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果実戦隊フレッシャーズ 第11話「お祭り大混乱!?二人を引き裂く愉快なメロディー!」

作者: 楢弓

一回限りのネタのつもりでしたが、新しいネタを思いついたので続編を書きました。今後もネタが出来たら書いていきます。

8月。地方都市Y市は周囲を山に囲まれている盆地のためか、日本の中でも類を見ないほど酷暑に見舞われていた。気温の上昇がピークを迎えた正午を過ぎた頃、暑さを避けるかのように二人の大学生がファーストフード店で購入した飲み物を手に雑木林で涼んでいた。

「マジで暑くない?日焼けサロンなんか行かなくても良い色に肌が焼けそうだぜ」

ベンチに座っている茶髪の学生が汗で濡れたTシャツの首元を扇いで風通しを良くしながら、隣のベンチに腰掛けてドリンクの容器を額に当てて体を冷やそうとしている黒髪の学生に話しかけた。

「そうだね。屋内で休もうとしても、この時間だと店の席も空いてないし。近くにこんな場所があって助かったよ」

「ほんとそれ。あぁ〜、木陰で風を感じながら飲む炭酸はたまらねぇ〜。このまま日が暮れて気温が下がるまでここにいようぜ」

茶髪の学生がベンチの背もたれに体を預けて伸びをする。黒髪の学生は周囲を見回した。二人がいる雑木林は国道のそばに面したファーストフード店やパチンコ、市の施設が近くにあり人通りは多くないが、小さい子供が遊びに来たり犬の散歩コースにもなっているので、ベンチを男子大学生二人が占拠し続けるのは流石に目立ってしまう。

「いや、流石にそんな長時間ここにいるのはちょっと……。でも、特にイベントとかもないしね。来週だったら大通りで祭りがあるんだけどなぁ」

「そうそう。祭りはどうする?合コンで連絡先を交換した子を誘ってるんだけど、今の所一緒に言ってくれそうな人いないんだよ。俺たち二人だけで行く?」

「男二人で?えぇ、どうしようかな……」

二人が話をしていると、突如赤い羽に覆われた鳥を模した怪人が現れた。

「ミーソッソッソッソッ!つまらなそうな会話をしてるミソね。君たち二人を刺激的なダンスな世界に連れてってあげるミソ!」

「「うわぁっ!なんだお前は!?」」

驚く二人が逃げる間もなく、怪人は口から怪音波を発した。

「な、なんだこれ?頭の中に打楽器の音が……」

「あれ?おかしいな?リズムに合わせて体が勝手に動き出して……」

怪音波を浴びた二人は突然体や腰を左右に揺らしながら踊りだした。

「ミーソッソッソッソッ!楽しそうミソね!そのままずっと踊り続けるが良いミソ!」

そう言って鳥頭の怪人はサンバを踊る二人を置いて、その場から立ち去っていった。


本日最後の講義を終えて、赤井は講義を受けていた校舎から出た。様々な学科の棟が建ち並ぶ大学の敷地内を、街路樹に沿って通り抜けていく。ポケットに入れた端末が震えているのを感じた。振動しているのはスマホではなく、変身装置だ。仲間であるフレッシャーズの誰かから連絡が届いているようだ。他の学生がいるこの場で見るわけにはいかない。それに急いで帰って明日の準備もしなければならない。申し訳ないが、家に帰ってから確認させてもらおう。赤井は急ぎ足で正門へと向かう。すると、正門横の駐車スペースに人が集まっていた。どうしたのだろうと横目で見ると、そのグループのリーダーと思われる人物が笠を片手にラジカセを操作していた。集まっている他の人達も造花で装飾された笠を手に持っている。ラジカセから音頭が流れてきて、集まった人々が笠を両手で構えて踊り始める。難しい踊りをしている人もいれば、比較的簡単な踊りをたどたどしく踊る人もいる。明日の祭りに参加する大学の有志のグループなのだろう。本番に向けて最後の追い込みを行っているようだ。近くを見回すと笠を持って駐車場に向かう学生が何人かいる。講義が終わったので、これから踊りの練習に参加するのだろうか。

「お、赤井じゃん!」

後ろから声をかけられた。赤井が振り返ると男子学生が手を挙げてこちらに近づいてくる。同期生の御茶ノ水だった。下ろしたもう片方の手には笠を持っている。御茶ノ水は赤井のそばまで来ると話しかけてきた。

「何?今日はもう帰るの?」

「うん。御茶ノ水君はこれから練習?」

赤井は質問しながら御茶ノ水の格好を見る。動きやすそうなジャージを着て、踊りに必要な笠を持っているということは、御茶ノ水も有志として明日の祭りに参加するのだろう。

「イエッス!明日が本番だからね。大勢の人に見られるんだから完璧に仕上げないと。赤井も明日は祭りに行くんだろ?」

「あー、一応行く予定。何時に行くかはこれから相談して決める予定だけど……」

「お、なんだよ〜?誰と一緒に行くんだ〜?あ、分かった。噂の黄之瀬嬢とだろ?良いねぇ、アツアツカップルは」

赤井の返答を聞いて、御茶ノ水は茶化すように質問してくる。赤井はつい声を大きくして反論した。

「アツアツカップルとか、そんなんじゃないって!適度な距離感を保って、清く正しいお付き合いをしているだけだよ!」

「そんな照れなくて良いって!同じ学科どころかこの大学の中でも噂になってるぜ。大学一のバカップルだって。昨日も、駅前でひと目も気にせず抱き合ってたらしいじゃん?」

「もうそんなことまで知られてるの!?嘘でしょ!?あぁ、また黄之瀬さんに怒られる……」

赤井は昨日の自分の行動を後悔して頭を抱えた。黄之瀬の耳にこの話が入ったら、きっと何か言われるに違いない。

「いやいや。そんな仲の良い恋人がいて俺は羨ましいよ。俺なんか、ただ女の子と一緒に映画見に行っただけで、一昨日付き合ったばかりの彼女から振られちゃったし。ま、そのおかげで、こうして有志に参加する余裕が出来たんだけど」

御茶ノ水が陽気に笑いながら赤井の背中を叩く。御茶ノ水もこの大学内で手の早い男として知られており、朝一の講義で隣の席に座った子とその日の昼には付き合い始めている、なんて噂がまことしやかに囁かれている。また、この噂には続きがあり、その日の夕方には振られてしまう、らしい。どこまで実際にあった話かは赤井も知らないが、御茶ノ水が二週間以上同じ恋人と付き合っているところは見たことがなかった。

「あぁ……、うん……。そうなんだ……。でも、祭りに演者として参加するなんていい経験だよね。僕もいつか参加してみたいなぁ」

「え、いや、お前はやめておいたほうが……。まぁ、明日は彼女と祭りを楽しめよ!もし俺を見かけたら手でも振ってくれよな!じゃっ!」

赤井へ意味ありげな目線を送った後、御茶ノ水は走って踊りの練習を行っている集団に混じっていった。自分もこうしてはいられない。明日の準備をしに早く家に帰らなければ。赤井は再び急ぎ足で正門へと向かった。


