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第22話『目を覚ませ!スピ沼にハマった母親』

 モモちゃんの家で色々あった日から数日後。


「まあ適当に座ってくれ。あ、飲み物は麦茶でいい?」


「う、うん……」


 私は佐野山さんに呼び出され、彼女の家に来ていた。リビングに通され、出されたお茶を口にする。よく冷えていたが、心穏やかじゃないので味が分からなかった。


「紅茶の入れ方とか分からないから、これしか出せないんだけどさ」


「大丈夫……わざわざありがとう」


 どうでも良いというのが本音だが、それを麦茶と共に飲み込んで本題に移る。


「それで、相談っていうのは? 何か困ってるみたいだけど」


「お、早速来たね。そんなにあの動画を消して欲しい?」


「それもあるけど、あの時の佐野山さん、何だか切羽詰まってるみたいだったから……」


「……まあね。あ、解決したら動画はちゃんと消すから、それは安心して」


「わ、分かった」


 本当かどうかまだ信用はできないが、とりあえず内容を聞いてみることにする。


「何とかしてほしいのは……まあ、この部屋を見れば分かるでしょ?」


 そう言われ、私は改めてリビングを見渡す。カラフルで様々な形をした無数の石、水晶玉、よく分からない絵画、動物のオブジェ等が、目につくところ全てに置かれている。部屋の四隅には盛り塩もあった。


「えーっと……随分エキセントリックだね?」


「ぼかさなくて良いよ……ヤバいでしょ、ウチ」


「…………そ、そうだね」


 顔を歪める佐野山さんに、私も同意するしかなかった。話を聞くと、リビングだけでなくトイレや風呂場等、スペースが許す限りスピリチュアルな置物で埋め尽くされているらしい。自分の部屋だけが安全地帯だと語った。


「私の母さん、昔からそういうのにハマっててさ。良い事があったら信仰のおかげ、悪い事があったら御祈りが足りない、そればっかりで嫌気が差すんだよ」


「いわゆるスピ沼ってやつ?」


「ああ。私が高校受かった時も、神様のおかげとか抜かした時は、流石にキレて喧嘩した」


「うわっ、それはクソ……あ、ごめん」


「私もそう思ってるから、いいよ」


 思わず出た暴言だったが、佐野山さんは柔らかな笑顔を見せた。同意見の人がいて安心したのかもしれない。でも受験勉強を頑張った末にそんなことを言われたら誰だって怒ると思う。


