クソガキ
「入学式はどうだったんだい?」
お父様はどれほど忙しくても夕食には姿を現す。王都に帰ってきてから五日間。毎日だ。お城と屋敷が馬車で十分ほどのため食べたらまた仕事に戻るというブラック労働中。
「ええ、特に何もございませんでしたわ」
皇太子殿下に豚って言われたくらいで、事件らしい事件もなかった。
イーグルたんが綺麗な目をギラリと光らせる。
「お義姉様、何もなかったことはないでしょう? 義父上に心配をかけまいと報告しないつもりですか?」
ん? 豚って言われたこと? ちゃんと自分で仕返しするから大丈夫だけど?
「何? フローレン、私に心配をかけまいと……辛い思いをしたのに、黙っていようなどと……なんと父親思いのいい子なんだ……」
目を潤ませる大天使イケメンお父様。
うん、領地に姿を見せるときは日に日にやつれていたけれど、私とイーグルたんが戻ってきて数日でお顔がつやつやしてきましたよ。
そりゃそうよね。一緒に戻ってきた料理長がスペシャル料理を用意してくれてるんだもん。
「それで、何があったんだ?」
私が何か言う前にイーグルたんが熱のこもった声で報告した。
「大蔵相令息リドルフトがお義姉様に婚約を申し込んだらしい」
ポロリと、お父様の持つフォークからミルフィーユ牛カツが落っこちました。
そう、固いお肉は何もミンチにしてハンバーグするだけが柔らかく食べられる方法じゃない。
薄切りにして重ねてミルフィーユ状にすれば柔らかく食べられるのよ。適当に脂身も間に挟むと、ちょっぴり霜降り風にもなるし。
そして、カツには料理長に何度もダメ出しをして作ってもらった特製カツソースがかかっている。
ソースよ、ソース。醤油は発酵食品だから再現が難しいんだけれど、ソースはそれっぽいのができちゃいました。野菜と果物とスパイスを煮ればいいんだもん。ただ何を使ってどう配分するかがさっぱり分からなかったので……。そういや料理長泣いてたな。ごめんよ。
「な、な、な、なんだって、あのクソガキ……私の大事なフローレンを汚すとは!」
いやいや、汚されてないって。どういう思考回路してるのかな。
「それで、どうなったんだ?」
お父様の言葉に、イーグルたんが答える。
「お義姉様は、リドルフトの婚約を断ってパン屋を始めるそうです」
お父様がカシャンと音をたてて、左手に持っていたナイフを取り落とした。
「すまん、イーグル。私には、その、クソガキの婚約を断ることと、パン屋を始めることの繋がりが全く分からないのだが……」
「父上、僕にもお義姉様の気持ちは理解できません」
ちょっと、二人が残念な子を見るような目つきで私を見てるわ。
なんで? 分からないとか理解できない方がかわいそうなんじゃないの? どうして私が残念な子になってるの?
しかし、そういう顔してるとそっくりよね。本物の親子みたい。ふふふ。
「リドルフト様がおっしゃったのよ。将来宰相になりたいから私と結婚したいのかと問うたら、宰相になると忙しくて領地運営が満足にできない。だから、宰相になりたくはないと」
お父様がちょっと悲しそうな顔をする。
「……確かに、領地のことは二の次になってしまい、現状維持がやっとだ。領民にも申し訳ないことをしているな……」
慌てて首を横に振る。
「いいえ、お父様、現状維持でも十分ですわ。だって、すでに領民たちは、飢えることもなく幸せに暮らせているんですもの。宰相職をしながらこれほどの領地運営をできるお父様は素晴らしいと思いますわ!」
私の言葉にイーグルたんもうんと頷いている。