話は昨日の夕方に遡る。赤井と黄之瀬は黄之瀬が出席している講義が終わった後に駅までやってきて、駅に併設された施設に入っているカフェでお茶をしていた。赤井は黄之瀬から唐突に今週末の予定を尋ねられた。

「明後日の予定?来週が提出期限のレポートが何個かあるからそれをやろうかなって思ってるけど……」

赤井の返答に黄之瀬は表情を変えず、ストローを摘んでドリンクを飲んだ。

「そう。それは残念。それじゃあ、今週末のお祭りは友達と一緒に行くことにするわ」

「ちょっ、ちょっと待って!今の質問ってそういうことだったの?それならレポートの方は何とかするから!」

黄之瀬の言葉に赤井は慌てる。このY市では毎年夏になると、市役所前の大通りから商店街にかけて道路を閉鎖し、この地方に伝わる民謡に合わせて多くの団体が踊り歩くパレードが開かれている。地元企業が用意した山車とともに、小中高大の学生や役所に務める職員、青年会や婦人会など様々な年代の人々が花飾りの施された笠を持って車道を練り歩く姿は壮観でこの地方で有名な祭りの一つとして名前が上げられることもある。その祭りが今週末、明後日から始まるのだ。明後日の予定を訊かれた時点で気がつくべきだった。

「いえ、気にしなくていいのよ。確か、ちゃんとしたレポートじゃないと評価点が落ちるって、以前に話をしていたでしょ?しっかり時間をかけてレポートを作ってちょうだい。私は全然、全く、これっぽっちも気にしてないから」

「めちゃくちゃ気にしてる人の言い方じゃない!?」

「本当に気にしてないわ。学生の本分は勉強だもの。来年は就活で忙しいでしょうし、その次の年も卒業に向けて時間に余裕がないでしょうから、今年を逃したら学生のうちにお祭りに行く機会は多分ないでしょうけど、赤井君はレポートを頑張ってね」

黄之瀬はそう言いながら、ドリンクが入っていたカップに残った氷をストローで突いた。

「追い打ちがすごいんだよなぁ……。レポートはどうにか出来ると思うから大丈夫だよ。明後日は一緒に行けるよ」

黄之瀬は顔を上げて手元のカップから赤井へ視線を移した。そして、わざとらしく困ったような表情を作った。

「あら、そうなの?でも、もう友達を誘うって決めちゃったしねぇ……。まだ連絡はしてないから、誰かが誘ってくれればその人と一緒に行くのだけれど……」

黄之瀬がそこで言葉を止めた。鈍感な赤井でもそこまで言われれば気づいた。黄之瀬は赤井から誘ってほしいのだ。

「……黄之瀬さん。もし宜しければ、明後日一緒に祭りに行きませんか?……これで良い?」

「ん?」

「すみません!間違ってました!一緒に祭りに行かせてください!お願いします!!」

元はと言えば黄之瀬から予定を確認してきたはずなのにと赤井は思ったが、黄之瀬の有無を言わさぬ圧に全力でお願いをする事にした。黄之瀬は赤井からのお願いを聞くとにっこりと笑った。

「そこまでお願いされたらしょうがないなぁ。分かりました。一緒に行きましょう」

「アリガトウゴザイマス。何か黄之瀬さん、ちょっと面倒くさくなった気がする……」

大学内では優しさを目に見える形で出さないので、顔は綺麗だけどなんか怖いとかナンパしてきた男を毒舌で叩きのめしたとか言われている黄之瀬だが、最近は赤井の前で冗談を言うようになっていた。ただ二つ問題があり、一つは黄之瀬の言う言葉が本気なのか冗談なのか判断しづらい事と、もう一つはその言葉が本気にしろ冗談にしろ赤井に皺寄せがやってくる事だ。赤井の口から思わず出た言葉に笑みを浮かべたまま黄之瀬が聞き返した。

「何か言ったかしら?」

「いえ!何でもありません!一緒に行けて光栄です」

「そう?私も嬉しいわ。赤井君がお祭りに誘ってくれて」

「ソレハヨカッタデス。でも、ちょっと意外だなぁ。黄之瀬さんって、祭りとか苦手だと思ってたよ」

テキトウに相槌を打った後、赤井は黄之瀬へ疑問をぶつけた。春先に花見へ誘った時、人が賑わう日中ではなく夜の時間帯を希望した事があったので、てっきり人がごった返すイベントはあまり好きではないのかと思っていた。

「あら、失礼ね。お祭りは大好きよ。小さい頃からよく家族に連れられて地元のお祭りに参加していたわ。ボッタクリみたいな価格の屋台の料理も、お祭りっていう特別な空間を彩ってくるアイテムだと考えれば全然理解出来るし。赤井君は嫌い?」

黄之瀬の質問に赤井は少し考えを整理した。イベントや行事は好きだが、祭りに関していえば自分の過去を思い返してみても参加どころか観客として見に行った記憶もほとんどない。微かに覚えているのは小学生低学年の時に地区の祭りで盆踊りを踊った事くらいだ。

「嫌いではないけど特別好きというわけでもないよ。基本的に見る側だから、どんなモチベーションで祭りに参加すれば良いか分からないんだよね」

「そうなの?よく知っている大通りが特別なステージに変わるなんて素敵だと思わない?今回のお祭りだったらパレードがメインだから人によっては踊りの優劣を競う事もあるけれど、普段は普通に暮らしている人達がその瞬間のために努力を重ねて踊りの練習をしている事を考えたら、多少の上手い下手なんて気にならないわ」

珍しく黄之瀬が熱を込めて喋っていた。本当に祭りが好きなのだろう。

「へぇ〜。そういう物なのかぁ」

「ま、お祭りの楽しみ方なんて人に強制される物ではないから、赤井君は赤井君の楽しみ方を見つけたら良いわ。例えば……」

「例えば?」

自分に一体どんな楽しみ方が残されているのか気になった赤井は黄之瀬の言葉を繰り返して、その先の言葉を促した。黄之瀬は少し恥ずかしそうに言葉を続けた。

「わ、私の浴衣姿とか……」

「ゆ、浴衣!?浴衣を着るの!?」

黄之瀬の言葉に赤井は店内にも関わらず大きい声を出して立ち上がってしまった。店員や客の視線を感じて赤井は元の席に腰を下ろす。

「そんなに驚かないでちょうだい。お祭りなんだから浴衣位珍しくないでしょう。友達とだったらただの私服で行くつもりだったけど、せっかく赤井君と一緒に行くなら実家から持ってきた浴衣を着ようかな、なんて思っただけよ……って、ちょっと。何を頭を抱えてるの?」