「こういうわけで、アンタがホントに霊能力者っていうなら、ウチの母さんを止めてほしいんだ」


「霊能力者じゃないんだけど……」


「でも、人ん家のオバケはやっつけられんでしょ?」


「それは……まあ、うん」


 私じゃなくて、守護霊の剛じいが戦ってるんだけどね。そこら辺の説明もした方が良いのだろうか。既に霊関係のことはバレてるんだし。


「とにかく、母さんを何とかしてよ」


「何とかって、スピ沼から目を覚まさせるってこと?」


「そう。そうなりゃ無駄遣いも無くなるし、生活も少しは楽になるでしょ」


「苦しいの?」


「ああ。夕飯以外は私がバイトで稼いだ金で食ってる」


「うわぁ……」


 つまり、家族の食費も切り詰めてグッズを買っているということだ。これはかなり深刻だぞ。


「で、どうなの?」


「どうって?」


「アンタから見て、置いてあるグッズに何か変な力とか感じるわけ?」


「うーん……」


 唸りながら周りを見ていると、リビングから出ていた剛じいとユウちゃんが帰って来た。ここ以外に置いてあるグッズを確認しに行っていたのが、


「ダメだ、びっくりするくらい何も感じん」


「完全に騙されてますね。悪質だと思います」


 二人は同時に肩をすくめた。先日の白川家のように霊的なグッズが集まっていると大変だったのだが、今回は逆の意味で大変そうだ。


「えーっと、私の守護霊が見てくれたんだけど、全部ニセモノだって」


「守護霊がいんの?」


「うん。基本的に全部、その守護霊がやってくれてるから。この前のアレもそう」


「へぇ……まあそれはいいとして、やっぱニセモノなのか、ハアァ~」


 大きな溜め息をついて、佐野山さんはガックリと肩を落とす。そんなものに生活費、そして色んな努力を水の泡にされていると思うと、きっとやり切れないだろう。


「で、どうするんだ? やっぱり力を貸すのか?」


「そりゃあねぇ……さすがに可哀想だし」


「脅してきた相手に随分と甘いのですね。私なら痛い目に合わせて二度と関わらせないようにしますが」


「まあまあ、一応まだ実害は出てないんだし」


「……奈鈴様がそう言うのなら」


 揺すられた夜のことをユウちゃんはまだ気にしているみたい。だけど今回は、脅された以前の問題だと思う。佐野山さんに協力した方が良さそうだ。


「えーっと、ボソボソ何か言ってるのは、守護霊とやらに話してるの?」


「うん。協力してほしいって言ったら、良いよって言ってくれた」


「なら助かる。ていうか、ホントに霊と話ができるのか。他にどんなこと言ってるんだ?」


「この前の夜、私を脅したことを根に持って少し怒ってるみたい」


「それ、江宮の本心じゃなくて?」


「違う違う、私はもう怒ってないよ。佐野山さんの現状を聞いたらね」


「……そっか。ありがとな」


 ちょっと心の距離が近づいたかなと思いつつ、対策を皆で考えることとする。といっても、剛じいとユウちゃんの声は佐野山さんに聞こえないので、私が代弁しつつ話を進める。


「ともかく、どうやってスピ沼から抜け出させるか考えないとな」


「注意したところで止まる状態じゃなさそうだもんね……」


「ああ。言って止めるくらいだったら私は苦労してない」


「んー……そういう場合、自分でおかしいな、意味無いなって気付かせることが大事だって守護霊が言ってるよ」


「つまり、グッズの効果が無いことを証明すればいいのか」


「多分。でも、どうやってそれを証明するかだよね。運なんて、それこそ証明できるものじゃないし」


「そうだなぁ……パッと思いつくのは、運が良いって占いで出た日に、酷い目に合わせまくるとか」


(実の母親なのに、それがパッと出てくるあたり重症ですね)


「あー……それだと、余計に運勢を上げようとしてグッズを買い込まないかなぁ?」


「確かに。じゃあどうする?」


「えーっと……守護霊が言ってるんだけど、運勢が絡まない要素で努力をさせて、運よりも自分の努力が大事だと気付かせるっていうのも大事だって」


「あー、成功体験ってやつ?」


「うん。お母さんって、お仕事は何をしてるの?」


「服屋の店員やってるよ。いわゆるアパレル系ってやつ」


「そこで運が絡まない要素で頑張らせるっていうのは?」


「接客業でそれは難しいんじゃね? それこそどんな客が来るかや、どんなものが売れるかは運に左右されがちだろ」


「そうだよねぇ……」


 会議は踊る、されど進まずとはよく言ったものだが、中々良い方法が見つからない。全員が腕を組んでうーんと唸っていた。


「後は、グッズを売っている側を信用できない状態にする、とかですかね……」


 そんな中、ユウちゃんがボソッと呟いた。確かに、何の力も無いグッズを買わされていることを自覚させるのが一番手っ取り早い。


「……それに、色んな要素を組み合わせたらいけるかも?」


「ん? どうした江宮。何か思いついた?」


「うん。えっとね、つまりグッズを買う気を無くせばいいんでしょ? だから……」


 そして私は、ユウちゃんの案を元に思いついた作戦を皆に話す。全員がウンウンと頷いた後、


「良い作戦だ、さすがウチの奈鈴!」


「それなら、私の力が役に立ちそうですね。喜んで協力いたします」


「そんなことができるのか……って、言うのは野暮か。分かった、それで頼むよ」


 お墨付きを出してくれた。上手く行くかは正直分からないけど、佐野山さんの母親が目を覚ます切っ掛け作りになればそれで良い。これでやることは決まった。


「よし、それじゃあ張り切って行くぞー……って、守護霊が言ってる」


「そこはアンタの口で言うところでしょうが」


「あはは、確かに。ゴメンね?」


 お互い笑い合った後、改めて作戦内容を詰めていく。クラスメイトのために自分のできることをして頑張る、そんな体験は久しぶりだったが、やっぱり楽しいものだなと感じた。


 よし、困ってる佐野山さんのために、一肌脱ぐとしますか!




 そして翌日。


「ここ?」


「ああ。ここの4階、エルベイトにいる」


私たちは作戦の第1段階のため、都会の出て大型複合商業施設の前に来ていた。エルベイトは主にレディースを取り扱っているファッションブランドで、そこの売り場店員として佐野山さんの母親は働いているらしい。


「立派なとこで働いてるな。店員としての能力もきっと高いんだろう」


「ですが、そのお給料の使い道がアレとなると、残念でなりませんね」


 霊二人が感想を漏らしながら、私たちはビルの中へ入って行く。エスカレーターで4階に昇り、エルベイトの入口を遠くの物陰から様子見すると、女性店員がお客さんと話しているのが見えた。シワ一つない制服をビシッと着こなし、にこやかにテキパキと対応している姿が少しカッコよく映った。


「あれが私の母さん。スピ沼にハマってるバカだよ」


「あの人が? 全然そんな風には見えないね……」


「どんな奴だって、裏で何やってるかなんて分かんないもんだよ。私も江宮も含めて」


 そうだね、私も裏で剛じい頼みとはいえ、怨霊退治なんてことやってるわけだし。


「んじゃ、作戦通りに……っと、そうだこれ、使え」


「え?」


 急に佐野山さんがポシェットから財布を取り出したかと思うと、5万円を取り出して私に突き出した。


「な、なにそれ? どういうこと?」


「服、買うことになるなら、これで払えってこと」


「いやいやいや! 受け取れないよそんな大金!」


「別にタダでやるつもりは無いよ。上手く行かなかったら、使った分だけ後で返してもらうからな」


 裏を返せば、上手く行ったらくれる気だということだ。それくらい期待されているってことかな。


「先行投資ってやつ。ちゃんと結果で返してよね。成功したら服も買えて動画も消える、悪い条件じゃないでしょ?」


「……分かった。頑張るよ」


 私は力強く頷き、お金を受け取って売り場へと向かった。そうだ、これを成功させれば全部丸く収まるんだ。何とかしてここを乗り越えなければ。


「緊張しすぎるな。自然体で行けばいいぞ」


「何かあれば私達がお助け致しますので、安心して励んでください」


(ありがとう……よし、作戦開始!)


