第26話『猿夢に殴り込み乗車』
廃校からの帰り道。私は疲れが出たのか、電車内で思わず眠ってしまった。意識が遠のいてフワフワした感覚の後、うっすらと声が聞こえてくる。
「……次は、活け造り、活け造り~」
よく通る車内アナウンスが、遠かった意識を少しずつ覚醒させる。まだ私が降りる駅の名前じゃないから大丈夫か……。
「次は、活け造り、活け造り~」
再び響く車掌の声。次が活け造り駅なのは分かったって。だからもう少し寝かせて……あれ? そんな名前の駅あったっけ?
「やめろ! やめてくれぇぇぇぇぇ!」
夢心地の頭で考えていた刹那、近くで男性の悲鳴が上がる。それが私を耳をつんざいて意識を覚醒させた。目に飛び込んできたのは乗っていた電車の車内風景。しかし照明が弱くて薄暗い。そして、
「やめっ……がああああああああ!」
少し離れた右隣の席で、サラリーマンの風体をした中年男性が、血しぶきを上げながら絶叫していた。体に包丁を何度も突き刺され、引き裂かれ、その身は文字通り『活け造り』へと変えられていく。
「活け造り、活け造り~」
そんな非道を行っているのは、乗務員の恰好をした3匹の小鬼だった。青い顔には大きな鼻と耳がついており、ニヤリとした口からはみ出る牙も相まって、人間でないことをこれでもかと主張してくる。ギョロリとした目玉を細め、笑いながら手に持った包丁で男性をいたぶっていた。
(ひいいいいいっ!? に、逃げ——)
視界に入った惨劇を、本能で拒否して目をつぶる。そしてそのまま席を立とうとしたが、
(あれ……体が、動かない!?)
首から下が銅像になったように動かない。指一本起こすこともできず、完全な金縛りにあっていた。その事実を認識した瞬間、心臓の鼓動だけが更に加速する。
(やだやだやだやだやだやだやだやだ!)
頭がこんがらがり、とにかく動こうと藻掻くが、首から上が多少揺れるだけで何も変わらない。そうしている内に、男性の悲鳴が聞こえなくなっていた。
「アハハ、アハハハハハハハハ!」
代わりに、小鬼たちの甲高い笑い声が上がる。肉を裂く音は全く聞こえなくなり、彼がどうなったのかは嫌でも予想できたけど、それを直視するのは無理だった。
「次は、抉り出し、抉り出し~」
再びアナウンスが流れる。さっきと内容は違うが、活け造りと同等に悲惨なことになるのは間違いない。そして、
カツカツカツカツ…………。
ゆっくり、踏みしめるような足音が私の方へ近づいてきた。さっきまで怖くて目を閉じていたが、音だけ聞こえるというのも怖かった。なのでつい細目を開けてしまう。
「………………ひっ!」
動けない私の目前に、ニタニタと笑う小鬼たちが陣取っていた。そしてその手には、活け造りに使われた血まみれの包丁が握られている。
「目玉と内臓を抉り出します。電車が停止するまで立たずにお待ちください」
アナウンスと同じ声で、真ん中の小鬼が笑顔で語って来る。人を見下し、それでいて純粋に『業務』を楽しむような笑みに、私は吞まれそうになった。
「助けて! 助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて!」
唯一動く口で連呼する。こんなわけのわからない状況で死ぬのは嫌だ。そう思って繰り返す私を、小鬼たちは笑い飛ばし、
「抉り出し、抉り出し~」
目玉に包丁を向けて近づけてきた。そして、
「貴様らの臓物を抉り出してくれるわぁぁぁぁぁー!!」
その刃が届く前に、剛じいの拳が小鬼の体を吹き飛ばした。素早く順番に顔面を殴られ、その勢いで車内の端、連結通路の壁に叩きつけられて消滅する。
「危ないところだった。奈鈴、無事か?」
「剛じいぃぃぃぃぃー!」
見知った顔がいつものように助けてくれて、思わず泣きそうになった。いつの間にか金縛りも解け、反射的に立ち上がって剛じいに駆け寄る。
「バカ! 何で最初からそばにいなかったの! すっごい怖かったんだから!」
「すまん、こっちに来た瞬間、少し離れた場所に飛ばされたみたいでな。でも間に合ったから許してくれ」
苦笑いをしながら頭を下げる私の守護霊。頼りになるけど、怖い思いをするのは相変わらずだから、そこんところも何とかしてほしい。
「……それで、ここは一体なんなの? さっきまで乗ってた電車と見た目は同じだけど」
そう言って私は窓の外を見る。眠る前に見えていた星や街灯などが消え、夜闇で何も見えなくなっていた。今までの経験で何となく分かる。ここ、普通の空間じゃない。
「俺にも分からん。変な気配が車内に漂って警戒していたら、いつの間にかこうなっていた。俺は隣の車両に飛ばされていたが、奈鈴の気配を追ってここまで来たところだ」
剛じいにとっても、この状況は想定外のようだ。でも一つ分かることは、ここにいると危険であるということ。早々に何とかしてこの電車から脱出しないといけない。
「そういえば、ユウちゃんは? 一緒じゃないの?」
「ああ、ここに来るまでには見かけなかった。あの子もどこかに飛ばされているかもしれんな」
