そうじゃない
「個室を取った男が、女に鍵を渡すのがどういう意味か知ってるのかっ、知っていて、お前は受け取るのか?」
レッドが慌てて否定しようと口を開こうとするより前に閉じた扇を机に打ち付けた。
「何を誤解しているかわかりませんが、レッド様は私とラミアが持ってきたバスケットを運んで個室に置いてきてくださったんですわ。レッド様ありがとうございます」
レッドに丁寧に頭を下げる。
殿下がしょんぼりした。
「ご、誤解してすまない……。荷物なら、次は俺が運んでやる」
「馬鹿ですかっ! どこの世界に殿下に荷物持ちをさせる人間がいます? そんなことをさせられるのは、両陛下か殿下の婚約者くらいでしょう」
あとは、ヒロインかな。でもヒロインは義弟エンドになるから近づかせないけどさ。
「ば、馬鹿って言った……フローレン様、それは流石に……」
レッドがうろたえている。
あ、本当だわ。思わず皇太子殿下に向かって馬鹿と……。いやいいや。どうせ断罪されるんだもん。一つ二つ罪状が加算されるだけ。
「だから、俺はフローレンの荷物を持ってやる」
だからって接続詞はどこからくるんだ。
「殿下の意思で荷物を持ったとしても、後々殿下に荷物を持たせるような非常識な人間だと言われて被害を被るのはこちらなのですわっ!」
殿下がぐっと奥歯をかみしめる。
「俺は……フローレンに何かしてやりたいんだ。荷物持ちがだめなら、何がしてやれる?」
まっすぐな目で私を見る殿下。真剣そのもののの目だ。
「私に……何かしてあげたい? それは、どうしてですか?」
「いや、それは……その、言わなくたって分かるだろ?」
首をかしげる。
分からないので、とりあえずレッドの顔を見ると、レッドがうんうんと訳知り顔で頷く。
いつの間にか殿下の隣に現れたリドルフトの顔を見ても、力強く頷かれた。
ラミアの顔を見たら、ラミアが幸せそうな顔でにこにこしている。いや、にやにやかな。
何だ、皆、理由がわかってそうだ。
「……もしかして、豚といったことに対する罪滅ぼしですか?」
私の言葉に、リドルフトがブルブルと頭を振っている。ハズレのようだ。
「では、ハンバーガーを奪ったことを詫びるため?」
レッドが頭を横に振っている。また、ハズレだ。
「あ、分かりましたわ。そうでしたの。……一日も早くドライイーストが欲しいんですわね? そのための点数稼ぎですわね?」
なるほど。恩を売って、手に入れようという算段ですか。
「ち、違う……」
殿下ががっかりした顔をする。
「あら? 違いましたの? 柔らかいパンが食べたくはないのですか?」
「いや、それは違わない」
「ほら、やっぱり」
流石に、意地悪しすぎたかな。ちょっと反省。
「いや、そうじゃない、俺は、その……その……」
「違うと言ったり違わないと言ったり、よく分かりませんが、分かりました」
私も何を言ってるんだ。まぁいい。
「殿下は私に何かしたいのですね? でしたら、何かしてほしいことがあれば頼みます。それでいいですか?」
殿下が嬉しそうに笑う。
「ああ、なんでも言ってくれ。フローレンのためなら俺は何だってする。もちろんできないこともあるが、できる限りフローレンの願いを叶えると約束する」
まぁと、ラミアが小さく声を漏らした。
先生が到着し、会話をやめて席に座ると、ラミアがため息を吐きながらつぶやいた。
「殿下は情熱的でいらっしゃいますのね」
情熱?
確かに、柔らかいパンをためるだけのために何だってするなんて、ものすごい情熱だよな。
どんだけ食いしん坊なんだとびっくりしたかな。昔からだよ。殿下は。
ご覧いただきありがとうございます。




