マイ・スイート・ホーム⑵
「……それにしても綺麗な猫ね?」
「そうでしょ!? すっごく美人さんなのよ」
「名前は何て言うの?」
「え? 名前?」
しまった。名前については考えてなかった。だって猫だろうがジオン様はジオン様だから普通に『ジオン様』って呼んでた。
「名前はね、ジー…………」
結局ジオン様って言いかけたところで、今後本当に本人を紹介しようと思ったら、同じ名前じゃ変に思われるかもしれないってことに今頃気付く。
「何? まさか名前忘れちゃったの?」
「いや、違うんだけど、あの、ジーー……オ…………」
「じーお??」
間が開きすぎて待ちきれなかったのか、「ああ、ジーオちゃんって言うのね?」とお母さんが尋ねてくる。
「そう! ジーオちゃん!」
なんか誤魔化せたし、結果的に言い間違いのリスクも低そうな名前に落ち着いた。
「ジーオちゃん、可愛いでしゅねえ。おばちゃんにおいで」
触り出すと猫大好きモードが解放されたらしく、お母さんがむにゅむにゅとジオン様の体をこねくり回す。
ジオン様が前足で抵抗しつつフガフガと息を吐いている。
(いや、俺は、ジオン・クロードだぞ!)
「わかってますけど、ジーオちゃんでお願いしますよ」
ジオン様の顔をがっつりと手で包み込んだままお母さんが動きを止める。
しまった。ジオン様の猫語に反応して、つい返事してしまった。
「……何いまの? まさか猫と話してるの?」
「あーのー、なんていうかその、ジーオちゃんがそう言ってる雰囲気がしたからさ、ハハハ」
声を上ずらせたままのわたしの弁明に「まあいいんだけどね。獣医めざしてるならそれくらいの気概(?)が必要よね」と、まるで自分に言い聞かせるようにお母さんが呟いた。
「ジーオちゃん預かってもいいでしょ?」
「仕方が無いわね、いいわよ」
(母上。それではよろしくお願いする)
ジオン様が高音でにゃあんと鳴く。
「この子、ほんとに話してるみたいね」
なんとか母という第一関門を突破して、猫ジオン様も緋岡家に入る事ができた。
半年ぶりの我が家だ。
夕ご飯の準備中だったらしくて、リビングに入るとお出汁のいい匂いがしていた。これぞ日本とも言える醤油の香りがもうたまらない。あっちの世界はお肉中心で、こっちで言うとことの洋食っぽい料理が中心だったから生唾が湧いてくる。
「お母さん、今日のご飯ってなんなの?」
「ちょっとバタバタしててねえ。今日はおうどん。暑かったらめんつゆもあるから冷やしうどんにしてもいいよ?」
「うーーめんつゆも捨てがたいけどなあ、お出汁で! それとも両方いこうかな? 楽しみ」
久々の日本食に思わずガッツポーズをとってしまう。
「やだ、どうしたのよ? いつもならうどんなんて嫌だの、手抜きだの言うくせに」
「そうだっけ?」
自覚は無いけど、確かにそんな事を言ってたかもしれない。
突然母の手料理を食べられなくなる日が来ることを、まざまざと思い知ったわけで、そのありがたみが痛感できたのだ。
「まあいろいろ言ってごめんね。ご飯普通に作ってもらって一緒に食べられるだけでありがたいのに」
「何かあったの? 具合悪いんじゃ無いの?」
感謝しただけなのに、体調不良を疑われてしまった。
「心からありがとうって言いたくなっただけだし」
「それならいいんだけどねえ。変な子ね」
お母さんは奇妙なモノにでも遭遇したみたいに眉間にシワを寄せた。
全く失礼な……。娘のことなんだと思ってるんだろ。
「まあ、とりあえずナツキが帰ってくる前にシャワー浴びちゃいなさいよ」
「そうだね。じゃあジーオちゃんはわたしのお部屋に連れて行こ」
「えー! ジーオちゃんはここに居たらいいじゃ無いのよお」
「ダメダメ! お母さんさっきみたいにジーオちゃんのこと撫で回しすぎるから。嫌がってるのに」
「今度は気をつけるってばあ」
そう言われたって、ジオン様から目を離すんだから、お母さんと二人だけにするわけにはいかない。




