ハバネロ先輩は甘いものが好きで、シュガー先輩は辛いものが好きで。そんな2人は私のことが大好きなようです。
柴野いずみ様主催『スパイス祭り』参加作品です。
私には2人の先輩がいます。
直接的に仕事を教えてくれる先輩です。
「田宮ぁ~っ! ここ、また間違えてんじゃねぇか! 何回言えば分かんだよ!」
「ご、ごめんなさぁ~い!」
この人は辛代時哉先輩。
通称ハバネロ先輩。
顔が整ってて背も高いんだけど、けっこう口調が強くて乱暴な言い方をすることもあります。
「ったく。おまえは普段しっかり仕事するんだ。こんなつまらない所で評価を落としてたらもったいねぇぞ。
ほら、一緒にやってやるからさっさと終わらせるぞ」
「あ、ありがとうございます」
でも、なんだかんだ褒めてくれるし、フォローもしっかりしてくれるから、けっこう後輩たちから慕われてたりします。
『男子社員にやたらと懐かれててめんどくさい』
と、嬉しそうに語っていたのをよく覚えています。
「田宮さん。ここ、こっちの関数で入力してくれるかな? あと、フォントはこれ指定なんだ」
「あ、はい。わかりました。すみません」
で、この人が甘澤雪人先輩。
通称シュガー先輩。
その甘いマスクで先輩女性社員から熱狂的な人気を誇ります。
物腰もやわらかくて、口調を荒げているところを見たことがありません。
「ごめんね、分かりづらくて。フォントなんて何でもいいのにね」
「い、いえ~。必要なことですから」
そして、その甘いマスクから放たれる優しい王子様スマイルはあらゆる人を撃ち抜きます。
「田宮ぁ~! 外回り一緒にいくぞぉ!」
「はぁ~い!」
「田宮さん。帰社したら今度のプレゼンの資料作成を一緒に作ってみましょう」
「あ、はい! 承知しまひたぁ!」
そして、わたし、田宮ひよりはこの2人の先輩にいつも振り回されているのです。
「田宮ぁっ! 昼メシ食いにいくぞぉ!」
「あ、はいっ!」
「あ、それなら私もいくよ。いいかい? 田宮さん?」
「あ、はい! もちろんです!」
「おい! 甘澤ぁっ! 俺が先に田宮を誘ったんだぞ!」
「辛代。きちんと田宮さんには許可を取ったから何も問題ないだろ?」
2人は同期で、ハバネロ先輩は唯一シュガー先輩が呼び捨てでため口を使う人なのです。
「くそっ! 田宮っ! なんで許可したんだ!」
「えっ!? いや、べつに人数が多い方が楽しいかなって」
「おまえっ! 俺と2人じゃ楽しくないってのか!」
「い、いえ、そういうわけじゃ」
実際、ハバネロ先輩は話題が豊富で、いろんな話をしてくれるので一緒にいて楽しいです。
「ふふふ、辛代。まるで私がいたら邪魔みたいだな。そんなに田宮さんと2人きりがいいのか?」
「んなっ! そ、そんなんじゃねえしっ!」
「そ、そうですよっ! 私と2人なんてつまらないですよっ!」
私なんて特に面白いところないし。
「「そんなことはない!」」
「ひゃあっ!」
ち、ちかいっ! 先輩たち、2人とも近いですっ!
「田宮はすごい。仕事に対するひたむきさ。真面目さ。それは素直にすごいと思う」
「田宮さんは優秀です。たしかに凡ミスはありますが、一度した失敗を繰り返さないようにしようという気持ちが仕事に現れてます。尊敬に値します」
「うひゃあ~///」
顔をずすいと近付けたイケメン2人にそんなこと言われたらものすごく恥ずかしいのです。
自分のほっぺがすごい暑くなっているのが分かります。
「田宮さんが頬を赤くしている姿はとても可愛らしいですね」
「そ、そうだな。わ、悪くないと思うぞ」
も、もう勘弁してください~~っ!!
「おばちゃ~ん! 俺はクリーム白玉パフェで!」
「私は特製激辛ドラゴンラーメン。全辛のせで」
「えっと、サバ味噌定食で~」
そのあと、結局私たちは3人でいつもの定食屋さんに行きました。
なんだかんだこれがいつものパターンです。
「辛代先輩。お昼ご飯にパフェですか?」
ハバネロ先輩は大の甘党で、甘いもの以外を食べているところをあまり見たことがないです。
それでいてすらりとした細マッチョなのだから納得がいきません。
「おう! 糖分は大事だ! 午後からの仕事のためにも昼にはしっかり糖分を摂取しておかないとなっ!
