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第23話『スピ沼詐欺師の尊厳破壊』

 エルベイトで買い物をしてから更に数日後、週末の土曜日。


「皆様、本日はお集りいただき誠にありがとうございます」


 とあるビルの一室に、複数の女性たちが集まっていた。人数は十数人ほどで、年齢層は30~50代と幅広い。その中には佐野山さんの母親の姿もあった。


「この一週間、パワーストーンに月光を浴びせて、御祈りを欠かさなかったでしょうか? 毎日続けていれば、月のエネルギーが皆様の信仰に応えてくれるでしょう」


 その女性陣に対して胡散臭い言葉をかけるのは、スピリチュアルグッズの販売を行っている新興宗教の教祖。紫色のマントとフードで身を包み、底の見えない笑顔で延々と教えを説いている。


「人間は古来より、月の光の恩恵を受けてきました。月光浴は心身を浄化し、魂の輝きを引き出します。それがひいては幸運に繋がり、己の所作にも現れます。その月のパワーを日中でも常に浴びれるよう、パワーストーンに月の光を溜めておかねばなりません」


 そんな科学的根拠が全くない教祖の話を、私と剛じいはそのビルの外、物陰からスマートフォン越しに聞き取っていた。


「とんでもファンタジーな内容だけど、よく信じられるね」


「信じなきゃやっていけないくらい、追い詰められてるのかもしれんな……」


 ドン引きする私に剛じいがフォローを入れるが、絞り出すような声だったので、私と一緒で無茶だと思ってるっぽい。まあ常識ある大人なら、それが普通の反応か。


「集会ってやつの様子を初めて見たけど、こんな低レベルなのかよ……」


 横からカメラを覗き込んでいる佐野山さんも、これには顔をしかめていた。そりゃそうだ、こんなのに自分の努力や生活費が消えて行ったのかと思うと激しく同情する。


「でも、マジで幽霊……守護霊か? それがいて、こんなことまでやってくれるとはな」


「ユウちゃんは守護霊じゃないけど……私を助けてくれる良い子だよ」


 私は笑顔でそう伝える。今スマートフォンに映っている映像は、ユウちゃんが憑依して会場に潜伏している小型カメラから送られてきていた。服屋での買い物で余ったお金と、私の貯金で購入したものだ。


カメラは会場の様子をローアングルながら音もなく送信し続けている。幸い参加者は教祖の話に夢中で、音もなく部屋に入ってきていることに誰も気付いていない。


(お小遣い全部なくなったけどね……)


 この一件が終わったら、無駄遣いにならないよう色んな用途で使おう、そう決意しながら映像を見続ける私だった。


「では、皆様の信仰の成果を発表すると致しましょう」


 教祖がそう言うと、部屋に集まった人たちが順番に一週間の中であった出来事を報告していた。貯金が増えた、探し物が見つかった、子供が嫌いなものを食べてくれた等、内容は人によって様々だ。


「娘の機嫌が最近良くなってきました。これも信仰のおかげですね」


 順番が回り、佐野山さんのお母さんはそう報告する。それを聞いて娘は画面越しに声を荒げた。


「はあっ!? マジむかつく! あんたをマトモにするため必死こいてんだよ。機嫌が良いのは江宮のおかげだボケ!」


 気持ちは痛いほど分かるが、ビル外とはいえ一応隠れているため目立ちたくない。彼女をどうどう、とたしなめて画面を見る。


「私は……えーっと、うーん……」


 報告の中で、一人の女性が言葉に詰まった。どうやら御利益について特に思い当たるものが無かったらしい。その様子を見た教祖は彼女にゆっくりと近づいた。


「おや、何も無かったということは信仰が足りなかったようですね。これはいけない」


 何も無いなら無いで別に良いじゃないかと私は思ったが、教祖としてはそうはいかないらしい。彼女は優しい声ながら険しい表情を見せて言葉を続けた。


「月のパワーは一歩間違えば狂気の力になりえるもの。このままでは生活、ひいては人生までもが狂ってしまいかねない」


「そんな……毎日言われた通りにしているのに」


「言われた通りのことを事務的に行う、それではいけません。心を込めて、自信が持つ力を注ぎこむよう意識するのです」


「そう言われましても、私にはどうも……」


「ならば、貴女のような初心者にも信仰心が伝わりやすくなるアイテムがございます」


 教祖はそう言うと、銀色のネックレスを取り出して見せつけた。こちらから見ると何の変哲も無いアクセサリーだが、


「これは身に着けるだけで信仰心を増幅し、月の力を注ぎこみやすくなる銀のネックレス。ごく少数しかないため普段は20万円ほどでお譲りしているのですが、初心者のためですので今回は6万円でお譲り致しましょう」