気がつくと、赤井は両手で頭を抱えていた。黄之瀬はもしかして自分の浴衣姿を見たくないのではないかと不安になったが、赤井の答えに安堵した。

「いや、黄之瀬さんが浴衣を着てくるなら、僕も浴衣を用意した方が良いのかなって思って。でも浴衣持ってないから、これから買うにしても安物じゃあんまりだし、高級なやつだと財布に余裕が……」

「別に赤井君まで浴衣を着てこなくても良いわよ。女性が浴衣で男性が私服なんて珍しくもなんともないから」

「そう?それなら助かるけど……。黄之瀬さん、お祭り好きなだけにやっぱり詳しいね」

「まぁね。ちゃんと調べ……」

黄之瀬はうっかり口を滑らせそうになったので隣の恋人の様子を確認したが、焦りから開放された赤井はちょうど自分のドリンクを飲もうとしていたところだったので、黄之瀬の言葉をすこし聞き逃してしまった。

「え?ちゃんと?」

「い、いいえ。なんでも無いわ。気にしないで」

取り繕う黄之瀬を不思議そうに見ていたが、どうせ改めて質問しても答えてはくれないだろうから、そんな不毛な事よりももっと重要な事に思考をさくことにした。

「いやぁ、でも黄之瀬さんの浴衣姿かぁ。きっと凄い綺麗なんだろうなぁ」

「あんまりハードルを上げないで。そんなに期待されるとこっちが緊張してしまうわ。赤井君のご期待に添えない可能性だって全然あるんですから」

「いや、黄之瀬さんの浴衣姿を見れるだけですごく嬉しいよ。どんな浴衣なの?今風のおしゃれなヤツ?黄之瀬さんなら派手な柄とかも似合いそうだよね」

「それは当日のお楽しみということで。でもこんなに喜んでもらえるとは思わなかったわ。浴衣とか好きなの?」

「別に浴衣が好きなわけじゃないけど、好きな人が僕とのデートのために特別な衣装を着てきてくれるのが嬉しくて。ただのお祭りが凄いイベントになったような気がするよ!」

さっきまであまり祭りに興味なさそうだった人物とは思えないほど、赤井のテンションは上がっていた。黄之瀬はそんな赤井の様子を見て、少し驚きつつも自分の恋人のまだ知らない一面を見れた事を嬉しく思った。

「そ、そういうものかしら?そう言えば赤井君、お祭りとかは好きじゃないと言ってる癖に少し前の花見だったりこないだの海水浴だったり、私とのイベント事にはやけにテンションが高い気がするけど気の所為?」

「え?彼女とのイベントはテンション上がるのが普通でしょ?黄之瀬さんは楽しくないの?」

いつもの内向的な赤井とは違い、今の赤井はまるでクリスマス前日の子供のようだった。その様子に流石に黄之瀬も引いてしまった。

「いや、私だって楽しいけれど、赤井君はちょっと執着じみているというか……。まぁ良いわ。それじゃあ、明後日のお祭りは現地集合にしましょう。私、下駄を履いていくから、どちらかの家で待ち合わせだと時間がかかってしまいますから。集合場所と時間については、明日の夜にでもまた相談しましょう」

「うん。分かった。うわぁ、早く明後日にならないかなぁ」

このあと、デパ地下で夕食の食材を割り勘にするかどうかで揉めて、奢られて機嫌を損ねた黄之瀬を最終的に赤井が抱きしめて宥めたのはまた別の話だ。


赤井が正門を出ようとした瞬間、大学の敷地から複数の悲鳴が聞こえた。どうしたのだろうか?赤井が振り返ると、駐車場で踊りを練習していたグループの人達が何かから逃げるように散り散りに走っている。そして、さっきまで有志がいた駐車場には奇妙な格好をした二足歩行の生物とメンメン団の構成員が立っていて、逃げ遅れた人々を捕らえようとしていた。奇妙な格好をしている生物、恐らくまた新しい怪人だろう、は全身が赤く羽で覆われており、腕の代わりに翼が一対生えていた。赤一色の鳩?カラス?どちらにしても鳥をデフォルメしたような姿だ。赤井は踵を返すと、急いで駐車場へと駆けていく。

「ミーソッソッソッソッ。お前たち、そんなスットロい踊りじゃなくて、もっとノリの良い激しいダンスを踊らないかミソ?」

「な、何を言っているんだ!?お前たちは何者なんだ!?」

捕らえられたグループのリーダーと思われる学生が怪人に問いかける。怪人は体と翼を大きく動かして質問に答えようとした。

「我々の事を知らないミソ?それじゃあ教えてやるミソ!我々はこの街を支配し、より良い世界を作る秘密結社!その名もメンメ……」

「その人を離せ!この鳥頭!」

赤井は襲ってくる構成員達をやり過ごして、怪人の目の前までやってきていた。鳥の怪人は赤井の方へと体ごと顔を向ける。

「……今失礼な事を言ったのはそこのお前かミソ?よく聞こえなかったからもう一度言ってもらっていいかミソ?それとも、今すぐに謝るなら許してやらなくも……」

他の人間達と同じように赤井も自分の姿をちゃんと見れば怖がって命乞いをするだろうと考え、怪人は翼を大きく広げて威嚇をしたが、ヒーローとして怪人に見慣れている赤井には全くの効果がなかった。それどころか、怪人を目の前にしていたため、いつもの癖で怪人を煽りだした。

「鳥の癖に記憶力どころか耳も悪いのか?お前に言ってるんだよ!この害鳥め!!」

「また言った!?お前ふざけるなよ!?名乗りや俺様の言葉を途中で邪魔したことはまだ許すけど、この流体力学に則った美しいフォルムを馬鹿にしたことは万死に値するからな!!絶対に許さん!!」

怪人は予想していなかった突然の罵倒に怒りで顔が赤くなるのを感じた。だが、元々赤い羽で全身を覆われている鳥怪人では、本人以外にはその変化に気づく者はいなかった。

「何が流体力学に則った美しいフォルムだ。普通の鳥と違って足は長くて太いし、翼は風切羽が生えてるんじゃなくてムササビみたいなマントに羽が付いてるだけだろ!そんなに言うなら、今この場で飛んでみせろ!」

「神の使いとも言われたカラスの姿を持つ俺様のこの翼をムササビの飛膜扱いしただと!?はい、もうブチギレました。お前には一生ダンスを踊ってもらうぞ!」

実は自分でもコンプレックスになっている翼をバカにされて怒りが頂天に達した鳥型の怪人は怪音波を赤井に向けて放った。だが、怪人から放たれたその怪音波は普通の音波とは違い、空気中でも目に見えてしかもそんなに早くもないので、赤井は難なく躱した。

