天使の鬼
「う……」
「ねー、ほら、早く聞かせて?」
なかなか大好きって言ってくれない義弟にじれてちょいと顔を上げてイーグルたんの顔を見る。
イーグルたんが真っ赤になっている。
あ、ごめん。思春期の男の子……反抗期の男の子に、家族への愛を叫べなんて無理難題過ぎたか。
「好きだよ……」
小さな声でイーグルたんがつぶやく。
それから、私の体を引き寄せて、ハグ。強く抱きしめられる。
「好きだよ、フローレン……大好きだ」
私の肩に顎を乗せるようにしているイーグルたんの声が耳にダイレクトに届く。
声変りしかかっているかすれた声。きっと今だけしか聞けないイーグルたんの特別な声だ。
っていうか、お義姉様じゃなくて、名前で呼んだよね。ええ? これも成長?
「リドルフトと結婚なんてしないで……」
あ、そういえば、そういう話をしてたっけ。
なるほど。イーグルたんってば、私が結婚したら誰かにとられちゃうみたいな気持ちになったのね。うんうん。私もイーグルたんに彼女ができたら複雑な気持ちになるだろうし、お父様が再婚すると言ったら、うまくおめでとうをすぐに言う自信はない。
まずは驚くだろうし、戸惑うだろうし、どんな人間なのかとめちゃくちゃ探りを入れるし。
まぁイーグルたんはヒロインと出会うまで誰かと恋することはないし、ヒロインが相手ならば相手に不足はないのだけれど。
「しないわよ。時期宰相の座を狙って婚約したいっていうの? と尋ねたら、笑い飛ばしていたわ」
「僕のお義姉様を利用しようとしたのか」
「ふふふ。どうやらそうでもないみたい。ただ、からかいに来ただけだったみたいだわ」
イーグルたんが体を離し、私の両肩をつかんで顔を覗き込む。
「それ、好きな子をいじめたいタイプってこと?」
はい?
「何を言っているの? 好きも何も、初対面よ? というか、噂の真偽を確認するために来ただけだと思うわ」
本当に醜いかどうかを見に来たんだよね? 噂は当てにならないとかなんとか言ってたし。
「噂? まさか、美しいという噂を聞きつけて……」
「違うわよ。逆に、醜いから婚約者ができないんじゃないかって噂が立ってるみたい」
イーグルたんの顔が憎悪にゆがむ。ひぃ、怖い。
「み、に、く、い? 僕のお義姉様を、醜いなどと、いったい誰が……」
私のために怒ってくれてる? にしても怖いよ、せっかくの天使顔が鬼の形相だよ。
鬼は鬼でも美しさで人を惑わす鬼だけどね! イーグルたんはどんな顔をしても美しいもん。
「ほらほら、イーグル、話がそれちゃったわ。リドルフトとは結婚しないってとこまで話をしたっけ? まぁ、婚約とか結婚とかどうでもいい話なんだけどね」
「こ、婚約の話はどうでもいい……」
「リドルフトと話をして、私は決めたわ!」
そう。本題はこれだ。
「えーっと、決めたとは、何を?」
広い玄関ホールへと足運ぶ。吹き抜けになった天井には大きなシャンデリア。
くるりとシャンデリアの下で回り、両手を広げてイーグルたんに私の計画を口にする。
「パン屋を開くわ!」
すごいでしょ。ふふふ、公爵領発展のための第一歩よ!
ドヤ顔をすると、イーグルたんがきょとんとしている。
「いったい、なぜ婚約の話からパン屋に……」




