授業
「フローレン、お前その後ろの……」
教室に入ると、殿下が今日は名前で呼んできた。そして、すぐに私の後ろにいる餅令嬢ラミアに気が付き視線を向ける。
慌てて、殿下に近寄り、他の者に聞こえないように耳元で話しかける。
「まさか、彼女に豚って言うつもりではありませんわよね? 許しませんわよ」
「俺は、だれかれ構わず豚なんて言ったりしない。き、緊張する相手にだけだ」
私は、特別に豚と言われてるってこと? どんな特別だ!
殿下の言葉を無視して、横を通り過ぎ、席に着く。
自由席になっているので、どこでもいいのだけれど。だいたいは、位の低い者が前方で、位が高くなるにしたがって後方。階段状の席になっているため、前は低く、後ろは高い。位の高い者が見下ろされるというのを好まないためらしいけども。
暗黙の了解ってだけで強制ではない。ゲームの中でも、男爵令嬢のヒロインが一番前に座り、公爵令息のイーグルたんがその隣に座るシチュエーションもあった。学年をまたいでの授業では、殿下が一番後ろの自分の隣にヒロインを座らせることもあった。
とにかく、一番後ろはおのずと殿下とその側近が座るわけでしょ?
近づきたくない私はそんな場所に座りませんとも。
真ん中の段あたりの窓際の日当たりがよさそうな席に座る。ラミアは私の前の席に座った。
ざわざわとそれを見て教室の中が騒がしくなる。好きな席に座っただけで噂されるとか、めんどくさいよね。
後から入ってきた生徒たちは、私よりも前方の席に座っていく。
勉強熱心な生徒が多いのか、教室の前方の席はぎちぎちにつまっていた。後ろの方はガラガラだから移動すればいいのに。
「本当にあの方が公爵令嬢のフローレン様? 五年前の姿からは想像もできないわ」
「むしろ男爵令嬢ラミアの方が……いや、今は子爵令嬢だったか」
「まさか、あんな子を伴うなんて。先を越されてしまったわ。すぐにフローレン様に取り入らなければ」
「ラミアよりも伯爵令嬢の私のほうが、フローレン様にはふさわしいわ」
「あんなデブ、ろくな働きも出来ない癖に。生意気だわ。フローレン様に近づくなとくぎを刺さなければ」
チラチラとこちらを見ながら何か話をしている。ラミアはぎゅっと体を固くして俯いている。
まぁ、視線の多くには悪意を感じるけれどね。何を言ってるのか知らないけれど、どうせろくでもない話よね。悪役令嬢を貫くつもりだから、いちいち気にしないけどさ。
授業は気が抜けない。黒板がないのだ。黒板が!
そして、教科書も学校の備品。本は高価な上に、一つ一つが大きくて重たい。
とても何教科も持ち歩くのは無理だ。その結果、学校で使う教科書は学校の備品。必要な人は家用に高い教科書の写本をそろえる。
つまり、教科書に書き込めないし、板書もないので先生が話をしていることを聞きながらノートにメモしていくしかない。
くっ。中にはぼそぼそと小さな声で何を言っているのか分からない先生もいる。
なるほど。声を聞き洩らさないようにしようと思ったら、前方の席に座るしかないわけね。
しくったわ。明日はもうちょっと前の席に座りましょう。
私、勉強好きなのよ。もちろん学生の頃はあんまり好きじゃなかったけどね。大人になって「もっと勉強しておけばよかった」って気持を経験すると、勉強が一気に楽しくなるのよ。しかもこの世界って娯楽が少ないから、知らないことを教えてもらえる機会ってめちゃくちゃ貴重なわけよ。
それにしても、前の方の席に座っているくせにお喋りしてるあいつら何? うるさくて先生の声が聞こえないわ。
赤いリボンの女と、赤い髪の男。いちゃこらしてんのか? って、赤い髪の男はジョージじゃない?
どういうこと? 婚約者はラミアでしょ? 浮気か? あんなに堂々と?
いやもう、そんなことより、うるさいっ! 授業中やぞ!




