
名前は偶然です……
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