 剛じいとユウちゃんの声援を受けながら、私は決意を胸にエルベイトに入店。そしてすぐに佐野山さんの母親に声をかけた。



「あのー……」


「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」


 近くで見ると化粧をバッチリと決め、年を感じさせない笑顔が眩しかった。この人をこれから騙すのかと少し罪悪感があったが、今はそれを押し殺して本題に入る。


「えーっとその……新しい服を買いたいんですけど、こういうところ初めてで……」


「左様でございますか! この度は数あるお店の中から当店に足を運んでいただき、ありがとうございます」


「どうも……それで、全身コーデ? っていうのをやってみたいんだけど、相談できる友達とかいなくて、だから、その……」


 私はオドオドしながらファッション初心者であることを伝える。ブランドファッションに関しては本当によく知らないため、今のところ嘘は言っていない。


「かしこまりました。では私がお洋服を見繕いますので、お任せください」


「よ、よろしくお願い致します」


「因みに、ご予算と利用目的も教えていただけますでしょうか? その条件に合ったものをご用意いたしますよ」


「えっと、予算は5万円で、使うのは……と、友達と遊びに行くため、です……」


 利用目的に関してはその場のでっち上げだ。すこしドモったけど大丈夫だろうか?


「かしこまりました。ではこちらへ」


 大丈夫だったようで、彼女は再びニコリと笑うと、トップス売り場へ案内してくれた。そのまま流れで全ての服をコーデしてもらうことにしよう。


「そうですね、これからどんどん暑くなってきますので、通気性が良くて汗をかいても目立たないものにしましょう。そのうえで動きやすいものだと、こちらのブラウスか……お客様なら、こちらのチュニックも似合うと思います」


「な、なるほど……?」


 スラスラと説明され、流れるように色んな服をお勧めしてくる店員さんに付いて行くのはやっとだが、見繕ってくれた服はどれも目立たず、かといって地味でもない私好みの可愛いもので、その中からどれにしようかと頭を悩ませるのは正直楽しかった。


「うーん、どれも良くて迷っちゃうなぁ……」


 この時間、私は純粋に服選びのことだけを考えていた。それが作戦の内でもあるため、真剣に、そして心のままに買い物を楽しむ。


「じゃあ、これに合うやつで……」


 私はラッフルカラーが付いたトップスを選ぶと、そこから先は店員さんが流れるように進めてくれ、最終的にはロングスカートに少し高さのあるヒールサンダルを合わせてくれた。3つで5万千をほぼ使い切る値段だが、試着室で身を飾った自分を鏡で見た時は、思わず息を漏らしてしまった。


「おおー……こんな感じなんだ」


 鏡面に移る自分が、一回り成長したお姉さんのように見えるほど完璧で、私の魅力を引き出してくれるコーディネートだった。これ本当に私? マジで?


「うおおおおおお! さすが俺の子孫! 世界一可愛くて美しいぃぃぃぃー!」


 剛じいの感極まった叫びが聞こえてくる。嬉しいけどうるさいから止めて欲しい。ユウちゃんが感想を言う前に耳を塞いでうずくまってるから!


「いかがでしょうか? とってもお似合いですよ」


 試着を終えた私に、佐野山さんの母親はニコりと笑いかける。その顔は営業スマイルではなく、心からの笑みだと私は感じた。こういう時の相手の感情を察知するのは、自分で言うのも何だが得意なほうだ。


「私も気に入りました。これでお願いします」


「かしこまりました。では、御着替えが終わりましたらレジまでお願い致します」


 その後、会計を済ませた私は服の入った紙袋を丁寧に抱えて、


「本当にありがとうございました。助かりました」


 深々とお辞儀をし、彼女が御辞儀を返したのを確認してから店を出た。そして店から距離を取り、物陰に隠れていた佐野山さんと合流する


「……ふう、なんとかできたかな?」


「まあ、普通の客って感じだったけど大丈夫なんじゃないか? 母さん楽しそうだったし」


 娘から見ても、なかなか好印象で良い客として振舞えたようだった。ならば良し。


「これで第一段階……準備は終わりだね。後は、当日に」


「ああ、こっからが本番だ。頼むぞ江宮」


 まっすぐ見つめる佐野山さんに、私はまた力強く頷いた。そう、これはあくまで準備。当日上手くやらなければ意味が無い。


(よし、頑張るぞ……!)


 作戦成功を祈り、無意識に紙袋を抱える腕に力が入った。


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