皇太子視点
いつからだろう。
期待されるあまり、人の目が怖くなった。
失敗して失望させたらどうしようと、体がかたまり、動けなくなった。
緊張して、怖くて、頭が真っ白になって……。
大丈夫ですよ殿下ならばと言われようとも、人前では緊張してまともに声を出すことすらできなくなってしまった。
ある日、王宮主催の子供たちのお茶会に見慣れない令嬢が参加していた。
「謝ってください」
一度見たら忘れないような鮮やかなプラチナブロンドの少女が大きな声を上げている。
「あら? いやだわぁ。そんなに怒らなくてもよろしくて? 少しぶつかっただけですのに。ああ、怖いわ」
子供なのに濃い化粧をした茶髪の令嬢に馬鹿にされたような眼を向けられている。
「少しぶつかった? でも、わざとでしたわよね? 私の周りに人はいませんでしたもの。近くを通る必要はあるとは思いませんし、わざとぶつかったのですわよね?」
図星を刺されたのか、茶髪令嬢は顔を赤く染めた。
「わ、わざとじゃありませんわ。たまたま近くを通っただけよ、そう、一人でいるあなたが寂しくないかと親切で近くに来てあげましたのよ?」
しらじらしい言い訳を茶髪令嬢が口にする。たまたまと言ったあとに、来てあげたとは矛盾もいいところだ。
「それは、ありがとうございます」
ん? 気が付いていないのかプラチナブロンドの少女がにこりと笑った。そして、手に持っていた皿をずいっと茶髪令嬢に向ける。
「ですが、たとえ親切でこちらに来たとはいえ、ぶつかったら謝るのが筋ではありませんこと? お皿の上のお肉を落としてしまいましたのよ?」
ぷっと、茶髪令嬢が笑った。
「あらいやだわ。まさか、怒っていらしたのは肉が落ちてしまったからでしたの? 食べ過ぎずに済んで、ちょうどよかったんじゃありませんこと? ふふふ、ふふ。ドレスがはちきれるのを止めたのですもの、お礼を言っていただきたいくらいですわ」
茶髪令嬢の発言に、周りに集まった令嬢や子息たちから笑いが漏れている。
確かにプラチナブロンドの少女は他の令嬢に比べて少しふくよかではある。
少女は、茶髪令嬢をにらみつけると、強い口調ではっきりと言った。
「謝りなさいと言っているのです」
あまりの迫力に、茶髪令嬢が笑いを止めて顔を白くする。
「な、何よ、たかが肉の一つや二つ。新しいものを持ってくれば済むでしょう?」
確かに、少女は自分の思い通りにならなくて喚き散らしている癇癪持ちの子供に見えないこともなかった。
「たかが、肉の一つや二つと、おっしゃいましたか? そのたかが肉の一つが食べられなくて命を落とす者もいるのですよ?」
心に少女の言葉が突き刺さる。
「謝りなさい! 食べ物を粗末に扱うような行為をしたことを!」
少女が皿を茶髪少女の鼻先に突きつける。
光を受けプラチナブロンドの髪がキラキラと光っている姿は、なんと神々しいのだろ。
癇癪なんかではなかった。正しいことをまっすぐに相手に伝えているだけだ。
かっこいい……。
なんて素敵なんだろう。
失敗を恐れて何も言えずにびくびくしている自分が恥ずかしくなった。
プラチナブロンドの美しくかっこいい少女に、僕の目はしばらく釘付けになった。
「はっ、生意気ね。私を誰だと思っているの? お父様に言いつけてやるからっ!」
いけない。子供のしたこととはいえ、出てくる親もいる。
「ええ、言いつけてくださって構いませんわ。ドゥマルク公爵令嬢フローレンにわざとぶつかって怒らせてしまった、と」
公爵令嬢? 彼女が! ハンバーグを生み出したという令嬢か!
俺の大好物ハンバーグの産みの親!
話しかけたい。
だけれど、お茶会にはたくさんの人が来ている。
人の目が怖い。話しかけたいのに、うまく声を出すことができる自信がない。
そう思ったとき、お母様が教えてくれた言葉を思い出した。
「大丈夫よ。人だと思うから怖いの。みんなカボチャやジャガイモだと思えば」
「お母様、カボチャもジャガイモも動いたり話かけたりはしません」
お母様が、確かにそうねと首をかしげてから、口を開いた。
「じゃぁ、そうね。豚だと思えばいいのよ。緊張して人の顔が見られないなら、相手は豚だと思えば」
「豚、ですか?」
そうだ、周りにいるのは人間じゃない。令息でも令嬢でもない。豚だ。豚。豚。
バクバクと心臓が波打ちだした。
大丈夫。声をかけて、名前を聞こう。
勇気を出すんだ。緊張で汗をかいた手をぐっと握りしめて、彼女に近づく。
「おい、豚」
――、そうして、彼ら彼女らの話は始まった。