悪党一家
「えーっと、リンゴやレーズンがブクブクとしている瓶にスプーンですくったものを、蜜の入った桶に入れて、何日かニヤニヤしながら眺めたあと、使用人にものすごい勢いで桶を振り回させていました。そのあとにその色の部分を取り出して洗ってから天日に干していたのですが」
うん、イーグルたん、製造過程はほぼその通りなんだけど、ニヤニヤしてた?
「で、その、これは何なのかな?」
おお、そうでした。この世界になかったものを作り出してしまったのです。名前を正確に伝えるのは私の役割。
「ドライイーストですわ」
そう。私が作ったのは酵母のその先。イースト菌だ。生イーストでは日持ちしないためドライイーストにした。これがあればいつでも酵母を作る過程を経ずに膨らんだパンが作れる。
あ、もちろん膨らんだパンは発泡酒を酵母の代わり……つまりエールなんかで簡単に出来ちゃったりするからすでに存在してるんだけども。所詮は代用品。酵母はパン作りに特化したものと、いまいちな物がある。何度も酵母を作りパンを焼き、優秀な酵母を培養してイーストを作ったのだ。
「ドライイースト……もしかして、柔らかいパンの秘密はこれか?」
ふっ。お父様、いいことを言いましたわね。
実はドライイーストを使おうと天然酵母やエールを使って焼いても柔らかいパンはできない。膨らんだパンができるだけだ。
柔らかさの秘密は、材料を他にもいろいろ混ぜ込むところにある。保湿力の高い材料、バター、油、はちみつ、砂糖、卵黄、ヨーグルト、生クリームなどね。
だけど、それを知らない人間に、ドライイーストを使うレシピを広めたらどうなるか。
お父様のように「ドライイーストを使うと柔らかいパンが焼ける」と勘違いする人が出てくるというわけだ。
つまり、「柔らかいパンが食べたいからドライイーストを買う」……ドライイーストが売れるということだ。
「お義姉様、悪い顔になってます」
何? 悪役令嬢顔になってる? うん、それはゲーム補正だからね。
「ふふふ、お父様、企業秘密ですわ。柔らかいパンを作るレシピとともにドライイーストを広めた。そのために、まずはパン屋を開きます。柔らかいパンを作りたいという人が増えてきたころに、ドライイーストの量産もできるといいかと思いますわ。お父様、このドライイーストは領地の特産品になれると思いまして? 温度管理が多少必要ですが遠方へも運ぶこととも可能ですわ」
お父様がうんうんと頷いている。
「間違いない。パン屋はいつどこに開く予定だ? いや、その前にお茶会でも開いてパンを皆にふるまおうか? とりあえず王宮で働く者に配ってみるか? 資金は私に任せなさい」
お父様は大変乗り気。ありがたいありがたい。
でも、まだこれは計画の準備段階なのよね。
だって、ドライイーストは作り方がばれてしまえばどこの領地でも材料をそろえて作ることができちゃうんだから。
我が領地にしかできないもので特産品を作らなければ、数十年先……いえ、数年先にも行き詰るだろう。
ふふっ。本当に特産品にしたいものは別にあるんですよ実は。おいしいものを皆にたべさせてやりますわよ。無しでは生きられないようにして差し上げますわ!
「ほーっほっほっほ」
あら、失礼。悪役令嬢っぽい笑い方をしてしまいましたわ。
「はーっはっはっは。フローレン、皆がこれを求めて膝まづく姿が見えるようだよ」
お父様がドライイーストの瓶を掲げて、悪の総統みたいなセリフを口にする。
「ふっ、ふふふっ、お義姉様が天下を取る日も近いですね。僕は宰相の座を目指し、影から支えますよ」
イーグルたんが天使の笑みを浮かべて、悪の組織の参謀みたいなことを言う。
あっれぇ? ま、いっか。