「それじゃあ、ユウちゃんを探しながら帰る方法を探しに行こう」
そう言って話がまとまったと思ったら、
「……あのー、お取込み中のとこ悪いんですけど、ウチも一緒に行かせてもらえませんか?」
少し離れた左の席から声が聞こえた。ギョッとして振り向くと、そこには私と同じくらいの年齢の女の子が座っていた。セミロングの黒髪と赤縁メガネ、そしてピンクのパジャマが特徴的な彼女は、引きつった苦笑いを見せている。
「ウチも金縛りは解けたけど、ちょっと腰が抜けて動けなくて……少し待ってもらえません?」
「えーっと、貴女は……? あ、私は江宮奈鈴と申します」
「おいおい、初対面相手に急に名乗って大丈夫か?」
「思いっきり奈鈴って呼んでた身でそれ言う?」
「ごもっとも……俺は江宮剛一郎だ。それで、あんたは?」
「ウチは駿河。駿河美賀って言います。江宮さんはともかく、剛一郎さんって……なんなんです?」
駿河と名乗った子は、剛じいの透けている体、特に足のない下半身をジロジロと凝視している。まあ、それが普通の反応だよね。何も感じなくなってきている私の方が異常だよね。それを実感する形になって少し心が重くなった。
「私の守護霊のご先祖様です……ビジュアル面は若干不本意だけど」
「ひどくないか!?」
オーバーにショックを受ける剛じいだったが、そのやり取りを見て駿河さんの表情が少し柔らかくなった。まあ、緊張がほぐれたなら何より。
「あはは……えーっと、役に立てるかは分かんないけど、ウチこの状況について少しは知識があるから、助けてくれれば提供しますので……」
「本当ですか? 助かります。それに、こういう時は助け合うのが当たり前ですから、見返りとかあんまり気にしないで下さい」
私はそう言って、駿河さんに手を差し伸べる。剛じいが霊的な意味で全然警戒していない様子を見るに、この人も私と同じで巻き込まれた被害者なのだろう。なら放ってはおけない。怖いのは嫌だよね。それに、この状況で他に人がいるのは私にとっても心強かった。
「…………天使」
「へ?」
「見返り無しに手を差し伸べてくれる美少女……これが天使か」
と思ったら、駿河さんは変なことを言い出し始めた。天使? 美少女? 私が?
「感謝ッ、圧倒的感謝ッ……! やはりこの世は愛と希望に満ち溢れているッ! 我が生涯に一遍の悔い……は結構あるけど、ともかくここで死なないなら良し!」
一人で舞い上がり、笑顔で涙を流しながら私の手を強く握り返す駿河さん。あれ、これもしかして選択を間違えた?
「ご、剛じい?」
「……まあ何だ、同年代同士、仲良くするんだぞ」
今度は私が苦笑いをすることになったが、そんなことはお構いなしにテンションを上げている駿河さんだった。
「いやぁー、つい舞い上がっちゃってごめんねぇ。改めてよろしく奈鈴っち」
「よ、よろしくね……美賀さん」
彼女が色んな意味で落ち着いて立ち上がれるようになるまで、いろいろと自己紹介や情報交換を行った。その過程で名前を呼び合うくらいには打ち解けることができ、剛じいを含めた3人で車内を移動していた。
「それにしても、猿夢っていうんだ……私、そういうのには疎くて」
「まあ仕方ないよ、好んで調べないと知る機会なんてあんま無いし」
「美賀さんはどうして猿夢のことを?」
「小説とかゲームとかで、たまに出てくるからねー。TRPGの題材とかにもなってたりするし、それで知ったかな」
美賀さん曰く、私たちが今置かれている状況は『猿夢』という都市伝説とほぼ同じだと言う。夢の中で電車に乗っており、他の乗客が『活け造り』や『抉り出し』をされている様を見せられた後、『ひき肉』として自分の番が回ってくる。そしてその時、これは夢だと自覚して「早く夢から覚めろ」と強く思った瞬間に現実に戻る、という内容だ。
「だから多分、ウチの本当の体は自分の部屋で寝てると思うよ」
「それでパジャマ姿なんだね……でもメガネはかけてるけど」
「そこが夢っぽいよねぇ。普段ずっとかけてるから、頭の中では体の一部扱いされてるのかな?」
理屈はよく分からないが、よく分からない現状や世界の中であれこれ考えても仕方ない。ともかく、この猿夢から脱出する方法が『目を覚ます』ということなのだが、
「…………何度も試してはいるけど、全然変わらないね」
「おっかしいなぁ。都市伝説通りなら、自分で目を覚ませるはずなんだけど」
何度も「目を覚ませ」と頭の中で念じても、私も美賀さんも元の場所に戻ることはできなかった。こうして車内を移動している間にも試してみたが効果なし。そのため別の方法を求めて探索中、というわけだ。
「まあ、この状況が既に都市伝説通りじゃないし、何らかのイレギュラーが出てるのかも。抉り出されるはずだった奈鈴っちが無事ってところから違ってるしね」
そうか、本来の都市伝説なら2番目の人は抉り出され、3番目の人が助かるって流れなのか。それって剛じいがいなかったら私、マジで死んでたってこと?