「チッ!すばしっこいヤツだミソね。それじゃあこれならどうだミソ!!」

鳥怪人が再び怪音波を放つ。今度は赤井に向けてではなく近くで倒れていた学生に向かって怪音波を放っていた。赤井は倒れている学生を庇って怪音波を浴びてしまう。

「グワッ!って、なんだ。やっぱり全然痛くないじゃないか」

「ミッソッソー!俺様の怪音波を浴びたミソ?それじゃあ、コレで終わりミソ!!」

鳥怪人が器用に近くにあったラジカセのボタンを押す。すると、スピーカーから祭りの音頭が聞こえてきたが、赤井の頭には別の音楽が鳴り始めていた。

「な、なんだコレ!?音頭に混じって聞こえ始めたのは!?コレはサンバ?」

「サンバが聞こえてきたミソ?それじゃあ、お前はもう終わりミソ!さぁ、サンバのリズムに合わせて体を動かすミソ!」

怪人の叫びに応えるかのように、赤井の体が一人でに踊りだした。体を左右に振りながら、赤井が叫ぶ。

「お前!一体何をした!?」

「ミッソッソッソッソッ!俺様のこの音波を耳で聞くと、どんな音楽でもサンバに聞こえてしまい、さらに体が勝手にサンバを踊り始めるんだミソ!これで明日のお祭りもサンバフェスティバルに様変わりさせてやるミソ!!」

「赤井!大丈夫か?」

声がする方を赤井と怪人が見た。紫山と桃谷が駐車場に向かって走ってきている。

「ム?人が増えてきたミソね。明日の本番のためにも、今はあまり力を使わないでおくミソ。それじゃあ、明日を楽しみにしてるミソー!」

怪人は構成員に合図を送るとさっさと逃げ出した。怪人達をそのまま追うか悩んだが、紫山と桃谷は赤井や他に怪音波を浴びてサンバを踊ってしまっている人々の保護を優先するのだった。


「全く。お前が俺の呼び出しに従っていれば、一人で怪人に立ち向かう事も、こうして怪人の能力に困らせられる事もなかったというのに」

赤井を椅子に座らせて喋る紫山。ここは紫山が所属している研究室だ。と言っても、現在この研究室に在籍しているのは紫山と休学して海外に行っている修士の学生だけなので、基本的には紫山しかここにはいない。緑野がいる機械工学サークルの部室と合わせて、ヒーロー活動をする時の拠点となっている。赤井は紫山へ頭を下げる。

「ゴメン。どうしても急いで帰らなくちゃならなくて……。呼び出しについては後でメッセージを受け取れば良いかなとか思っちゃったんだよね」

「リーダーがそんなんじゃ俺たちも困るな。別にプライベートを犠牲にしろとまでは言うつもりはないが、仲間からの話も聞けないほど緊急の用事だったのか?」

「いや、緊急というか……。大事な予定というか……」

その時、研究室のドアが勢いよく開く。黄之瀬が息を切らせて中に入ってきた。

「マサ君!大丈夫!?聡から怪じ……変なコスプレ集団に襲われたって聞いたんだけど!怪我はない!?」

「あぁ、黄之瀬さん。僕は大丈夫だよ。怪我はないから安心して。ただ、怪お……催眠術にかけられてしまったみたいで、明日の祭りには行けなくなったかも」

黄之瀬は赤井に自分がヒーローであることがバレないよう、怪人の事を変な集団と呼んだ。一方、赤井も黄之瀬に自分がヒーローであることがバレないよう、怪人から浴びた怪音波の事を催眠術と誤魔化した。黄之瀬がどういう事か尋ねようとした時、黄之瀬のスマホから通知音が聞こえた。すると、赤井は急に立ち上がってその通知音に合わせて踊り始めた。黄之瀬が驚いたように赤井を見ている。紫山がため息混じりに言った。

「実際に見て分かっただろう?こういうことだ。もしかして、二人共明日の祭りに行く予定だったのか?赤井がさっき言っていた大事な予定とはそういう……」

「いや、ちょっ、待って。確かに黄之瀬さんと明日デートの約束をしているけど、だからといって紫山の連絡を無視したわけじゃなく……」

紫山に弁明する赤井だったが、体をリズミカルに動かしながらなので、はたから見ればふざけているようにしか見えない。紫山は再び大きなため息をついた。

「分かったからもう良い。お前は黄之瀬の事になると優先順位がガラッと変わるからな。黄之瀬?大丈夫か?」

紫山は呆然としている黄之瀬に声をかけた。黄之瀬も黄之瀬で、赤井の事を最優先にする傾向があるからこの姿はだいぶショックだったのだろうと紫山は思った。

「え?えぇ、大丈夫。ただちょっと驚いちゃって。赤井君をこのままここで安静にしているつもり?本当に異常がないか医務室の先生や『専門家』に見せた方が良いと思うのだけれど?」

黄之瀬の言う専門家が誰かは名前を伏せられても分かった。緑野の名前を出しても良かったが、赤井と黄之瀬の事を考えるとぼかしたままの方が良いだろう。二人が互いに正体に気づいてしまったら、怪人達との戦いに集中が出来なくなり事実上の戦力ダウンに繋がる。このまま、お互いがヒーローの仲間同士である事に気が付かない方がチームの為にも都合が良かった。他にこの事実を知っている緑野や桃谷は、チームの戦力の事よりも二人がすれ違っている様を面白がっているふしがあるが、紫山にとって結果が同じであるならば、理由はどうでも良かった。

「ちょうどそう思っていたところだ。赤井。音楽が止んだのだから、そろそろ踊りを止められないか?」

「ちょっと待って。段々頭の中で流れるサンバが小さくなってきたから、そろそろ体の動きも止められるはず……。あ、止まった」

腰の動きやステップを止めて立ち尽くす赤井。ちょうどそのタイミングで桃谷に連れられて緑野が研究室にやって来た。

「噂をすればだな。緑野。赤井を『検査』に連れて行ってくれないか?」

「いや、来たばっかなんですけど?ほんと人使いが荒いね〜。はい、赤井君。先生についてきて〜。一緒に検査しに行くよ〜」

不満を言いながら、緑野が赤井を連れて研究室を出ていった。黄之瀬が先程まで赤井が座っていた椅子に座る。桃谷が紫山へ赤井の容態を尋ねる。

「正義君、大丈夫そう?」

「いや、あれはだいぶ重症だな。何か音楽が聞こえただけで反射的に体が踊りだしてしまっている。スマホの着信音だけでも反応していたから、ちょっとしたリズムを刻む音だけでもアウトだろう」

「それじゃあ、さっきの赤いカラスが最近街に出没している怪人で間違いないみたいだね。正義君と一緒に襲われた学生さん達も、みんな頭の中でサンバのリズムが勝手に聞こえてくるって言ってたよ」

