爪切りデスマッチ!
「んぎゃー!」
怒っている時も狂乱竜の鳴き声はそれなんだ。
――目を真っ赤にして全力で突撃してくる~!
「ひえ~!」
思わず四天王らしからぬ悲鳴を上げてしまったのが恥ずかしい。いや、恥ずかしがってはいられない。なんとか猛突進から飛び退き逃れる。
「グルグルグルグル……」
目を血走らせてドシン、ドシンとゆっくり迫ってくる。
「よーしよしよし、どうした、痛くなかっただろ。爪しか切っていないのだから、なっ、なっ」
爪の神経が何処まで通っているのかは……よく知らないが、とりあえず血は出ていない。腹が減っている……わけでもなさそうだな。やれやれ。
「んぎゃー!」
「ひえ~!」
目を真っ赤にして暴れ狂う狂乱竜。その姿はまさにクレージー!
「ドラゴンを怒らせる方がよほどのクレージーぞよ」
やかましいぞよ! 2階の窓から手を振るでない!
「魔王様、高みの見物していないで少しは手伝って下さいよ!」
「よしきた。魔王バリアー!」
魔王様はバリアーで……魔王城をガードした。
「いやいや、私はどうなるのですか!」
これじゃ逆に城に入れないじゃないですか! 触るとビリっと痺れる魔王様のバリアーに苛立ちを感じる――! 一般人なら触るだけで死ぬような鉄壁のバリアーだ!
「これで魔王城は安心だ。思う存分戦うのだデュラハンよ」
「それを聞いてホッとしました」
魔王城は耐震強度に問題があるのだ。クレージードラゴ―ンが体当たりすればひとたまりもなく木端微塵になるだろう。それなのに歴史的建造物でないのが腹立たしい……。
「――ってえ! そんなことよりも魔王様、眠る魔法をおかけください!」
狂乱竜は魔法に滅法弱いのです!
「――早く!」
「無駄だぞよ。これほど怒り狂っていれば、なんの魔法も受け付けない」
「そんなあ……」
怒りに我を忘れているってやつか……冷や汗が出る。目も真っ赤だ。
「んぎゃー!」
「ぐぉっ!」
もろに体当たりをくらうと目が霞み、さすがにヤバさを感じた。首から上は無いのに。
さらに狂乱竜はスーっと大きく息を吸って、少し飛び立つ……。
「ゲロゲロゲロゲロー!」
いいやああああああ!
「あっちい――!」
狂乱竜は口から火ではなくドロドロの真っ赤な溶岩を吐き出すのだ。……超高温でさらには酸っぱ臭い――!
溶岩ゲロがあたり一面に飛び散り……地面を瞬時に火の海へと変える。
魔王様のバリアーが無ければ……今頃、魔王城は大炎上だ。今年の消防訓練はまだ何もやっていない。消火、避難、通報……。訓練の手順書もまだ見直していない……。去年のをコピペで……。
――駄目だ、意識がもうろうとしてきた――。頭を振って気を確かめる……いや、頭は無いはずだ。
「こうなったら、すべての爪を切り落とすしか……生き延びる道はない――!」
「それは私のセリフです! 魔王様が言わないで!」
遠回しにすべての爪を切れとおっしゃる魔王様が……鬼だ。悪魔だ、魔王様だ。
すべての爪って……足の爪もか! まともなバトルシーンが身内同士の戦いだなんて……シクシク。
爪切りぐらいで怒り狂いやがって――あほ!
数時間にも及ぶ激戦の末、ようやくすべての爪を切り落とした。
散々噛まれたり引っ掛かれたり溶岩で埋められそうになったが、何とか最後までやり遂げた……。おかげで鎧がボコボコだ。やわ噛みではなく本気噛みだった……。まさにクレージードラゴ―ンだ。
「ハア、ハア、ハア、ハア。なんとかすべての爪を切り落としました」
「でかした、さすがデュラハンぞよ。爪切り代が浮いたぞよ」
騙された。やっぱりドラゴンの爪切りを専門でやってくれる店があるのではないかっ! 男の子達のペットショップが!
「……おいくらでございましょうか」
「シャンプー代とセットで3000円」
「……」
3000円も浮くのなら……致し方ないか。
じゃれ遊んで疲れたペットのように狂乱竜は眠っている。寝ているというよりは半ば気絶している。何度かは白金の剣で頭をぶん殴った。たんこぶが数個出来ている。ドラゴン愛護団体から苦情が出そうで怖い。
「たぶん、深爪にされたから怒っておるのだぞよ」
「……」
狂乱竜の切った爪は……わずかに臭かった。
「深爪だけに、怒りも根が深いぞよ」
「……」
水道の蛇口で体を冷やすとジュ―っと湯気が立ち上った。金属製鎧がよく溶けずにすんだものだ……。冷や汗のお陰だ。
「デュラハンよ。卿には分かるまいが、爪は体の一部なのだ。それを自分の思い通りにできぬとあっては、怒りや悲しみがつきまとうのだ」
体の一部……。怒りや悲しみ……。
「深爪したいものは深爪でよいではないか。伸ばしたければそれもよし。それは個性なのだ。深爪の魔王がいたとしても誰も迷惑は被るまい」
「御意」
一番私が迷惑を被った……とは言えない。
「個性を尊重して伸ばすことこそが強い魔王軍を作り上げる秘訣なのだ。恐怖により支配統制する時代は終わったのだ」
だったら……パワハラの時代も終わって欲しいぞ――!
「であれば、清潔検査はどうなるのでございましょうか」
魔小学生は皆、爪を伸ばし放題でハンカチも持たずに登校することでしょう。清潔が保てません!
「あれは続くであろう。なんせ、小さい頃のしつけが大切なのだから」
――どっちだ!
「どっちもだ! どっちかで片付けるのではなく、どちらもを尊重し合うことこそが大切なのだ。爪は長くても短くても駄目なのではなく、どちらにも長所と短所があるところを分かち合うことこそが大切なのだ。爪だけに」
「爪だけに……長所と短所がある……ですと」
冷や汗が出る……長いんだか短いんだか……。
「微妙でございます。それじゃあ、クレージードラゴ―ンの爪を無理に切る必要はなくて?」
「うん」
うんって酷いぞ――!
さらにはシャンプーと爪切りのセットで3000円ってことは……爪切りだけならもっと安いってことではないか――!
「ハッハッハ、よいではないか楽しかったのだから」
「……ぜんぜん笑えません」
魔王様は楽しかったのかもしれませんが、私はぜんぜん楽しくありませんでした。――死ぬかと思いました!
魔王様、深爪は……もう、勝手にしてください。フンッ!
最後まで読んでいただきありがとうございました!!
ブクマ、感想、お星様ポチっと、などよろしくお願いしま~す!
面白かったら爪を切りましょう(笑)! パチンパチンパチン!?
また次の作品でお会いしましょう!