「……やめてよ、余計に怖くなったんだけど」
「あ、ごめんごめん。でも無事で良かったね。これも剛じいさんのおかげというわけだぁ!」
「おう。俺がいる限り、奈鈴には指一本触れさせんぞ!」
「いいぞぉ! 化け物どもを残らず消し去ってしまえー!」
ゾッとして血の気が引く私とは対照的に、美賀さんと剛じいは意気投合して元気な姿を見せる。楽観的な様子は見ていて心配にはなるものの、空気が明るくなるという点では正直すごく助かっていた。
「でも心強いよねぇ、フィジカルが強い人。守護霊じゃないけど、ウチも友達にすっごい強い子がいてさぁ。助けられたこともあって頭が上がんないんだよねぇ。日々鍛えてる人って尊敬するよ」
「おお、そうなのか。その子も格闘術を?」
「格闘もできるけど、その子は剣術がすごいんだ。剣道の段位は二段だけど、正直プロの大人よりも強いって断言できるねぇ。事情があって試験を受けてないだけだし」
「そうか……いつかお目にかかりたいものだな」
「表舞台に立てば絶対テレビとかに出れるような子だから、いつか見れるとは思うけどねぇ」
そんな会話を流しながら、私たちは車両を移動し続ける。目指すは最前車両、運転席がある場所だ。電車自体が常に動いている様子のため、何かあるかもしれないという判断で奥へ奥へと向かう。
(……ユウちゃんもまだ見つからない。無事でいてくれればいいけど)
移動しながら車内で気になるものが無いか見渡しつつ、ユウちゃんの姿を探すが一向に見つかる気配が無い。無事だとは思うが、
『オ父サまぁぁぁァァァァ! シンじゃヤダァぁァァー!』
おかしな場所で閉じ込められるという前に似たような状況、犬鳴村で初めて出会った時のことを思い出すと、やはり心配だった。自我を失った彼女があの村で、そして生前何があったのかは知らないが、放ってはおけない。
……そういえば、犬鳴村という単語もどこかで聞いたような気がした。あの時は考える暇が無かったけど、今は隣に美賀さんがいる。ダメ元で聞いてみようか。
「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「どうしたの奈鈴っち?」
「えっとね、犬な——」
ピンポンパンポーン!
そう言いかけた時、車内にメロディが流れた。アナウンスを知らせる、本来なら聞き慣れたものだが、私と美賀さんは反射的に体をビクッと震わせる。剛じいも姿勢を低くして臨戦態勢に入った。
「業務連絡、業務連絡~。乗務員各位、第4車両にて対応をお願い致します。また、ご利用中のお客様は、安全のため座席にて立たずにお待ちください。繰り返します、乗務員各位……」
『活け造り』や『抉り出し』の時と同じ、良く通る淡々とした音声が車両全体に響く。対応をお願いと言っているが、何かトラブルがあったようだ。そこに乗務員が集まるみたい、なのだが……。
「……ねぇ、すっごく嫌な予感がするんだけど」
「奇遇だな、俺もだ」
「ウチも激しく同意ですねぇ!」
「…………私たちが今いる車両、何号車?」
「知りたい場合、だいたいは車両の端にある壁に書かれてるから、それを見るといいよ」
美賀さんの豆知識を頼りに、全員で奥の壁に視線を向ける。そこには大きめのサイズで『4』と書かれていた。
(やっぱりぃー!!)
心の中で絶叫した直後、車両間を移動する連結ドアが勢いよく開かれる。そして、
「アハハ! アハハハハハハハ!!」
乗務員である小鬼たちが、けたたましい笑い声を上げてゾロゾロと入ってきた。