あの怪人が大学構内に現れる少し前に、紫山からの呼びかけに応じて研究室に来た桃谷と二人で、新たな怪人の目撃情報について確認をしていたのだった。

「街で襲われた人と同じだな。さて、そうなるとどうやって対応するか。ここから逃げる直前の発言を聞く限りでは明日の祭りにも現れるつもりらしい。だが、パレードは一キロメートル以上の距離で行われるし、参加者や観客、スタッフの数も含めるとかなりの人数が当日に集まるはずだ。当日、俺たちが怪人を探そうとしても、広範囲で人も多いとなれば被害を防ぐのは難しい。怪人による被害を最小限に抑える方向で考えた方が良さそうだな」

紫山の作戦を聞いた桃谷は少し困ったように腕を組んだが、紫山の意見に同意する。

「うーん、怪人に襲われる人はなるべく出したくないけどなぁ。でも、大通りに設置されたスピーカーから音頭が聞こえるせいで、まさ……じゃなかった、僕達五人のうちだれかが怪人の怪電波を食らっていたら四人で対処するしか無いし、僕達四人じゃパレードが行われる大通り全てを警戒するのは不可能だろうね。もし、僕達のうち誰かが怪人達を見つけられたとしても、人が多すぎて他のメンバーが集まるまでに時間もかかるだろうし。最悪、祭りの実行委員会に通報して、パレードの時間を調整してもらうとかどう?もしかしたら、時間を勘違いした怪人達をおびき出せるかも」

「いや、恐らく半端な警告ではイタズラ扱いされるのがオチだ。それにもし仮に時間を調整してもらえたとしても、祭りは明日だ。何も知らずに集まる観客達の方が多いだろう」

「そっかぁ。それじゃあ、やっぱり明日の祭り中に警戒するしか……」

「それは駄目」

それまで黙って二人の話を聞いていた黄之瀬がはっきりとした声で言った。紫山と桃谷は黄之瀬の方を見る。気のせいだろうか?なんだかピリピリとしたムードを漂わせているような気がした。

「優ちゃん?駄目ってどういう……?」

「怪人は今日中に倒す。赤井君や他の皆も元に戻す。そして、明日は何事もなくお祭りを実施させる。それ以外は論外よ」

「いや、黄之瀬。いくらなんでも今日中に怪人を見つけ出して倒すのは無理があるぞ?明日現れるのは分かっているんだ。大人しく明日、怪人が出没するのを待ったほうが良い」

「それじゃあ、お祭りに参加する予定だった被害者の人達はどうするの?せっかく練習したのにそれを無駄にさせる気?それに、明日怪人が現れてしまったら、間違いなく大混乱が発生してしまうわ。そうなればお祭りは中止するどころか、混乱した街の人々がドミノ倒しになったりして二次被害も発生してしまう。怪人を確実に倒す為だからといって人を傷つけても良いとは思えないわ」

黄之瀬の意見は倫理的にはもっともだ。ヒーローである以上、なるべく街の人々は傷つけたくないのは五人とも同じだ。かと言って、どうすれば良いのだろうか?紫山は黄之瀬へ正直な考えを伝えた。

「確かにお前の言う通りだが……。手がかりも何もないのに怪人を見つけられるとは思えないな。無駄な労力をかける位だったら、当日に怪人が現れた時の被害の状況を想定した上で俺たちの行動を最適化させた方が良いと俺は思う」

「いえ、手がかりならあるわ。怪人は自分の事をカラスだと言ったのでしょ?しかも怪人と話をした時、自分がカラスである事に誇りを持っていたようだって、赤井君が聡に伝えたらしいじゃない?それならきっと、怪人もカラスと同じ習性を持っているはず。この街でカラスがすみかにしている場所と言えば、山の近くにある公園だわ」

「流石にそれは安直過ぎないか?」

「で、でも、もし本当に怪人達がどこかの公園にいたら、今日中に怪人を倒せるかも?このまま何もしないで明日を待つくらいだったら、探してみるのもありだと思うな」

黄之瀬の意見に賛成する桃谷。二対一だ。きっと緑野も黄之瀬の意見に賛成するだろう。リーダーである赤井がいれば、多数決ではなく赤井がチームとしての意見を決めるのだが。紫山はため息をついた。

「分かったよ。該当する公園は何箇所かあるはずだ。ここから歩いて行ける距離の物だけでも行ってみよう。赤井の様子を緑野が確認し終わり次第出かける。それで良いな?」

紫山の提案に頷く黄之瀬。

「そうと決まれば、早速準備しようよ。変身アイテムとか取ってこないと。それにしても、さっきの優ちゃんかっこよかったよ。被害にあった有志の人達の事を気遣ったり、犠牲を出さない為にも祭りを無事に実施させようとしたり。そうだよね。怪人なんかの為に街の人達が楽しみにしている祭りを止めるわけにはいかないよね」

「えぇ、絶対に明日のお祭りは中止にはさせないわ。このために浴衣を選んだり、美容室に通ったんだもの。絶対に赤井君と一緒にお祭りデートを成功させる!」

本音が漏れている黄之瀬に、紫山と桃谷は黄之瀬の意見に賛成したのは間違いだったかもと後悔し始めていた。


五人の通う大学から二十分ほど歩いた距離にある少し大きな公園。国道から脇道に逸れた位置にあり、周辺には林と畑しかないため、夜間にやんちゃな学生がたむろしている以外はほとんど人がいない。そんな公園の中で鳥型怪人と構成員達がブランコやシーソーに乗って戯れていた。それを公園の外から隠れて見ている黄之瀬、紫山、緑野、桃谷の四人。

「マジでいるじゃん……」

「だから言ったでしょ?公園にいるって」

「いや、まぁ、予想としては悪くないけど、こんな一本釣り出来るなんて思わないじゃん。こりゃあ、デートを必ずするっていう優の執念の勝利だわ」

緑野が黄之瀬を肘で突く。なんで公園を調査する事になったのか、赤井を帰宅させた後に三人と合流した際、桃谷から詳細を聞いていた。

「べ、別にデートのためだけに必死になってるわけじゃないから!被害を極力出さないために行動しているだけよ」

「そういうことにしときましょ。それで?リーダー様はいないけど、どうするの?」

リーダーであるレッドこと赤井はここにいない。赤井の状況だが、ガジェットを使って検査したが特に異常は見られなかった。本当にメロディーを聞くと反射的に体が動いてしまうだけだ。緑野は話に聞いた怪人の姿や言動とその能力から、今回の怪人を反射怪人カラスミソと名付けた。レッドがここに来れない事を知っている紫山と桃谷、そして赤井の事で頭がいっぱいでそこまで気が回っていない黄之瀬へ念の為に確認した。