 それを開運関連のグッズとして売りさばこうという魂胆らしい。明らかに怪しすぎる大幅値下げだが、


「そ、そんなに安く? ありがたいです……」


 参加者はありがたがって購入を決めていた。流石の私もこれは引く、両方に。


「ダメだこいつら、早くなんとかしないと……」


 佐野山さんも頭を抱えてうなだれている。もうこれ以上は見てられないと全員が思った。


(頼むよユウちゃん。こっちの声が届かない以上、あなただけが頼りだよ!)


 私の気持ちが届いたか、あるいは彼女も見ていられなくなったか。小型カメラの映像が部屋の隅からの定点となり動かなくなった。憑依を解除してカメラから出たらしい。


「全く霊感が無い相手に、本物の霊の力を見せてあげましょう」


 力強く震えた声が、画面越しに聞こえてくる。佐野山さんには聞こえていないみたいだが、私達には口頭報告があってありがたい。


「では、このネックレスの使い方を説明しつつ、信仰によってどのような良いことが起きたかをお見せいたします」


(きた……!)


 そう言って教祖は実践販売の準備を始めた。私達は待ってましたと言わんばかりに画面に喰いつく。当然、商品が楽しみという理由ではない。


「ではまず、ネックレスを首につけて……」


 教祖が説明をしながらネックレスを首にかけた瞬間、


 ブチッ!


「あれっ?」


 それがいきなり音を立てて切れた。ユウちゃんがネックレスに憑依して壊したのだ。鉄製のネックレスが簡単に壊れたことに教祖は目を丸くする。何が起こったのか分かっていない、いや分かるわけが無かった。


「あ、あの……?」


「……は、ははははは! 私は元々信仰心が強いので、ネックレスの方が耐えられなかったのかもしれませんね」


「…………」


 本来20万円するものが目の前で簡単に壊れたのを見て、先程まで買おうとしていた人が明らかに白けている様子だった。周囲も多少ざわついていたが、そんな空気に負けまいと教祖は続ける。


「ネックレスは後で新しい物を用意するとして、まずはこちら。ナイジェリアの水晶です。先日皆様がご購入されたパワーストーンと同じく、月の光を蓄えて信仰心をパワーに変え、奇跡を起こしてくれるものです」


 彼が次に取り出したのは、ピラミッド型の大きな水晶。見た目は綺麗だが、説明が胡散臭すぎて私からは全然良いようには見えない。というか、ただの水晶の置物にしか見えないから良さが分からない。


「本来水晶は冷たい物ですが、これは信仰心の厚い人が持つとほのかに暖かくなり、宿ったパワーをその身で感じることができます。これを持ち歩くことで御利益がもたらされることでしょう」


 そう教祖は謳っているが、それは単純に持っていると体温が移って暖かくなるだけではと私は思った。佐野山さんも話を聞いて顔をしかめている。


「……前にアクセについて調べた時、人工の水晶はガラスで出来てるから暖かみを感じるらしいぞ」


「じゃあ思いっきり詐欺じゃん!」


(そこを追求されたら「ナイジェリアの【工場で作られた人工】水晶」とでも言うんだろうな)


 せめてオカルト的な効力の有無はともかく、売っている物の品質は担保されてほしかった。これはもう救いようがない。有罪!


(ユウちゃん、よろしく……!)


 私がすがる思いで画面越しに様子を見ていると、


「こちら大変貴重なものなのでお高いですが、皆様の幸せのために特別にご用意……」


 ツルッ。


「えっ!?」


 水晶にユウちゃんが憑依し、教祖の手から滑り落ちた。真っ逆さまに頂点から落ちたそれは音を立てて床に激突し、盛大にヒビを入れて横たわる。普通は少し床に落ちたくらいで水晶にひびが入ることは無いが、そこは上手くやってくれたらしい。


「あ……」


 大変貴重なものと言った商品を自ら壊してしまったと思い込んでいる教祖は、一瞬固まった後で慌てて水晶を拾い上げた。四方に分かれたヒビは透明だった姿を白く濁し、光もまともに反射しなくなっている。会場の空気もお通夜のように静まり返っていた。


「…………このように壊れやすい物なので、次回お求めの際は十分お気をつけください」


 それでも何とか取り繕うあたり商魂逞しいが、その胆力があるなら真っ当な商売をしてほしい。


(ともかく、この調子でドンドンやっちゃって!)


