どっちが好き?
「殿下、殿下に試食させるなどという不敬は致せませんわ。もし、殿下がどこかで試食したサンドイッチの話を漏らしてしまえば、殿下に試食させたとして私が罰せられかねません」
殿下がぐっと言葉に詰まる。それから、悲しそうな顔を見せた。
ざまぁ。流石に奪い取って食べるなんて、この年じゃできないでしょ?
「では、側近である私が試食し、合格点を出したものを食べていただくと言うことでしたら問題ありませんね?」
リドルフトがそう言ってサンドイッチを食べ始めた。くっ。お前も裏切り者か! 一緒に殿下にざまぁする仲間はいないのか! ちっ。
「こ、これは……。ハンバーグとはまた違うが確かに肉。肉なのに柔らかい。パンも肉も歯で簡単にかみちぎれる。ナイフもフォークも必要がない……味は確かに牛肉ではあると思うが、この柔らかさはなんだ?
「そして、ペッパーやナツメグといったように口に入れてもなお、何が使われているのかと言い当てることができないスパイスの効いたソース。スパイスが効いていると言うのに甘味も感じる。しかしこれは蜂蜜や砂糖の甘さとは違う甘さだ……。このソースが何とも肉の料理とパンをなんとも恐ろしいほど融合させている」
まるで、料理漫画に出てくるキャラクターのようにペラペラとよく言葉が出てくるなぁと、リドルフトの言葉を聞いている。
いるんだ、こういう、おいしいものを食べるとそのおいしさを語彙の限り伝えようとする人って。
……一方、レッドはうんまで終わってもう一つ食べてましたよね。
私? 私もレッド系ですけど何か?
美味しい物を味わうのに脳細胞使えば言葉なんて出てくるわけないし。
いや、待てよ? それが駄目なのか?
刺身をいかに美味しいのかプレゼンするときに、美味しさを私の語彙力では伝えきれないのか?
……こ、これは……。インスピレーションでキャッチコピーを考える天才レッドと、知識と語彙力で巧みに美味しさを表現するリドルフト。
この二人は、ドゥマルク公爵領の特産品を売り込むために必要な人材なのでは?
ニヨニヨしながら二人が食べているところを見ていたら、殿下がサンドイッチに手を伸ばすのを見逃してしまった。
パクリと、殿下がサンドイッチにかぶりつく。途端に、とろけそうな位の笑顔を浮かべた。
くっ、なんだ、このイケメンの頬染笑顔。やばすぎるだろ。破壊力が。
そりゃモテるわ。こんなの子きゃぁきゃぁ言うわ。うっかり私までドキリとしちゃうくらいだもん。いや、好きにならないけどもさ。ヒロインとくっついた挙句に私を断罪するキャラだからね。そうと知っていてまんまと好きになったら、単に私はダメンズホイホイじゃないですか。
殿下はサンドイッチを一切れ食べ終わると、キラキラとした瞳で私の手を握った。
「好きだ」
え? 突然の、愛の告白? だから、好きになりませんよ?
「ハンバーガーも好きだが、この三角のも好きだ」
なんだ私のことじゃないのか! 紛らわしいっ! ちょっとドキドキしちゃったじゃないの!
「どっちかを選べと言われても、選べない」
殿下の言葉に胸が痛む。
私とヒロインどっちかを選べと迫った挙句にヒロインを選ばれたことを思い出し、私の心の奥に何かが突き刺さった。
殿下の手を振り払い、ついでにぴしゃりと叩いておく。
「婚約者でもない乙女の手に許可もなく触れるものではありませんわよ?」
殿下が顔を真っ赤にして手をひっこめた。
レッドとリドルフトは、残念な子を見る目を殿下に向ける。




