勇者の波動⑶
神殿に横付けするようにボートが停まり、ジオン様が手を貸そうとしてくれた。だけど今度はそのまま握り拳を作って手を下ろす。
「お先です」
そんなジオン様の横をすり抜けてボートから一人で下りた。
神殿では既に魔法陣の書き換えの作業が終わっていた。
魔法文字の読めないわたしには、見学したところでわかんないだろうと思っていたけど、それはとてもわかりやすい形に変わっていた。
めっちゃ小さい!
わたしがレイヴン王国に召喚された時には魔法陣は巨大なもので、この神殿の床めいっぱいに文字が羅列していた。
だけど今は2~3メートルくらいの円になっていて、本当にこれで日本へ帰れるのかとちょっと不安になる。
「ちっさいですけどこれで帰れるんですよね?」
「魔法陣は大きさでは無いからな。人間の仕様はよくわからんが、あれは無駄が多かった。ハルを送り返した時点であれでは使い物にならん。これならば何度でもお前を召喚させる事ができる」
何度でも!?
────なんて思ったけれど、少なくとも来年のレイヴン王国の収穫祭は決定事項だから、魔法陣も強力なものじゃないとだめなんだろうなあ。
無駄がそぎ落とされて、それでこんなサイズの魔法陣になったんだ。
「波動が出ないようにするなら、わたしはジオン様に触れられないようにして逆召喚魔法をかけてもらうんですよね?」
「試すか」
「試さなくてもジオン様腕長いから大丈夫ですよ、きっと」
「いいや、念のためだ」
ジオン様がお構いなく距離を詰めてくる。
これはヤバイ。ドキドキしてきた。
触られるわけじゃないからたぶん大丈夫だよね?
目の前に立たれるとどんどんと体が強張る。
見てるから緊張しちゃうんだ!
わたしはぎゅっと目を閉じて縮こまるように腕で体を抱え込んだ。
ものすごい間近にジオン様の気配がして、腕を回されてるんだろうとわかる。
でもなんとか大丈夫。
だからこのままで……。
「おお、これなら平気だな」
ジオン様の声が頭の上から降ってきて心臓がドクンと鳴る。
────パアンッ!!
触れてもいないのに波動が飛び出した。
目を開くとジオン様は少し離れた場所に立っていて、アゴから煙が上がっている。
たぶんアッパーをかましたみたいに、波動が下からアゴにヒットしたんだ。痛そう。
「あの、ジオン様……?」
「これでは逆召喚魔法が使えぬ」
「じゃあジオン様が逆召喚するのはあきらめて────」
「あきらめぬ!」
被せるようにしてジオン様が言い放つ。
じゃあ一体全体どうする気なんだろ?
ひと通り見学を済ませたものの、ジオン様は無言のままでボートに乗り込む。
ずーんと暗くて、心ここにあらずといった様子だ。
沈黙が居心地悪くて水面を眺めた。エメラルドグリーンの池の水は、深い所だと白い濁りがあって底までは見えない。
水に手をつけると、進行方向からすーっと波が立つ。
日本に帰る方法は少ない。
魔法陣を元に戻してレイヴン王国の召喚士にお願いするか、この魔法陣が使える魔族、例えばアルベルトさんに逆召喚魔法を使ってもらうしかない。その場合波動は出ないだろうけど、魔法自体をわたしが跳ね返さない事が前提になる。それだって無意識下の防御行為なので、今のわたしじゃそれを止める術が無い。
わたし、ちゃんと日本に戻れるのかなぁ?
「そういえば今日は主がいないな」
ようやくジオン様が口を開いたので振り返る。
「主?」
「ああ、この池には主が棲んでいるんだ」
「大きな魚とかですか?」
「首長竜だ」
く、…………首長竜!?
事も無げにジオン様は言ったけれど、わたしはサッと水の中に浸けていた手を上にあげた。
「首長竜ってあの首長竜がこの池にいるんですか?」
「ハルの言う首長竜がどんなものを指すのかは知らんが、普通の首長竜だ」
普通の首長竜って何なのよ?
なんて心の中でつっこみを入れつつも、一旦記憶をたぐりよせるために、眉間を押さえて目をつむる。
普通の首長竜って図鑑とかに載ってる恐竜みたいなあれのことよね?
普通の事じゃないけど、普通はあれだよね?
昔映画で見た首長竜は小さくて可愛かったけど……そういえば肉食だっけ? 草食だっけ?