 こうして、ユウちゃんによる盛大な営業妨害が始まった。この後も想い人の写真を入れるロケットペンダントを開かなくしたり、盛り付けた品を浄化するという皿にヒビを入れ、何か分からない動物の像のパーツを欠けさせたりと、事あるごとに憑依能力を使って教祖の商売や宣伝の邪魔をしていく。自身の幸運をアピールしようとした際は、水晶の時と同じく物を落としたり、靴に憑依して転ばせる等を行った。



「……なんか、いろいろ酷いわね」


「御利益どころか呪われてるんじゃ?」


 あまりの惨状に会場の人たちも冷え冷え。その様子を見かねて息絶え絶えの教祖がポロッと口走った。


「アハハ……私もまだまだ信仰が足りないかもしれませんね」


 本人としては、これを反面教師に信仰を強めて欲しいという意味だったのかもしれない。でもそれは面白いくらい逆効果となった。


「教祖様でこれなら、私達が背伸びしても意味無いんじゃ……」


「入信前でもここまで運悪いこと無かったぞ……」


 参加者たちの頭に『無意味』という言葉が一気に広がった。その空気が教祖もにも伝わったのか、目に見えて焦り始める。


「そ、そんなことありません! 今までの努力を思い出してこれからも……」


(よしユウちゃん! 畳みかけちゃって!)


 頃合いを見計らって、事前に話しておいた作戦をユウちゃんに任せる。彼女も同じ判断をしたのか、すぐに部屋の証明の蛍光灯に憑依すると、


 ガシャン!


「うわっ!?」


 それを教祖の近くに落下させた。もちろん誰にも当てないように言ってはあるが、部屋全体の空気を凍らせるのは十分な威力だ。


「危ないなぁっ! ここの管理はどうなってるんだ!」


 教祖が思わず悪態をついたことで空気は更に悪化。参加者たちはゴミを見るような目で彼女を見つめた後、


「……すみません、この後用事があるので失礼します」


「私も。帰って子供の面倒見ないと」


 それっぽい理由を口にして次々に去って行った。後には哀れな詐欺師だけが静かな一室にポツンと残る。


「ぐうううう……何でだよ! こんなはずじゃなかったのに!」


 感情むき出しで地団太を踏む姿が送られてきて、私たちは思わず笑った。佐野山さんに関しては腹を抱えて苦しそうにしている。なお、教祖がヒステリーを起こしているうちにユウちゃんがカメラを回収して脱出していた。


