第20話『突発お化け屋敷、踏破』
「強い霊がくるだろうから、閉じ込めて疲弊させろと! あんたのことだろう!?」
「狙いは……俺?」
予想外の答えに剛じいも私達も固まった。今まで成り行きで襲われることはあったけど、あらかじめ狙いを付けられたことは無い。
「日中にお呼ばれされた際に目を付けられた? だとしたら例の落ち武者の他にも別の霊がいるということ……ですがそんな気配は……!」
ユウちゃんが何か言っているが、今の私には聞こえない。頭の中で一つの考えがグルグル回っている。
「私のせい……?」
この騒動は、私が夕方にここに来たせい? それじゃあ、モモちゃんは、ご家族は、私のせいで危険な目に……!
「そんなわけないぞ! 目を覚ませ!」
突然の大声でハッとする。見上げると剛じいが睨むような顔で私を見ていた。
「これはクソ怨霊が起こした事件だし、狙いが俺なら尚更奈鈴は悪くないぞ! 俺の責任だ!」
「で、でも……」
「奈鈴は後輩にも親身になれる優しい子だ! これが奈鈴のせいだなんていうやつは俺がぶっ飛ばす!」
キッパリ言い切ると、剛じいは再び老人の霊を睨んで話を続けた。
「んで結局、お前は一体何だったんだ?」
「わ、私は狐五郎、しがない画家の成れ果てだ…‥! 評価される前に死ぬのが嫌で絵に憑依することにしたんだ……!」
「ほう、それはまた面妖な。信じられん」
私にとっては剛じいも面妖で信じられない存在なんだけど。
「まあいい。で、他に知ってることは?」
「な、無いぞ。私だって巻き込まれただけなんだ」
「そうか。じゃあ用済みだな」
剛じいはニッコリ笑うと首を締め上げている手に力を込めた。容赦がない。
「ぐえええええ……!」
狐五郎の霊は呻き声を上げた後、握りつぶされた首の部分から消えていった。少し可哀想な気もしたが、倒さず放っておくのも私的に怖いからこれで良かったと思う。
「……何はともあれ、これで無限回廊は解除されたはずだな」
「うん……でも、剛じい狙いってどういうことなんだろう?」
「それは元凶に直接問いただす。とにかく外に出てみよう」
言われるまま私達は廊下に出る。すると剛じいの推測通り、懐中電灯の先で通路が二手に分かれているのが見えた。無限回廊ではなくなっている。
「ユウちゃん、モモちゃんたちがどこにいるか分かる?」
「……左側の通路、その下から人間の気配が複数あります。おそらく地下室にいるかと」
「それじゃあ、まずはそこに行って皆の安否確認だな」
私は頷くと、ゆっくりかつ確実に歩みを進める。内心ビクビクだったが、それ以上にモモちゃんが心配で早く助けに生きたかった。その想いが前へ向かう力になる。
「この先に……おや?」
地下への階段を見つけ、そこを降りて行くと扉があった。その前で、
ガンガンガンガンガン……!
3体のこけしが宙に浮かび、その頭をノックするように扉へ打ち付けていた。
「うわぁ……開けろって言ってるみたいで不気味……」
「まったく、ノックの仕方をしらんようだな」
剛じいはそう言うとこけしへ接近し、
「こうやるんじゃオラァ!」
力拳を3度打ち付け、こけしを粉々にした。そんなノックの仕方は誰も知らないって。
「って、そんなことより! モモちゃん、大丈夫!」
私は扉に駆け寄ってドアノブを回すが鍵がかかっている。それでも何とか安否を確認したくて大声で語り掛けた。
「……江宮先輩?」
すると彼女の声がかすかに返って来た。良かった、とりあえず無事らしい。
「そう! 助けに来たの! とりあえず部屋に入れて!」
「わ、分かりました。ただいま……」
「待て! 化け物の罠だったらどうする!」
彼女のお父さんの声も聞こえた。一緒に避難しているようでホッとしたが、どうやら私が本物かどうか疑っているらしい。
「わ、罠じゃありません! 本物です!」
「では何か、本物だと証明できることを言ってみろ!」
「えーっと……モモちゃん、何か私に質問してみて」
「それじゃあ……江宮先輩が今日、部活で見せた写真は?」
「バラ!」
答えると、足音がした後にドアが開いた。夕方にも見たモモちゃんの父親が険しい顔をしながらも、ふーっと息を吐きながら私を招き入れる。
「せ、せんぱぁーい!!」
