帰還⑶
一番在庫が充実してそうな本屋は駅ビルの中のお店だ。ここからなら5分くらい歩けばすぐに着く。
だけどわたしはすれ違う人すれ違う人から次々に、訝しむような視線を浴びて、いたたまれなくなっていた。
ジオン様がこの環境で浮いている。
地味なシャツに綿パンツでってお願いして、長めの黒髪も一つにまとめてもらい、一般人として溶け込むような若者っぽい恰好をしてもらったつもりなのに。
だいたいこの人自身が目立ちすぎるのだ。
レイヴン王国の街中を歩いていてもそこまで感じなかったのに、こっちに戻ったら……それこそ日本人の中にいたんじゃ、ジオン様のイケメン具合が突出している。
そんなスーパーモデル級の男の手を引いて歩く制服姿のちんちくりんな女子高生って、不可解すぎて仕方が無いのか。
うーん……。
「あれ? 緋岡?」
半年ぶりの苗字呼びに反応が遅れてしまったけれど、慌ててジオン様の手を離す。そこにいたのは同じクラスの越智くんだ。
この帰還は短時間予定だから誰にも会えないと思ってたのに、まさかこんなとこでクラスメイトに再会できるなんて感動ものだ。
越智くん全然変わってないなあ……。
「うわぁ、久しぶりね」
「いや、さっきまで学校にいたじゃん」
「え!? 学校? あ、そっか。だよね」
時間のギャップがあるのはわたしだけだから、『久しぶり』とかNGワードだった。
確かこの時間は下校中なんだよね。なかなか頭が追っ付いていかない。
「お前そっちに向かって歩いてるってことは、今日塾行かねえの?」
「今日って塾の日!? すっかり忘れてたよ」
「いや、後で塾でな~って校門のとこでバイバイしたよな?」
そうだっけ?
全く記憶にない。
なんせわたしにとっては半年以上前の出来事だから、話せば話すほど言動が怪しい人になっていく。
「……そう言ったけど、急用できたから塾は休むね。ははは」
笑って誤魔化そうとしたんだけど、越智くんは眉をひそませる。
「なんか緋岡変だぞ? 一人で大丈夫か?」
これ以上は墓穴を掘るだけだ。早々に会話を切り上げこの場を去ろう。
「大丈夫だよ。一人じゃなくて連れもいるから。ただの知り合いなんだけどね! こんな見た目だけど、普通の人で今家にホームステイでこっちに来てる人なのよ」
この設定だけは決めていたから割とスラスラと口から出る。
「え? なに? 誰のこと?」
「誰って……」
横を見るとジオン様がいない!
ほんの一瞬手を離しただけなのに、あの魔王迷子になってる!
ジオン様の迷子は想定の範疇だったけど、それでも逆召喚からわずか数分でこれはない。アルベルトさんに注意されてたのに、いきなり想定を越えてくるなんて。
「ここに一緒にいたでしょ!? ほら、背が高くてめっちゃ男前でそこらの芸能人よりも綺麗な顔にカリスマ性ハンパ無い人が!」
「そんなヤツ俺には見えなかったけど……?」
越智くんの眉間の皺がより一層深くなっている。
これは幻覚でも見てると思われているに違いない。
「とりあえずわたし急ぐから! あ、明日ね!」
「おい、緋岡……!」
越智くんをなんとか煙に巻いて、走り出したはいいけど、ちょうど交差点のとこだったからジオン様がどっちの方向に行ったかわからない。
待って、待って。落ち着けわたし。
ジオン様が魔法を使えたということは、こっちに持ってきては無いけど、わたしもシュプちゃんさえあればたぶん魔法が使える。ってことはそれに匹敵する能力は使えるはずだ。
人通りを避けてビルの隅に寄り足を止めた。
自分を落ち着かせるために呼吸を整える。
目を閉じて、ジオン様の気配は強烈だから、絶対に感じとれるはず。
「……いた! 駅の方だ」
急いで走り出すと、人混みの中で頭一個ぶんひょろっと突き出たジオン様の後ろ姿がある。
「ジオン様!!」
わたしの大声に一瞬周囲の人が顔を向け、すぐに視線を逸らす。
「おお、ハル。はぐれたかと思ったぞ」
「はぐれたんですよ!」
こっちは必死だったのに涼しい顔しちゃって!
マイペースなジオン様に少々苛立ったものの、トラブルなくすぐに見つけられた事にほっとした。
(ジオン様だって)
ふと耳に入ったのはそんな言葉だった。
近くにいた女子高生のグループがクスクスと笑っている。
顔がカーッと熱くなる。
自分の世界のはずなのに、さっきからカルチャーショックが止まらない。
うちのお母さんはお気に入りのイケメン俳優をレイ様なんて呼んでるけど、よく考えたら、『様』付けでリアルに知人の名前を呼ぶ機会なんて日本じゃそうそう無い。
「……ジオン様、日本にいる間は『様』づけは止めてもいいですか? 目立つので」
「それは俺も思っていた」
ジオン様がわたしの両手を持ち、引き寄せると艶っぽい表情をする。
「恋人なのだからジオンでよい」
ジオン!?
呼び捨てなんて考えてもみなかったけど、なんだか恥ずかしい。
「ジ……ジ……ジ……」
期待に胸膨らませた顔をしてジオン様が顔を近づけてくる。
これは無理だ!
「ジオンさんで!」
拍子抜けしたみたいな表情で「つまらぬ」とジオン様が呟いた。
「まあ、良い。後の楽しみに取っておこう」
再び手をつないで歩き出すジオン様に、心臓が持って行かれたみたいで鼓動が止まらない。
「それでどこへ行くのだ?」
「ちょうどこっちの方に本屋さんがあるんです。そこまで行きましょう」