「よし、後は仕上げだね」


「ああ、頼んだぜ江宮」


 私は立ち上がり、力強く頷いて見せた。今の私は事前に佐野山さんのお母さんに選んでもらった洋服一式を身に纏っている。その姿のまま指定の場所まで移動を始めた。


「ファイトだ奈鈴! 俺も側で応援してるぞ!」


「うるさくするのだけは勘弁ね?」


 ポシェットにスマートフォンをしまい、汗をかかない程度にしばらく走る。そして目的地である佐野山家の近くの道路に到着した。


 私は十字路の物陰に潜み、しばらく時間を潰していると佐野山さんのお母さんがやって来るのが見えた。少し俯き加減に歩いているあたり、さっきの件が大分響いているみたい。


 これならいけると判断し、私は自然に見えるような形で十字路から出て近づく。すると向こうも私に気付いた様子だったので、勇気を出して声をかけた。


「あ……あの、もしかしてエルベイトの店員さん?」


「あら……貴女は確か、この前の子ですね?」


「は、はい……その節はどうもありがとうございました!」


 私は深々とお辞儀をする。恰好がその時の服そのままなので、自分が担当したお客さんだと一瞬で思い出してくれた。狙い通りだ。


「あの……その、お洋服! 選んで頂いたおかげで、すっごく褒められました!」


「……そうでしたか。なら、デートは上手く行ったみたいですね」


「へ?」


 私は思わす素っ頓狂な声を上げた。あの時、友達と遊びに行くとしか伝えていなかったはずなのに。


「ふふふ。普段オシャレや服に気を使わない年頃の子が、思い切って買い物をする理由はデートくらいなものですよ。仕事と女としての経験談です」


「え…‥あ、いや……」


 全然違うのだが、ここは話に乗った方が良いと思って合わせることにした。


「……あはは、敵いませんね。でも、そのおかげで楽しい思い出が作れました。本当にありがとうございました!」


「どういたしまして。もしまたお洋服にお困りでしたら、是非またお越しください」


「はい、また行きます。これからもお仕事頑張って下さいね!」


 私はもう一度深々とお辞儀をした後、笑顔を見せてその場を去った。そして彼女の姿が見えなくなったところで、様子を見ていた剛じいに問う。


「……どうだった?」


「天使のような笑顔だったぞ。流石俺の子孫」


「そうじゃない! あの人の様子!」


「凄く爽やかな笑顔をして家に帰っていったぞ。あれなら多分大丈夫だ」


 それを聞いてふぅ~と溜め息が出た。これで一応、全ての計画が上手く行ったことになる。あとは彼女次第だ。


「どうやら、上手く行ったみたいですね」


 上から声がし、見上げると小型カメラがふよふよと浮いていた。中にいるユウちゃんも声が楽し気で嬉しそうだった。


「できることは全部したし、佐野山さんに連絡して帰ろうか」





 それから数日後。


「母さん、少しずつグッズ捨て始めたよ。それと仕事頑張るって前よりハキハキしてる」


「それは良かった!」


 学校が終わった放課後、私はハンバーガーチェーンで佐野山さんからの報告を聞いていた。どうやら上手く行ったらしく、スピ沼から抜け出しているらしい。


「江宮の言った通りだったな。グッズ販売元の信用できなくした後、自分の努力を褒める人をぶつける。二つ同時にやるのが効果的ってか」


「何か一つに訴えても偶然で済まされることがあるし、こうすればいいかなって。褒めてくれる人が知らない人なら、更に効果的かもって考えもあったしね」


「……いやお前、意外と頭いいな?」


「えっと、褒めてる?」


「当たり前でしょ。今まで接点無かったから知らなかったってこと」


 ふふっと笑いながらポテトを頬張る佐野山さんは、依然と違って柔らかい雰囲気を纏っていた。それくらい今の家庭状況が改善されつつあるんだろう。


「ともかく、江宮のおかげで万々歳だ」


「それなら良かった……それで、例の動画なんだけど」


「それなら安心して。もう消した」


 そう言ってスマートフォンの動画保存アプリを見せられたが、動画を取られた日付の欄には何もデータが残っていなかった。削除してくれたのは本当のようだ。


「ありがとう!」


「江宮は動画を消すために渋々私に協力したんし、御礼を言う立場じゃなくね?」


「最初は渋々だったけど、今は全部丸く収まったから、そういうの気にしないで」


「ははっ、思った以上に大物だね」


 私は面倒事が無い生活に戻れればそれでいいので大物という器じゃないけど、まあ佐野山さんが楽しそうだからいいか。


「あ、ポテトとコーラ無くなっちまった。でもまだ足りないな」


「それじゃあ、アップルパイでも買う? 佐野山さんの分も追加で買ってくるよ」


「お、それじゃあ頼むわ~。それと……」


「ん?」


「私を呼ぶ時は、黒江でいいよ」


「っ……ありがとう! 私のことも奈鈴って呼んで!」


 そう言って、黒江のグーサインを見届けた私は注文カウンターへ向かうのだった。





 その頃、とある場所。


「……お前、えらく盛大にシノギを失敗したらしいな?」


「も、申し訳ございません! こんなはずじゃあ……」


「俺だって鬼じゃねぇ。一度や二度の失敗で怒るようなことはしねぇよ。それこそ霊感商法は警戒される分、失敗することもあらぁ」


「ほっ……」


「でもなぁ……お前、売上金の一部をちょろまかしてただろ?」


「えっ!? いやそんなことは!」


「とぼけんな。もう調べはついてる。俺達にも借金してる身だってのに、随分なご身分だなぁ? えぇ!?」


「そ、それは……しょ、商売をするための必要経費で……」


「ホストに貢ぐのが必要経費だってかぁ!? 調べはついてるって言ってるのが分からねぇか!!」


「ひいいいいいいいいいい!」


「おい、こいつをつれてけ! 若くねぇから客も取れんし、足が付くと面倒だから内々で処理しろ」


「はっ」


「い、嫌だ助けてぇぇぇぇぇー!!!」


 奈鈴たちが化けの皮を剥がしたエセ教祖が、強面の男たちに詰められた後、連行されて行った。


「しっかし、あの町で新しいシノギをまた考えなきゃいかんな。さて……次は何をするかな?」

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