部屋に入ると同時に、モモちゃんが私に抱き着いて来た。彼女を受け止めて頭を撫でる。こんな状況でよく頑張ったねと小声で褒めた。
「……どうやってここまで? 空飛ぶ人形や鎧はどうなった?」
「えーっと……物理的に退治しながら来ました」
安堵と疑惑半々の顔でモモちゃんのお父さんに問われる。説明に困ったけど、この状況で上手い嘘を言えるほど私は頭が良くなかったので、剛じい達のことは伏せつつも正直に話すことにした。
「そんな武闘派には見えないが……?」
「あはは、よく言われます……」
明らかに納得していない様子だったが、肩の力を抜いて部屋の奥へ歩いていった。よく見ると隅で大人の女性が横たわっている。状況から見てモモちゃんのお母さんだろう。
「恐怖のあまり気絶しているだけだ。大丈夫……のはずだが」
私が聞く前に夫である彼が答える。私が横目で剛じいとユウちゃんを見ると2人共首を縦に振った。本当に命に別状は無いらしい。
改めて周りを見渡すと、地下室は防音になっていた。ピアノと大きなコンポ、そしてCDケースを並べた棚が置いてある音楽室で、1階をはうって変わって和風とは程遠い。
「ここの物は何故か動く様子が無くてな。全員ここに避難していたんだ」
「そうなんですか。どうして……?」
「さあな。正直ここも安全と言えるか分からん。早くなんとかしたいが、方法はあるのか?」
疑いの目で見つつも、ここまで単独(に見える)で駆け付けた私に問いかける。今の私はこの一家唯一の希望として映っているのだろう。そんな大層な存在じゃないが、なんとかしなければいけないのは本当だ。
「え、江宮先輩……!」
「……大丈夫、私に任せて」
本当に私、いや剛じいの筋肉に任せてもらうしかない。鏡花さんに頼もうにもここまで来てもらうには時間がかかりすぎる。いつも通りの方法で行くしかなかった。
「その前に、原因の心当たりを聞いておきませんと」
ユウちゃんの言葉に目配せで同意し、私は改めてモモちゃんのお父さんに問う。
「今日、もしくは近日中に何か変わったこと、したことはありませんか? 何か原因が分かるかもしれません」
「……心辺りはある。あの人形だ」
「人形?」
「ああ。俺は趣味で日本の伝統工芸品や人形を集めている。あの動く鎧や人形も、元々私が取り寄せたものだ。そして今日も、新しい日本人形を買って自室に飾った。君と会った時に持っていた箱、あの中身だ」
今日買った人形と、今日突然起きた怪現象。うん、確かに関係がありそうだ。とりあえずその人形を探してみよう。
「分かりました。飾った自室というのはどこに?」
「2階の一番奥の部屋だ……案内しよう」
「ま、待って!」
そう言って先導しようと歩き出したため、私はすぐに制止した。他の人がいると色々マズいし、何より危ない。
「私が行きますので、モモちゃんに付いていてあげてください」
「だが君一人で行かせるのは危険すぎる。それにこれは我が家の問題、他の者に頼ってばかりというのは――」
「お母さん、気絶しているんでしょう? なら誰がここでモモちゃんを守るんです?」
「っ!」
私は自分でも驚くくらい、臆せず力を込めて問いかけた。ここで彼が父親としてモモちゃんをどれだけ大切にしているのかの片鱗が見える、そう思ったから。
彼はしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと口を開く。
「……よろしくお願いします」
「……任せてください。モモちゃん、また後でね」
「はい……! お気をつけて!」
抱き着いていたモモちゃんの頭を撫でて別れる。私の心配は杞憂に終わり、これから敵の親玉の元へ向かうというのに少しだけ心が軽くなっていた。
「よーし、それじゃあサクッと片付けるか! 俺に用があるらしいしな!」
地下室を出て早々、剛じいが腕を回して気合を入れる。その顔はなんだか嬉しそうだった。
「……親、ですか。私の親も良い人だったのでしょうか」
そしてそれを見るユウちゃんの顔は、遠いところを見ているようだった。
2階への階段を見つけ、上がってみると廊下の突き当りに扉が見えた。話の通りならあそこがモモちゃんのお父さんの部屋だろう。私達はまっすぐそこへ向かう。
バンッ!