「もう夕方でこれ以上遅くなると日が落ちて相手を逃がす可能性も出てくる。今ここにいる四人であの怪人達を倒す。それでいいか?」

「OK」

「私も構わないわ。レッドを待って怪人を逃がすわけにはいかないもの」

「上に同じく」

紫山の提案を受け入れ、四人は公園へ突入する為に身構えた。

「それじゃあ、俺が合図したら公園に突入するぞ?三、二、一、よし。今だ」

公園に駆け込んでいき怪人達の前に立ちふさがる四人。怪人達は遊具に跨ったまま、突如現れた四人を怪訝そうな目で見た。

「え、何?今、俺たち遊んでるんですけど?なんか用すか?」

目の前に現れた四人がまさか自分達に敵対するヒーローだと思わず、自然体で話しかける怪人。

「明日が作戦本番らしいのに、随分と余裕だな」

「え、なんで俺たちの作戦を知って……。あ、分かったぞ!我が組織を邪魔するヒーローってお前たちだな……ミソ」

ようやく四人が敵だと気づき、怪人らしい口調に戻った。

「取って付けたような語尾だね」

「いや、オンとオフの切り替えをしっかりしている社会人の鑑だよ、ありゃ」

「う、うるさいミソ!まさか俺たちのアジトを嗅ぎつけてくるミソなんて!明日の作戦前にとんだ誤算だミソ!」

鳥怪人と構成員達が遊具から降りて戦闘態勢に入る。紫山は戦闘が始まる前に怪人へ質問を投げかけた。

「一つ聞きたいんだが、なんで明日の祭りを邪魔したいんだ?大勢の人間を襲うという点では確かに効率が良さそうだが、わざわざ祭りの場じゃなくとも他に候補があったはずだろ?」

「ミーソッソッソッソッ!そんなの簡単だミソ!やたら難しくて覚えられない踊りなんかより、サンバの方がダンスとして優れているからだミソ!来年からは祭りで踊るダンスをサンバに変えてやるミソ!」

怪人は高らかに自身の野望を宣言した。それを聞いた紫山はあまりのバカバカしさに真面目に質問をした自分を恥じた。

「……別に系統が違うだけでサンバもステップとかは難しいと思うよ」

「きっとあれだよ。ノリでサンバを踊ってるだけで、そもそも本格的なダンスが出来ないヤツなんだよ」

桃谷と緑野のやり取りを聞いて、怪人は怒って翼を激しく動かした。

「うっせーミソ!俺様を馬鹿にするとはいい度胸だミソ!お前たち、アイツラを倒してやるミソッ!!」

怪人の呼びかけに従い、周りの構成員達が四人に襲いかかってきた。四人は構成員達の攻撃を躱しながら、変身装置を手に持った。

「とりあえず、この構成員達を四人で倒すぞ」

「「「「変身」」」」

四人が変身装置を構えて発声すると、装置から出てきた光に全身が包まれた。外見は一緒だが色の異なるスーツを身につけている四人。

「ブドウパープル」

「ベニバナイエロー」

「スイカグリーン」

「サクラピンク」

「「「「果実戦隊フレッシャーズ!!」」」」

それぞれ名乗りをあげて、最後にポーズを決める四人。怪人達はその一連の流れを黙って見届けたが、怪人がハッとして指示を出す。

「お、お前たち!何を怯んでいるミソ!?早く攻撃をするミソ!!」

四人は構成員達が動き出すよりも早く、腰のホルダーから四角形の長い棒を取り出すと、変形や分解してそれぞれが得意な武器の形にした。ブドウパープルは二刀の短剣、ベニバナイエローは銃、スイカグリーンは鞭、サクラピンクは二丁のハンドガンだ。ブドウパープルは二本の短剣で構成員達を切り刻んでいく。スイカグリーンは長い鞭を器用に操り構成員達の急所を的確に叩いていく。サクラピンクは攻撃を掻い潜りながら銃撃を繰り返し、自身を取り囲む構成員達に確実にダメージを与えていく。人数こそ多いが構成員では四人に太刀打ちできるわけがなく、どんどんとその数を減らしていった。だが、その状況を利用している者がいた。パープルがふと周囲を確認すると、戦っている四人と構成員達を尻目に怪人が一人で公園の奥にある林へ逃げようとしているのが見えた。

「しまったな。まさか味方を置いて一人で逃げ出すとは。グリーン。捕まえられるか?」

捕獲するのに向いている鞭を扱うグリーンに問いかけるが、予想した通り答えは良くなかった。

「いや、離れすぎてて無理。それにコイツラが邪魔してくるし」

「クソッ。やはり俺では全体を見て指示をすることが……」

「皆、射線上に入らないで」

声がした方を三人が見ると、イエローが逃げ出した怪人に銃口を向けて粒子をチャージしている。三人が急いで跳び退くと、イエローの銃から極太のビームが発射された。射線上の構成員達を巻き込みながら、光の束が怪人に向かって一直線に伸びていく。背後から聞こえる凄まじい音に怪人が振り返ると、視界が光の濁流に支配された。

「ギィャャアアアァァァ!!!」

高出力の光線を浴びて悲鳴をあげる怪人はその場で倒れた。イエローが怪人に向かってゆっくりと近づいていく。構成員達は先程の砲撃にも似た攻撃を放ったイエローから出来るだけ遠ざかろうと逃げていくので、三人はその逃げ道を塞いで殲滅していく。

「ガッ、ガハッ!バ、バカな……。さっきの攻撃は一体……?」

イエローは弱々しくつぶやく怪人の足を掴むと、地面に引きずりながら公園へと連れ戻す。構成員達を倒し終えた三人が駆け寄っていくが、イエローの殺気に歩みを止める。

「イ、イエローさん?何か怒ってませんこと?」

「……」

グリーンの問いかけにイエローは何も言わない。

「ク、クソッ……。お前たち何か俺の怪音波で全員おかしく……。グワァァアアァァァ!!!」

怪人が喋り終わる前にイエローが手にした銃で怪人を撃つ。

「アンタが!現れたせいで!マサ君とお祭りに!行けなくなるかもしれないし!明日の為に今日美容院に行く予定だったのが!アンタのせいでキャンセルしなきゃならなくなった!アンタのせいで!デートの準備が台無しになった!このッ!このッ!このッ!!」

「……あれ、ちょっとやばくない?」

「正義君とのデート、本当に楽しみにしてたんだね……」

「ま、まぁ、俺たちは邪魔にならないように離れておこう……」

恨みを込めながら怪人を撃つイエローを、他の三人は少し距離を取りながら見守っている。しばらくした後、度重なる銃撃によって羽が全て抜けて黒焦げの状態で身動き一つ取れない怪人を見て、イエローは爽やかに言った。

