雲の壁⑷
今度は火炎魔法を放った後にシュプリンガーで縦横無尽の風を起こして叩きつける。氷の化け物と言われるくらいだから火炎魔法が苦手らしい。
獅子はそれらを避けながら口から吹雪みたいな氷の息を吐き出す。なんとか風魔法でそれを跳ね返すと背後の巨木がたちまち凍りついた。
その間に獅子が猛然とメリッサさんへと襲いかかる。
「メリッサさん!!」
無事だった左足に力を込め一気に間合いを詰めると、繰り出した斬撃がなんとか獅子の背後をとらえた。
ギャンッ!!
浅い一太刀では獅子を仕留められなかった。再び距離をとられ、持久戦の構えだ。
誰かを守りながら1人で戦う事は初めてで、その難しさとプレッシャーに冷や汗が出る。
わたしが失敗すれば、それはたちまち彼女の死を意味する。
オロオロとしてこちらを見ているメリッサさんの方へと、そのまま剣先を向けた。
「動かないで!!」
わたしの怒声に彼女がびくりと身を震わせる。
シュプリンガーで呼び寄せた雷雲がもくもくと彼女の周りを包囲し、黒い雲の中で光が明滅する。
「結界の代わりです! そいつが襲ってきても必ず雷が迎撃してくれますから」
本当は氷の壁でも作って物理的にも彼女を囲みたかった。けれど、『氷瀑』の名のつく魔物が、どれほどの氷結呪文を使うか未知数だ。下手をすれば氷の壁なんて吸収されてしまうかもしれない。
火炎魔法もそれなりに使えるけれど、人を囲んで調整できるほど修練していない。
それなら一番得意な雷の魔法で彼女を包んだ方が、奴を防げる。
しとしとと細い雨が降り、森は白く霞んでいく。
怪我を負いながらも獅子は体勢を整えじっと隙を伺っている。やはり逃げる気は無いようで、巨体がわたしを警戒しつつメリッサさんの方へと忍び寄る。
足に感覚が無くてもう上手く動けそうにない。血を流しすぎたのか指先も震えている。
地面へとシュプリンガーを突き立て体重をかけると、わたしが戦意を喪失したと判断したのだろう。獅子は完全に狙いをメリッサさんへと定める。
獅子が跳躍し、太い前脚がメリッサさんに向かって大きく振りかぶる。
「ヒッ!」
メリッサさんが声を漏らした時、彼女を囲っていた雲から鋭い電撃が獅子を貫いた。背中から地面へと落ちていく。
動きの止まった獅子に向かって、溜めていた魔法力を一気に放出した。
【最大雷魔法】
シュプリンガーを介して、メリッサさんを囲んでいた雲と上空に呼び寄せた雲、そして刀身と三方向から凄まじい轟音を伴った稲妻が獅子へと向かって迸った。
「グギャアアアア!!」
獅子の断末魔にもわたしは魔法を緩めない。
これだけ力のある魔物は簡単には死なない。
首だけになっても反撃してくるほど生命力が強いからだ。
地面からシュプリンガーを引き抜くと、感電し黒焦げになった巨体にむかって暫撃を加える。
獅子は真っ二つの黒焦げの塊になった。
「……ハル?」
息を止めるほど集中していたみたいで、メリッサさんの声にようやくほっと息を吐く。
彼女の周りを囲っていた雷雲を解除するとメリッサさんがわたしの所へと駆け寄ってきた。
「傷を見せて」
「このくらい平気ですよ」
「何を言ってるの! 平気なわけないでしょ!?」
そう怒鳴られて足に目をやると、革のブーツは真っ赤に変色していて、スカートで作った簡易の包帯はすでに意味を成さなくなっている。
うわ、確かにこれはやばそう。
「座って。私少しなら治癒魔法が使えるのよ」
右足を放り出して腰掛けるとメリッサさんの手が添えられた。
淡い緑色の光が溢れ、温もりを感じる。
「……どうしよう。私の魔法じゃ追いつかないわ。ハルは治癒魔法は使えないの?」
「そっち系は全然ダメで」
傷口は思ったよりも深く、血が止まらない。
やりたくないけど、これはもうしょうがない。
わたしはふーっと細く息を吐いて覚悟を決める。
シュプリンガーの刀身に火炎魔法を出現させた。
「何をする気?」
「傷口を焼きます」
メリッサさんの表情がひきつる。
「そ、そんなの、火傷するわよ?」
「このままじゃ出血多量になっちゃうんで。傷が塞がったらまた治癒魔法かけてくれますか?」
「いいわよ」
剣に点った火炎を消すと、焼けた剣を太股の裏側に当てようと体を捻る。
だけど首を回しても上手く傷口が見えなくて剣を当てられない。
「貸して」
シュプリンガーを強引に奪われぎょっとした。
「メリッサさん! あの、また風邪ひいちゃいますよ!?」
「そんなもの大した事ないわ! 私がちゃんと傷口を塞ぐから」
ジュッと皮膚が焼けて痛みに目をつむる。
メリッサさんは自分にとって害になるはずの剣を両手で一生懸命握って、止血をしてくれる。
「できたわよ……クシュン! クシュッ!」
せっかく治ったところなのに、メリッサさんがまたくしゃみを連発する。
「ありがとうございます」
「ほら、火傷のとこに魔法をかけるわ」
そっと手を添えてくれた彼女の治癒魔法は今度は少しひんやりとしていて、痛みが少しずつ和らいでいく。
「私の方こそありがとう」
彼女がぼそりと呟いた。
「メリッサさん……」
「ほんとあなたって……あんなに酷いことを言った私のことを守るなんて、お人好しの大馬鹿者ね」
くすりと、今度わたし達はしっかりと目を合わせて微笑みあった。