「うひぃっ!?」
その途中で左右の部屋の戸が開き、中から木彫りの置物や扇子等の小物が飛んできたが、
「よっと!」
剛じいがそれを難なく弾き飛ばし無力化させていく。相変わらず頼もしい。
「それじゃあご対面だな! 俺に会いたいって奴はここかぁぁぁぁ!」
そして私が問題の部屋を開けると同時に、雄叫びを上げながら突撃する。私とユウちゃんもその勢いに続いて中へ入った。
モモちゃんのお父さんの部屋は和室で、畳の床を囲うように木製の棚が置かれている。その上に工芸品や人形がズラリと並んでおり、その全てがこちらを見ているようで不気味だった。こんな部屋で毎日過ごす神経が私には正直理解できない。
「これはまた、独特な趣味をお持ちのようで」
ユウちゃんも言葉を濁してはいるが、目で明らかにドン引いている。良かった、私と同じ感想を持ったらしい。
「と、とにかく例の人形はどれかな……?」
早く終わらせたいので、私は原因と思わしき人形を探す。しかし数が多いためパッと見ではどれがどれだか分からない。そう言えば人形の特徴とかは聞いていなかった。
「気配隠す気ねぇだろ! そこぉ!!」
しかし剛じいが正面に置いてある藍色の着物を着た日本人形に向かって衝撃波を放った。それが命中する直前に人形が浮き、紙一重で躱したかと思うとケタケタと笑い出す。
「アハハハハ! スゴイスゴイ! オモッテタイジョウ!」
「お眼鏡に叶ったみたいだが、全く嬉しくないな!」
対する剛じいは険しい顔でファイティングポーズを取る。それでも人形は品定めするようにフワフワと宙を舞っていた。
「アハハ! キョウキタ シンジンヨリハ タノシメソウ!」
「何?」
「オマエノ レイリョク ヨコセェェェェ!!!」
笑顔のまま、人形は雄叫びを上げてその身から黒いオーラを溢れさせる。それと同時に室内の置物が宙に浮き、一斉に剛じいへ襲い掛かった。
「奈鈴! 扉の陰に隠れてろっ!」
「う、うん!」
私は咄嗟に部屋を出て、扉を少しだけ開けて中を覗く形で様子を見守る。次々飛んでくる物をはたき落とすので精一杯のようだった。落としてもすぐに浮き上がり再攻撃を仕掛けてくるため、反撃をする暇がない。
そして、人形本体は剛じいを警戒してか自ら近づかず、部屋の隅に引っ込んでいる。。このまま持久戦をするつもりのようだ。
「ユウちゃん、なんとか加勢できない?」
「そうですね……」
ユウちゃんも部屋の様子を覗き見て、使えそうなものが無いか探す。しかしほとんどの物が人形の支配下にあり、残っている物といえば、置物が全て浮いて何もなくなった棚くらいしかない。
「……そうだ! あの棚に憑依して押し潰すっていうのはどう?」
「いえ、大きすぎるので難しいかと。倒すくらいならできそうですが……」
「それで十分!」
私が頷くと、ユウちゃんは意を汲んで素早く動く。剛じいが敵の気を引いている間に棚へと向かい憑依した。
「剛じい! 本体に向かって弾き返せる!?」
「お安い御用だっ!」
剛じいは指示通り、向かってくる物を人形へ殴り返し始める。攻撃するつもりで飛ばしたそれは高速で黒幕へと進んでいく、
「ウワ!」
咄嗟に避けるも、剛じいが放った反撃は人形の黒い髪をかすめて深々と壁に突き刺さった。
「ウググ……ヨクモ!」
突き刺さった熊の木彫りやこけしがガタガタと震えているが、一向に抜ける気配が無い。どうやらハマってしまったらしい。これで攻撃の手が少し緩むはずだ。
「そらそら、今度はこっちの番だぜ!」
余裕が出たのか、嬉々として飛来物を飛ばし始める剛じい。攻撃が全て返って来るとなると人形も攻撃を渋り始め、回避行動が多くなり始める。
「喰らえ!」
「クラワナイ!」
殴り返された土鈴を躱すため、大きく動いて床の近くへ下がる。そしての後ろにはユウちゃんが憑依している棚があった。
「今っ!」
「潰れなさいっ!!」
「ギャアッ!?」
棚は勢いよく倒れ、人形は反応する間も無く下敷きになる。その重みで体にヒビが入り、身動きも完全にできなくなった。同時に浮いていた周囲の工芸品もバタバタと床へ落ちて行く。
「グウゥゥ……! ムカツクゥゥゥ!」
潰れた日本人形はそう吐き捨てると、その体に纏う黒いオーラを宙へと放出させた。それは次第に幼い男の子の形となり、直接剛じいに殴りかかってきた。
「シネェェェェェェェェ!!」
「ふんっ」