それに砂糖は消化吸収が早く、素早くブドウ糖と果糖になって全身の筋肉に運ばれてエネルギーになる。それに精神を安定させるセロトニンを生成するトリプトファンを素早く作ってくれる! 特にミルクと砂糖の組み合わせは最強だ!」
「へ~。甘いものってすごいんですね~。私はすぐ体重に出ちゃうからあんまり食べないんですよね~」
精神を安定させるものをいっぱい摂っててその感じなんですか? とは言わないでおきます。
「おまえ、そんなほっそい体してなに言ってんだ! むしろもっと甘いもの食べた方がいいぞ!」
いやいや、先輩みたいにストイックに筋トレとか出来そうにないのです。
先輩が週5でジムに行ってること知ってますからね。
「で、甘澤先輩はまた激辛ですか? それ、このお店の一番辛いやつより辛いですよね?」
シュガー先輩はお店の人に特別にこの超激辛を作ってもらっているみたいです。
「もちろんです。スパイスはまさに人生のスパイスと言えるでしょう。
疲労回復、肝機能向上、胆汁分泌促進、抗酸化作用、整腸作用などなど。健康にもとてもいいのです。
今回いただく唐辛子に含まれるカプサイシンには冷え性の改善、老廃物の排出などの効果もあります」
「すごいんですね。私は中辛が限界かもです」
でも、それってそこまで激辛にする必要ありますか? とは言わないでおきます。
「それでも十分ですよ。辛みがあるということが大事なのです。少しでも摂取することをオススメしますよ」
シュガー先輩は前に激辛ラーメンの早食いで優勝したことがあるそうです。
でも、2人ともこんなだけど、それを私に強制してきたりはしないのです。
だから3人でご飯を食べる時は基本的に私に何を食べたいかを聞いてくれます。
でも、私も2人がこんななのを知ってるから、結局いつも甘いのも辛いのもあるこのお店に落ち着くのです。
「はい、おまちどうさまっ!」
しばらくすると、お店のおばちゃんが3人の料理を持ってきてくれました。
おばちゃんはいつも3人分の料理のタイミングを合わせて持ってきてくれるので嬉しいです。
「ひよりちゃん。仕事はもう慣れたかい?」
おばちゃんが配膳ついでに話しかけてくれました。
大の甘党と辛党である2人と、その2人を引き連れてくる私はこのお店ではなぜか有名人なのです。
「はい。先輩たちのご指導のおかげで、だいぶ慣れることが出来ていると思います。まだまだご迷惑をおかけしてますが」
私がえへへと頭をかくと、ハバネロ先輩がそんなことはないぞ! とパフェを頬張り。シュガー先輩がいつも助かってますと激辛ラーメンをすする。
真逆のような2人ですが、こういう時は息ピッタリでフォローしてくれるのでありがたいのです。
「そっかそっか。あれ? ひよりちゃんはいまいくつだっけ?」
「あ、今度24になります」
おばちゃんは私のことを娘みたいに思ってくれているみたいで、ご飯を食べに行くたびにいろいろ気にかけてくれます。
「そっか~。いま彼氏とかはいないの? そろそろ結婚とか?」
「へっ!? ごほごほっ!」
「ぶっ!」
「ふごっ!」
おばちゃん、いきなり何をっ!?
あやうく頬張ってたサバ味噌を吹き出すところでした。
ハバネロ先輩は……どんまいです。
シュガー先輩は頑張って口の中にとどめたみたいですが、珍しくむせてしまったようです。
「いませんよそんなの~!」
「ほっ」
「ふっ」
ん? 先輩方、なんか嬉しそうですけど、どうしたんですか?
「そうなのかい? こんなかわいいのに。良い人いないのかい?」
……なんか、先輩方の視線が怖いんですが。
ハバネロ先輩、鼻についたクリームをまず拭きましょう。
「いやいや、私になんていないですよ~。今はまだ仕事だけで精一杯ですよ」
「っしゃ!」
「……(ぐっ)」
ハバネロ先輩、声出てますよ。
シュガー先輩、ガッツポーズしてるの見えてます。
「くっくっ……。ホント面白いね、あんたら」
おばちゃんは口元に手を当てて笑いをこらえているようでした。
どうやらおばちゃんにはいろいろお見通しのようです。
そりゃ、私だってこれだけ分かりやすく来られたらさすがに気が付きます。
でも、私のなかで答えみたいなのは出せていません。
だって2人ともとっても魅力的で素敵な人だから。
いつかは答えを出さないといけないのは分かってます。
でも、今はまだこうして3人で楽しくやっていたいのです。
わがままだと言われるかもしれませんが、答えが出せないのだからしょうがないじゃないですか。
私は2人が食べ終わったのを見て、ちょっとしたイタズラを思い付きました。
「あ! おばちゃん。私、良い人はいるかもしれません!」
「なにぃっ!?」
「な、なんですって!!」
「ふふふ、その幸せ者はどこのどいつなんだい?」
さすがはおばちゃんです。
私の答えを分かっているみたいです。
「ここに。とっても素敵な先輩が2人もいますから!
2人ともとっても良い人ですからね。
じゃ、ごちそうさまですっ!」
私はおばちゃんに代金を渡して先にお店を出ました。
「あ、おいっ!」
「田宮さんっ! 待ってくださいっ!」
「はははっ! まいど~!」
ハバネロ先輩とシュガー先輩は慌てておばちゃんに代金を渡すと、私を追ってお店から出てきました。
甘いもの大好きな辛口のハバネロ先輩と、辛いもの大好きな甘口のシュガー先輩。
そんな2人はどうやら、ありがたいことに私のことが大好きなようです。
でも、私にはまだ答えが出せません。
だって、私は甘辛が大好きなんですもん。
皆さんは甘々と辛々、どちらが好きですか?