最後の戦い⑴
わたしは剣先をその扉に突き立てる。
まるでそれが初めから鍵だったように、巨大な仕掛け扉が音を立てる。
彫刻が何層にも施され、炎の中にたたずむ二頭のドラゴンが歯車に導かれて羽根を動かすとドアが軋む。
後ろに立つ誰かが生唾を飲みこんだ。
ゴゴゴとうなり声を上げて、扉が開く。
いよいよ、最後の戦いが始まる。
わたしは魔王を倒し、日本へ帰るんだ。
*
扉の向こう側には巨大な石柱が何本も建つ広い空間があった。
天窓からは、時折紫色の雷光が明かりのように差し込む。
正面の壇上には赤い巨岩をえぐって作られた玉座があるが、そこに魔王の姿は無い。
わたしたちは周囲を警戒しながら奥へと進んだ。
『誰かいるわ』
エルザさんのささやき声で気配を察知できた。
左側の回廊に目をやる。
そこにいたのは、おどろおどろしい姿をしたモンスターではなく、若い男だった。
緩やかにカールした茶色い髪を後ろで一つに束ね、キャメルのジャケットにネクタイ、丸い眼鏡をかけている。
この人が魔王?
魔王というのは魔族の王で、人間ではない。
魔法を自在に操り、生命力が強く、魔物達を従えて人間の世界を脅かす。
こんな場所にいるのだから人間では無くて魔族なんだろう。
だけど、男からは至って普通の人間の気配しかしない。
レベルの高い存在は自分のパワーを隠すのも上手いらしいからやはり魔王なのだろうか。
注意深く観察していると、わたしと目が合った男が首をかしげて、にこりと微笑んだ。
「いらっしゃいませ。ようこそ魔王城へ。え~っと……3名様ですね?」
ここは世界の果て。
人外と人間の境界線に広がる魔物達が支配する大密林。その最奥に建つ魔王の居城・ヘルシャフト。
なのにこの場にそぐわないあまりに軽々しい声と言葉に、一瞬本気で自分の家の近所にあるファミレスに入ったような既視感を覚えた。
『ハル』
そんな様子に気づいたカール様が、敵の男から目を離さずにわたしの名前を囁いた。
油断大敵、油断大敵。
ぎゅっと手の中にある聖剣の柄を握りしめ構える。
「今回は結構早かったですねえ。レイヴン王国の首都を出てから3ヶ月ほどですか? って……最速記録じゃないかなぁ?」
男はわたしたちが旅立った期間を正確に言い当てた。その事実がどういう意味かと考えると背筋が寒くなる。
ずっと見張られていた?
話ながら近寄ってくる男に「止まれ!」とカール様が威圧する。
「お前が魔王か!?」
覇気のある彼の声が広間に響き渡ると、男はふっと息を吐き、不敵な笑みを浮かべた。
「そもそも魔王様が、こんなにわかりやすい場所にいらっしゃるとお思いですか?」
罠────!?
男の言葉に仲間達から、最大限の警戒心が吹き出す。
「魔王はどこ?」
声が震えてしまわないように、お腹に力を入れて尋ねた。
男は、おや? と言わんばかりにおおげさに体を横にずらし、カール様の影に重なるようになっていたわたしをのぞき見た。
「そこの若者が勇者かと思ってましたけど、これはビックリ。お嬢さんが勇者ですね?」
「そうよ。わたしが勇者、ハル・ヒオカよ。魔王はどこ!?」
「おー」
男は感嘆したようにパチパチパと拍手する。
「ふざけるな!!」
カール様が珍しく声を荒らげた。
「決してふざけたつもりは無かったのですよ? 若い女の子が勇者のパーティーにいる事自体、珍しい事では無いんですけどねぇ。まさか勇者自身がこんなにかわいらしいお嬢さんだとは」
何の警戒心も無く大股で近づいてくる男が、これ以上距離をつめて来ないように、わたしは切っ先を向け狙いを定める。
さすがに困惑したようで足を止めた。
「これは失礼。自己紹介がまだでしたね。私は魔王ジオン・クロード様の従者でアルベルトと申します。どうぞお見知りおきを」
魔王の従者は朗らかに、且つ爽やかに微笑んで話を続ける。
「いやあ、こちらの男前の若者が勇者だなんて、まるで古くさい王道の物語みたいで面白く無いなあと思ってたんですよ。
まあ……だからと言って、この前の勇者は脂の乗りきったおじさんだったから、ジオン様も居室から一歩たりとも出て来やしないし。こんなお嬢さんなら部屋から出てくるかも知れませんね」