しかし当然ながら、圧倒的体格差の前に男児の霊は成す術なく捕まった。両手で左右から包むよう体を拘束され、呻きながら首を動かすことしかできない
「ハ! ナ! セェ!」
「おういいぞ、なんて言って放すわけないだろ」
「そうですね。奈鈴さんの御友人に手を出した落とし前、つけさせていただきます」
いつの間にか棚から出ていたユウちゃんも、剛じいと同じく鬼の形相で霊を見つめている。二人より私が怒りたいところなので、自分も部屋に入って今回の元凶から訳を聞き出すことにした。
「えーっと、何でこんなことしたわけ? 剛じいを狙ってた理由は?」
「ウルサイ! ヤットウゴケルヨウニナッタンダ! モットレイリョクヨコセ!」
「やっと動けるように……?」
「ふーむ、今日までこの家で騒ぎが起きてなかったことを考えると……何かしらの霊力を吸収してここまで強くなった、というところか?」
敵を掴みながらも冷静な分析をする剛じい。こっちも霊を倒して力を吸収している身であるため、それと同じようなことをしていたのだろうか。
「そういえば、戦う前に何か叫んでいましたね。今日来た新人がどうとか」
「……そんなやついたっけか?」
「きっとあれじゃない? 新しく買った日本人形のこと……ん、あれ?」
暴れてる犯人が、今日モモちゃんのお父さんが買った日本人形だったはずでは? でもこの様子だとその新しい人形とこの黒幕は別人、いや別人形?
「よく分からんから、順を追って説明してもらおうかガキンチョ」
「スルワケナイダロ オッサン——」
「拒否権があると思ってるのか?」
「グエェェェェェェェ……ワ、ワカッタ……!」
笑顔で手に力を込め、霊体にも関わらずミシミシという音が聞こえてきそうなほど締め上げる剛じい。男児を追い詰めているおっさんという絵面のためこっちが悪者に見えてくる。
「享年は若いかもしれんが、おそらくお前よりは年上だと思うぞ。霊だし」
「分かったから、話をさせるために少し力を弱めてあげて」
「おう……で、ここまでの経緯は?」
「ウウ……」
観念した霊は弱々しく語り始めた。曰く、自分は幼い頃から体が弱く病気になって死んだ霊で、気づいたら当時大事にしていたこの人形に憑依していたという。それが流れに流れて5年前にこの家に買われたようだ。
それまで人形の中で眠っているような状態だったらしいが、他の工芸品や日本画に僅かながら霊力が宿っているものがあり、それに触発されて覚醒。少しずつ周りから霊力を吸収し、ここまで力を付けたという。
モモちゃんのお父さんが定期的にそのような物を買ってくるため霊力には困らず、ダメ押しに今日届いた日本人形に宿っていた霊を吸収。人形や物を完全に操れるようになって今に至る、とのこと。物を操る過程で日本画に憑依していた狐五郎とも上下関係ができたらしい。
そして、家の外に佇んでいた謎の霊を倒して外に出ていくため、今日見かけた剛じいの霊力が欲しくて騒ぎを起こしたと言う。
「え、じゃあ物置小屋にいた落ち武者の霊とも敵対してたの?」
「そういえば、あの霊も決着がどうのとか言っていましたね」
「ずっとあれと戦ってたのか。小さいながらよくやる」
「モウチョットダッタノニ! ボクハ、ソトデアソブンダァァァァァ!!」
体が弱く、外で十分に遊べなかった頃の記憶から来る願望の叫び。同情する部分もあるが、今回はモモちゃんも巻き込まれたため許す気は無い。
「他人に迷惑をかける遊びは関心せんな。来世で反省するんだぞ」
「ギャアアアァァァァ!!」
それは剛じいも同じようで、そのまま両手で潰すように霊を消滅させた。ありがとう、大分スッキリしたよ。
「周囲に悪霊の気配無し、退治完了です。今回もお見事でした」
「はっはっは! これで一件落着だな!」
「そうだね。そうなんだけど……」
にこやかにしている幽霊二人だったが、私はこの後のことを考えると頭が痛い。私は壊れた工芸品が散乱し、一部は壁に突き刺さっている無残な室内を見て呟いた。
「これ、どうすんの……?」
「…………」
「…………」
剛じいとユウちゃんはしばらく固まった後、再び笑顔を見せて口を開く。
「まあなんだ、仕方なかったと思って何とかしてくれ。すまん」
「私達の姿が見えない以上、奈鈴さんに任せるしかありませんので……」
「やっぱりぃー!」
後に禍根が残る可能性がある分、生きてる人間への対応の方が怖いってば!!!




