私は悪役令嬢
上にはいかずに、ラミアの元に戻る。
「本当に、恥ずかしいことですわね」
怒りを抑えながら涼しげな声を出す。
私の言葉に、ラミアを取り囲んでいた令嬢が調子に乗って、さらにペラペラと話し出した。
「そうですわよね! このように豚のように丸々と太った体型で同じ制服を着ているというだけで腹立たしいですわよね」
「厚顔なのは、肉の厚みだけではないようですわ」
「フローレン様のように美しく高貴な方と同じ教室の空気を吸っているだけでもありがたいと思いなさい」
何かを口にしたかったけれど、うまく言葉が出てこない。
扇を取り出しいったん広げてからパチリと音を立てて閉じる。口を閉じなさいという貴族令嬢独特の合図だ。
流石に、王立学園入学までにそのあたりのことは学んでいたのか、令嬢たちは口を閉じた。
「ラミア、いらっしゃい」
うつむいて泣き出しそうだったラミアに声をかけると、ラミアはポロリと涙を落としながら笑った。泣きながら笑うとか、器用だな。
ラミアが顔を上げるのを確認すると、すたすたと階段を下りて最前列に座る。
午前中の授業が終わった後に席を移動することが普通なのかちょうど開いていたのよ。
これで、先生の声もよく聞こえる。
「フ、フローレン様?」
「どうして……子爵令嬢なんかを……」
静かに、授業を受けたいと思っているのに、まだざわざわと令嬢たちが話を始める。
黙れよ。
立ち上がって振り返る。
「豚だとおっしゃったのはどなたかしら? もう、本当に恥ずかしくて聞いていられませんでしたわ」
本当に。
「私も、過去に豚と言われたことがありましたのよ?」
殿下にね。
令嬢の何人かが体を固くする。私が太っていたということを知っている者たちだろう。
「太っている人を、豚だの醜いだの近くにいるだけで不愉快だの同じ空気を吸いたくないだの同じ制服を着るなだの……随分いろいろな声が聞こえてきましたが……私のこともそのようにおっしゃっていらしたの?」
一部の令嬢が青ざめる。やはり言っていたのか。私のことも。
「私が、再び昔のように太ったらどうなさるおつもり? 一度口にしてしまった言葉は消せはしませんわ。私はいつまでも覚えていてよ。私が太った時、本当は心の中で豚と同じ空気など吸いたくないと思いながら私に話かけてくるのね……と、必ず思い出すでしょう。そんな方々とうまくやっていける自信はありませんの」
陰口は仕方がないのよ。……太っているのは事実なんだし……。
でも、本人を取り囲んで悪口を浴びせるのは「言葉のリンチ」でしょう。しかも、伯爵令嬢や侯爵令嬢がそんな態度をとってしまえば、男爵令嬢や子爵令嬢はラミアと親しくしたいと思ってもできなくなる。それどころか「あなたもそう思うでしょう?」と尋ねられたら頷くしかなくなっちゃう。
許せない行為だ。
「悪く思うのは自由でも、悪口を言うことは自分自身を不自由にするだけだよ」
とは言ってみたものの……。
……ん? それって、悪役令嬢がするべきことなのでは?
いけないわ。説教垂れてる場合じゃない。悪役令嬢としての責務を果たすことも大事だった。断罪されて修道院幽閉コースのために! 大丈夫、人に言っておいて自分はできてない人間なんて、ありがちよ。しかも偉そうにしてる政治家だとか上司だとかによくいるよね。
お前らは悪口を言うな! だが、俺は言う! オーケー。悪役度マシマシ。
悪口……。えーっと。
「ラミアの肌はキメが細かくすべすべですが、あなたの肌は荒れてボロボロですのね? あなたはラミアのように艶のある美しい髪に比べて枝毛も切れ毛も多くてバサバサね?」
ラミアを取り囲んでいた令嬢の後ろの方にいたやせっぽちに話かける。
「あら、あなたに至ってはボロボロの肌にバサバサの髪……伯爵令嬢でしたか? 十分に手入れもされているでしょうに。手入れをされたうえでその程度ですの? 恥ずかしくはありませんか?」
言ってやったわ。悪役令嬢らしくね。
あらあら、まさか自分が言われると思っていなかったのか、泣いてる令嬢もいるわ。どんだけ打たれ弱いんだ。
いや、コンプレックスをジャストミートしちゃったのかな。
……チクチク。
良心が痛む……。うう、慣れないことはするもんじゃないわね。




