優しい悪役令嬢
「わ、私のことを、豚だと罵ったフローレン様をひどい人だと思い、睨むような真似をしてしまい……本当に申し訳ありませんでした……」
……あれ? それって、私の方がひどいことしたことにならない?
なんで謝られてるの? もしかしたら、遠回しの嫌味?
「私……聞いたんです。フローレン様は昔、私のように太っていたと」
誰に聞いたんだろ?
「そして、フローレン様に言われた言葉を思い出しました。豚だと言われるのが好きだと思っていましたわ……という言葉。馬鹿にされているのだと思って傷ついた私に、酷いことを言われる自分が好きなんじゃないかとも……」
言ったわ。悲劇のヒロイン症候群かなと思ったからね。
「その言葉の真意は、豚だと言われて傷つくならなぜ痩せないのかと言うことですね。太ったままでいるということは、豚でいることを私が選んだと。同じように太っていたのに、痩せたフローレン様からすれば、そう見えるのは当然です」
うん?
「弟子にしてください! 厚かましいお願いだとは思うのですが、私、痩せたいのですっ! ……どうしたら痩せられるのか教えてくださいませ……師匠!」
ちょっとまって。餅令嬢あらためラミアさん。
弟子にしてくれって、まだ、いいわよと言ってないのに、師匠と呼ぶとか押しが強すぎません?
お猿令息ジョージに言いたい放題言われているときは、もっと大人しそうな子に見えたけれど。
「今までのように、豚だと言われても、ひどいことを言う相手を心の中で責めるのは嫌なんです。私を傷つける言葉を言う相手が悪いと思っていました。フローレン様に言われて気が付きました。相手を責めるばかりで私は何も変わろうとしなかった……。痩せたいと思っても、痩せるための努力をしようともしなかった……師匠、痩せたいです」
くっ。
まるで「先生、バスケがしたいです」みたいな顔しやがって! そういうのに弱いんだよ。
確かに、痩せたいといってもダイエットなんてこの世界にはない。どうしたら痩せられるかなんて知識は広まっていない。太けりゃコルセットでギューギューしめて細く見せようとか、食事を抜こうとか、体に悪い方法しかない。そりゃ、痩せたいけど行動に移すのは厳しいよねぇ。
「あなたが痩せたとして、私に何の得がありますの?」
悪役令嬢なのでね。人助けとかするキャラじゃないのよ。
「え?」
ラミアが驚いた顔をしている。
「あ……あの、わ、私、なんでもいたします! どうぞフローレン様の手足として働かせてください。学園では侍女の代わりにしてください。あの、荷物もお持ちいたしますし、どのような雑用でもご命じいただければ……」
別に、現代日本人が中に入っているので、パシリなんていらないんですよねぇ。コンビニ行って焼きそばパン買って来いとか、そもそもその焼きそばパンが売ってないわけですし?
「結構よ。弟子を取る気などありませんもの。痩せたいのならば、食事の量は学食の一人前を少し残すくらいにすることね。それからお菓子などの間食は三日に一回。あとは運動よ。乗馬とダンスでもなさい」
バスケットを持って移動しようとしたら、私の前にラミアが立ちふさがり、バスケットの取っ手に手を伸ばした。
「フローレン様っ、なんとお優しい!」
ちょっと待って。なんで優しいなんて言葉が出てくるの? 悪役令嬢よ、私。
今も、弟子になんてしてやらないよ、あっかんべー! って断ったわよね?
「子爵令嬢など小間使いのようにこき使われても当たり前だと言われておりましたのに……。何も見返りを要求することもなく……痩せる方法を教えていただけるなんて!」
まるで、雷に打たれたような衝撃を受けた顔をするラミア。
「フローレン様、私、フローレン様に一生ついていきます!」
……いや、ついてこなくていいよ? 修道院に行くつもりだしさ。
迷惑そうな顔をすると、私たちのやり取りを見ていたメイが口を開いた。




