メリッサ⑴
こんなにどん引いた事はいまだかつてない────ってくらいにわたしは引いていた。
ジオン様に婚約者……?
ユリアさんの話によると、奥さんやそういう特定の恋人はいなそうだったのに、まさかの婚約者。
信じられない。
一体どういうこと?
考えていると頭がクラクラとしてくる。
意味がわからない。
ジオン様は婚約者がいるにも関わらず、わたしを抱きしめるは、ほっぺにキスするは、さっきは唇にキスしようとしたってわけ!?
女の敵……。
婚約者と名乗ったメリッサ嬢を伴って、わたしはジオン様の執務室へと向かう。
気配察知の感度が上がってきているのか、このお城の中くらいならジオン様の居場所が手に取るようにわかっていた。
握っていた聖剣がまるで眠りから目覚めたように、脈打ち煮えたぎっているのがわかる。
魔王討伐さながらの闘気をまとい、わたしは魔王ジオンの居る部屋を目指す。
ノックをすると扉を開けてくれたのは、こんな時に限ってアルベルトさんじゃなく、当のジオン様本人だった。
わたしの顔を見るやはちきれんばかりの笑顔を浮かべる。
今からその顔が凍り付くことも知らずに。
「ハルから俺に会いに来てくれたのは初めてだな。中で待っていろ、もう少しすれば──」
「いいえ。ご婚約者様をお連れ致しました」
わたしはお辞儀をし、この城に仕える侍女のように丁寧に伝える。
「こんやくしゃ?」
メリッサ嬢がわたしを押し退け、きゅっとジオン様の首に手を回し抱き付いた。
美男美女の熱い抱擁。
覚悟はしていたものの、その光景はわたしの想像以上で思いっきり心を抉る。
「ジオン! お久しぶりね」
「…………メリッサか?」
「お側を離れたことお許し下さいませね」
2人は互いをジッと見つめて、彼女がジオン様の胸元に顔を埋めた。
もう耐えられん。
二人はやっぱり婚約者同士だった。
本当は違うんじゃ無いかって、もしかしたらって、少しだけ期待していたのに。
「ハル! ちょっと待────」
ジオン様の言葉を締め出すようにバタンッと力任せに扉を閉める。
そこからのわたしは速かった。
猛ダッシュして廊下を進み、階段なんて一気に踊り場から階下へと飛び降りる。部屋に戻るとプレゼントされたドレスは脱ぎ捨ててシャツとパンツにとっとと着替えた。それから荷造りを始める。
最低最悪。
考えたくないのに、袋に荷物を詰め込みながらも今までの思い出が蘇ってくる。
一緒に逢魔ヶ森も越えたし、お祭りにも行った。ジオン様はわざわざ猫の姿になってくれて、一緒にベッドで眠ったし、せっかく波動だって出なくなったのに。
なのに!
────俺の生涯に必要なのはハルだけだ。
宝物みたいに胸の内にしまっていた言葉を思い出すと、不意に涙がこみ上げてくる。
婚約者がいるのによくもあんなセリフを吐いて! しかもそれを間に受けて感動したわたしは馬鹿丸出しだ。
慌てて目元を腕で拭うと、荷造りに集中する。
ぜーーっったいに泣くもんかっ!!
だいたいジオン様の思考回路なんて見当がつくはずない。
最初から最後までわからないことばっかだった。
そりゃ、ここは異世界で日本とは違う。
更には『魔王』だなんて、一般庶民と感覚なんて全然違うに決まってる。
こんな平凡な人間を、本気で相手にするはずが無いんだ。
そもそもあんな男性に妻とか婚約者とか恋人がいないわけがないのに、どうかしてた。
魔族の王様なんだから、このお城の中にハーレムがあったっておかしくない。
そう考えたら気分が悪くなってきた。
恋愛偏差値が低すぎて、世間知らずな自分が嫌になる。
感覚が鋭敏になっているみたいで、ジオン様の動きがアラームみたいにピピピピと察知できた。
執務室から出ようとしているみたいだ。
きっとここへ来る!
鞄を置いて立ち上がると、ごしごしと顔を擦って頬を両手でパンと叩いた。
どうにか気持ちを落ち着けて対処しなくちゃ。
目をつむり、勇者の波動の引き起こされる、あの感覚を呼び起こす。
波動を止めることができたんだから、自分の意思で出すこともできるはず。
ぴりぴりと空気の振動を感じる。
部屋中を防護波動が包み込んだ。
「すごい。やればできる」
それからシュプリンガーを手に部屋の入り口へと進む。そして鞘から剣を抜くと、入り口近くの床に突き立てた。
部屋中を満たす波動に加え、聖剣からは聖なるオーラが漂い始める。
魔族には多少効くだろうから、これでジオン様の転移魔法くらい防げるといいのだけれど。
「シュプリンガー」
氷の魔法をイメージする。
剣から魔法が発動され、廊下側の壁一面が凍りついた。
『結界』なんて高等な魔法はできないけれど、いくつかの方法を応用してマネごとくらいならできる。
もうジオン様の顔も見たくない。