「あぁ〜スッキリした。ちょっと、皆。なんでそんなところにいるの?さっさとトドメを刺しちゃおう?」

「あ、あぁ。そうだな……。必要あるか分からないが、とりあえずトドメを刺しておくか?」

「「う、うん……」」

倒れている怪人に向かってそれぞれ必殺技を繰り出すと、鳥型の怪人は悲鳴をあげる余裕もなく爆発四散したのだった。


祭り当日。赤井はパレードが行われる商店街の入り口で黄之瀬が来るのを待っていた。昨日の夕方、紫山から連絡があって自分以外の四人で怪人を倒した事を聞いた。実際、ちょっとしたメロディーに反応して頭の中に鳴り響いていた打楽器の音が、何を聞いても鳴らなくなっていた。今回の怪人に対して役に立てなくて申し訳ないと紫山に電話で伝えたが、返ってきたのは意外な言葉だった。

「いや、お前のおかげで早期解決が出来たというか……。とりあえず、明日は黄之瀬とデートなんだろ?頼むから絶対に怒らせるんじゃないぞ?」

紫山からの電話を切ると、ちょうど黄之瀬からメッセージが届いていた。体調の心配と祭りに参加するかどうかの確認だった。紫山達四人が怪人を倒してくれたので体は全然大丈夫だ。理由は伏せて体調が治った事を伝え、予定通りにデートをすることになった。約束した時間になったのだが、まだ黄之瀬の姿は見えない。何かあったのだろうか?少し心配していると、後ろから声をかけられた。パレード用の着物に身を包んだ御茶ノ水だった。

「おーい、赤井!こっちこっち!」

「御茶ノ水君。おつかれさま。有志の人達、ここに集まってたんだ?」

「そうそう。もう少しで踊りが始まるから、出番を待ってんの。赤井は?彼女と一緒じゃねぇの?あ、もしかして振られた?」

「失礼だなぁ。ここで黄之瀬さんと待ち合わせしてて到着待ち。そろそろ来るはずなんだけど……」

いつものように御茶ノ水は大きな声で笑った。不思議と爽やかな気分になった。御茶ノ水についての噂をもう一つ思い出した。すぐに付き合って、すぐに別れる御茶ノ水だが、別れた元恋人達とは友人関係が継続しているらしい。きっと今自分が感じた爽やかさを別れた恋人達も感じたんだろうと思った。

「冗談だって。お前たちカップルの事を少しでも知ってたら、喧嘩はしても別れる事はないくらい分かってるって。いやー、でも良かったよ。昨日、変なキグルミを着た集団に襲われただろ?衝撃的だったせいか、中には調子が悪くなって音頭が踊れなくなっちまう人もいたからさ。一夜明けて、みんな元の調子を取り戻せたようでほんとに良かったわ。そう言えば、赤井も誰かを庇って襲われてなかった?」

「え?あぁ、そうだったっけ?昨日はいろんな事があったからよく思い出せないなぁ……」

赤井は誤魔化そうとしたが、御茶ノ水は逆に疑いの眼差しを向けてきた。

「なんだか怪しいな?もしかして、あの襲ってきた集団の事を知ってるとか?なんでも、あの集団って秘密結社を名乗ってるらしくて、数ヶ月前からこの街のあちこちで人を襲ってるらしいぜ?しかも、それに合わせて五人組のコスプレ集団も出没してるらしいし……」

「コ、コスプレ!?なにそれ?どんな噂?」

「いや、俺も友達とか知り合いから聞いただけなんだけど、昨日襲ってきた集団は特殊能力を持った怪人らしくて、その能力のせいで襲われるとおかしな精神状態になるから警察とかでは立ち向かうことも出来ないんだって。だけど、色違いの変身スーツを着た五人組の集団が廃墟とか山の中とか人気のない場所で怪人達と戦って倒しているから、襲われた人達も正気に戻ってるらしいよ。まぁ、ただのキグルミの集団とコスプレイヤー達が隠れて撮影会してるだけって噂も聞いた事があるから、何がほんとで何が嘘かは知らんけど」

「ヘェー、ソーナンダー。ズイブンメイワクナヒトタチダネ」

赤井は相槌を打ちながら冷や汗をかいていた。出来るだけ人目につかないような場所で怪人達と戦うようにしていたが、いつの間にか自分達の事が噂になっているとは。

「急に片言になってどうしたん?やっぱりなんか怪しいんだよなぁ……。あ、やべ。向こうで集合の号令が出てるわ。んじゃ、祭り楽しんでけよ!余裕があったら、俺の踊り見てくれよな!」

「分かったよ。頑張ってね」

御茶ノ水が向こうに走っていってしまった。自分達の噂が広まり始めている事に危機感を覚える赤井。念の為、紫山に伝えておこうとスマホで連絡を取るが、電話が繋がらない。

「赤井くん」

「うわぁっ!?」

急に背後から声をかけられ驚く赤井。スマホを足元に落としてしまったのでかがんで拾おうとすると、背後にいる人物の下駄が見えた。

「なに?声をかけただけでそんなに驚くことないじゃない」

足元から視線を上げていく。白地に淡いピンク色の花柄模様が施された浴衣を着た黄之瀬だった。結った髪には花飾りがあしらわれている。

「遅れてごめんなさい。家からタクシーで来たのだけれど、交通規制で降りる場所が遠くなってしまって。……どうしたの?」

赤井は何も言わずに黄之瀬を見ている。ジロジロ見すぎたせいか、黄之瀬は少し恥ずかしそうにしている。

「黙って見ないでよ。そんなに似合ってなかった?シンプルな浴衣を着てみたのだけれど、もっと可愛い女性が着れば似合うんでしょうけど、私じゃね……。一昨日、赤井君が言った通り、今風の浴衣を着れば良かったわ。それに髪も自分で色々試して結って見たのだけれど、昨日急用で美容院に行けなかったからあんまり見た目が良くなくて……。期待外れだったでしょ?ごめんなさいね、あんなに喜んでいたのにこんな姿で」

「い、いや……。ゴメン……。見惚れてた……」

「……え?」

「すっごく似合ってるよ!黄之瀬さんだからどんな柄でも着こなせると思っていたけど、まさかシンプルに可愛い浴衣だったなんて!普段、オシャレな服とかスタイリッシュな服を着てるからそっちの系統を着てくるのかななんて勝手に考えてたけど、僕がバカだった!可愛いタイプもめちゃくちゃ似合うんだなぁ。白地に過剰にならないほどの装飾を施されているところが黄之瀬さんの飾らない綺麗さともマッチしているし、控えめだけどしっかりとしたピンクの色使いが普段あんまり表に出さない黄之瀬さんの可愛いところを表しているみたいだ!それにそのヘアスタイル!見た目が良くないなんて言ってたけど、普段からケアをしっかりしてるから全然そんなことないよ!ふんわりとした感じが黄之瀬さんとその浴衣にもとても良く似合ってる!花飾りも派手過ぎないから全体と調和しつつ、オシャレさを醸し出している!僕の想像なんか遥かに超えてるよ!!」

せきを切ったように早口で力説をする赤井。

「そ、そう?喜んでもらえたのなら良かった」

黄之瀬は赤井の圧に若干押されながらも、満面の笑みを赤井に向けた。

「お、誰かと思ったら優じゃん。赤井君も元気?」

少し離れたところから緑野と桃谷が声をかけてきた。

「わぁ、優ちゃん。その浴衣と髪型、すごい似合ってるよ!」

「ありがとう遼治君。樹里はせっかくのお祭りなのに、いつもと同じ格好で良かったの?」

桃谷にお礼を言いながら、緑野の姿を見てつい口を出してしまった。緑野は大学に通う時のように、Tシャツにジーパンだった。

「いいの。どうせあたしには優と違って見せる人なんかいないからね。どう?赤井君?優の浴衣姿見て惚れ直した感じ?その様子だとわざわざ聞くまでもないか。良かったじゃん、優?一ヶ月近く前から準備しておいて」

「え?一ヶ月前から?でも、誘われたの一昨日とかだけど……」

黄之瀬はまずいと思って、緑野の話を遮ろうとした。

「ちょっ、樹里……」

「ありゃ、言ったらまずかった?浴衣はどれを選んだら良いかとか、どういう髪型にするか美容室に行って確かめたりとか、先月から私とか桃ちゃんにファッション誌を広げながら相談してきた事は黙ってた方が良かった?他にも、どうやってお祭り誘おうか悩んでたり、また誘えなかったって落ち込んだりしてた事も言わない方が良い?」

「じゅ、樹里ちゃん。今ので全部言っちゃったよ……」

黄之瀬の顔を見ると顔が真っ赤で少し涙目になっている。

「ゴメンゴメン。すこしからかい過ぎちゃったわ。でも、赤井君。優はそれだけ今日の事を楽しみにしてたの。だから、赤井君もお祭りを楽しんでね」

「そうだね。黄之瀬さん。今日は誘ってくれて本当にありがとう。多分、いや絶対に、今日は一生の思い出になるよ」

赤井の言葉に黄之瀬はまだ顔が赤いままだが、嬉しそうに微笑んだ。それを見て、赤井もなんだか嬉しくなってきた。

「なんかテンション上がってきちゃったなぁ。あっ!あそこで飛び入り参加出来るみたいだ。ちょっと参加してきちゃおうかな。黄之瀬さん!僕が踊るところを見といて!黄之瀬さんが僕を喜ばせてくれたように、僕も黄之瀬さんを喜ばせて見せるから!」

そう言って赤井は飛び入り参加の列へ走っていってしまった。黄之瀬は困ったように言う。

「別にそんな頑張らなくてもそばにいてくれるだけで嬉しいのに……」

「ちょっと聞きました?ドラマのヒロインみたいなセリフだったよね」

「う〜ん、今のは流石にバカップルって言われてもしょうがないかなぁ」

最近は緑野だけでなく、桃谷も黄之瀬に対して遠慮がなくなってきた。黄之瀬は腕組みをして二人を見た。

「ちょっと二人さん?私はさっきの事まだ許してないからね。準備してた事、赤井君には黙っているつもりだったのに」

「え、二人って、僕も対象になってる?」

「樹里の話を止めなかったから同罪です!」

「まぁ、桃ちゃんもちょっと笑ってたしね」

「そんなぁ〜」

三人が笑いながら話をする。道路に設置されているスピーカーから音楽が流れてきた。どうやらパレードが始まるようだ。黄之瀬は緑野と桃谷に質問をする。

「二人もここで待ち合わせしてたの?」

「うぅん。たまたま商店街の入り口で会ったんだ。お互い一人で来てたから、一緒に歩こうって話になって」

「そうそう。てっきり桃ちゃんの事だから、大学のファン達に連れられて来たのかと思ったら、まさかの一人だったからね。それじゃあ、友達同士、仲間同士で一緒に見て回った方が楽しいじゃん?まぁ、初っ端から優達に出会うとは思ってなかったけど。悪かったね。二人っきりのデートを邪魔しちゃって」

「別に良いわよ。二人のおかげで、赤井君もお祭りを楽しんでくれそうで逆に良かった。そういえば聡は?一緒じゃないの?」

正体を知らないレッドは別として、三人もメンバーが集まっているのだから紫山の事が気になった。紫山の名前を聞いて、緑野は口を尖らせた。

「紫山?いや知らん。桃ちゃんと合流したからせっかくだし誘ってやろうと思ったのに、何回かけても電話に出ないし。あの研究バカの事だから、どうせ今日も研究室にこもってるんでしょ?」

紫山への文句を言いながら、パレードが始まった道路を見る。歩道にいるたくさんの見物客に見守られながら、大通りにグループ毎に並んだ数多くの参加者が踊り歩いていた。その時、桃谷が何かに気づいたようだ。

「ん?あれ?樹里ちゃん、優ちゃん。気の所為かな?あの人、聡君にそっくりじゃない?」

桃谷が指差す方を見ると、大学の有志とは別のグループで教員や職員に混ざって、紫山が真剣そうな表情で踊りを踊っていた。

「……今年一番の衝撃かも……」

「……様になっているのが少しムカつくわ。踊りもキレがあって結構上手いし」

「そ、そうだね……。あ、そろそろ飛び入り参加のグループが来るんじゃない?正義君はどこにいるんだろう?」

「ゴメン!私ちょっと前の方で見てくる!」

黄之瀬はそう言うと見物客の間をすり抜けて、赤井の姿を探しに行った。

「ほんと、普段からあれくらい可愛げがあれば良いのに」

「まぁ、あれが優ちゃんの良さでもあるから……。そう言えば、正義君大丈夫かな?」

「大丈夫ってなにが?」

「いや、正義君の事を知ってる知り合いから気になる話を聞いたことがあって。去年の体育の授業の時にダンスがあったらしいんだけど、何かすごい独特なダンスを……」

周囲からどよめきがあがっているのに気づいた。どうしたのかと二人がパレードの方を見ると、飛び入り参加のグループの中で赤井が踊っていた。リズムに合っていないどころか、赤井のワンテンポ遅れた踊りのせいで周囲も混乱している。踊り自体もロボットのようにギクシャクしているのに、本人は自信満々なためか身振りが大きい。両隣にいる茶髪のオシャレな学生と黒髪の真面目そうな学生が赤井の腕や足にぶつからないよう避けながら踊り続けている。

「……確かに、良い意味で言えば独特だね。あれだったら、あの怪人を倒さないで無理やりサンバを踊らせた方が良かったかも」

「ほ、本人が楽しければ良いんじゃないかな?」

「いいや、楽しんでるのは本人だけじゃないよ。あれ見て」

緑野が顎で示した先では黄之瀬が声援を送りながら、赤井の事を写真で撮っていた。

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