狂乱竜クレージードラゴ―ンの爪切り?
酔っ払っているサッキュバスは走ってまで追い掛けてはこなかった。
「はあ、はあ、助かった」
汗が廊下へと落ちる。魔王様も肩で息をされている。
「予の爪が指ごと食われるかと思ったぞよ」
怖いぞその発言は。深爪だから……根こそぎくわえられそうになっていたのは事実だが……。
「爪の大切さに気付いて頂けましたか」
「いいや。大切さには気付いておるが、深爪でよいのだ」
小癪な……。
「魔族にとって爪は武器になるだけではなく、生きていくうえで必要不可欠なのです。熊やアリクイの爪なんかも生きるため必要不可欠でしょ」
「熊やアリクイとな? アリクイって魔族なの」
……動物でございます。熊も動物でございます。くまもんは……どちらか賛否が分かれます。
「深爪の熊やアリクイがいれば……たちまち絶滅してしまうでしょう」
「絶滅とな――!」
アリクイは爪でアリの巣をホジホジほじくり長い舌でアリを食べるのです。熊は……爪でドングリやクルミや銀杏をチンして剥いて食べるのに爪を使います。銀杏の渋皮を向くのは深爪では困難です。
「深爪の魔王様と同じでございます」
「予は……銀杏はそれほど好きではない。落ちとると臭い」
まあね。秋のイチョウ並木は綺麗だが……銀杏が落ちていると臭い。踏むと靴も臭くなる。しばらく臭いが取れない。冷や汗が出る。私は全身鎧だから靴はいらない。穿いたこともない。
「では、茶碗蒸しには百合根派ですか」
「いや、どっちもいらん。なくてもいい」
それな……。
あれば嬉しい。ないと淋しい。でも……なくてもいい。――長芋でいい。
「つまり、卿は遠回しに深爪が種の絶滅を招くと言いたいのか」
「さようでございます。物凄く遠回しの単刀直入に言うと、深爪はやめて」
タイトル通りでございます。
魔王様は切り過ぎて深爪になった手を見つめ、一つため息をついた。
「……動物でたとえるのなら、イヌワシの爪はなくてはならない……武器ぞよ」
「さようでございます。生きるための武器で御座います」
もうひと越えだ――。ゴールは近い! 文字数は少ない!
「鷹の爪もぞよ」
「大差はありませぬ。鷲も鷹も獲物を獲るために立派な爪やクチバシを持っているのです」
それは生き抜くための武器……シンボルにございます――!
「辛いぞよ」
「へえーそうなのですか」
「……」
魔王様の視線の先は、魔王城の内側にある中庭へと向けられていた。
中庭では今日も狂乱竜クレージードラゴ―ンが昼寝をしている。噂では……ドラゴンの王らしいが……噂と真実を混同してはならない。
目を閉じたまま器用に後ろ足の爪で顎を掻いて、また眠る。
「ドラゴンの爪こそ魔族で最強の武器でございましょう」
「うむ。先日、予がクレージードラゴ―ンに餌をやろうとして、『お手』をした時、爪が伸びていて引っ掛かれたのだ。痛くてしばらくヒリヒリしたぞよ」
――!
「そのようなことがあったのですか」
言って頂ければ傷口にムヒを塗って差し上げたのに――タップリ。
「軽い労災ですね。ドラゴンの爪で魔王様が引っ掛かれたと聞くと皆がヒヤッとします」
私はニヤッとしますとは言わない。
「言わなくても顔が笑っているのが分かるぞよ」
「御冗談を」
首から上が無いのだ。ニタニタしていたのがバレる筈がない。
「爪を切るなら……男の子達のペットショップへ連れていくしかないのかのう」
「ドラゴンの爪を切ってくれるようなペットショップがあるのですか?」
聞いた事がないぞ。さらには男の子達って……なんだ?
――ペットショップボーイズか! 冷や汗が出る! 古過ぎて!
「デュラハンよ。ちょっと……あれだ。狂乱竜の爪を切ってまいれ」
「――はっ! はっ? 私がですか」
「他に誰がおる。予は卿に申しておるのだ」
いやいやいや、ちょっと待ってよ。
「……なにか私めに落ち度がございましたでしょうか」
「うん」
「……」
うんって……酷いぞ。なにも悪いことをした覚えがないぞ――。
まさに生きるパワハラだぞ、ドラゴンの爪切りって……。ウルト〇クイズの罰ゲームより酷いぞ……。冷や汗が出る。
一階まで階段を下りると、中庭への扉を開けた。ガチャリ。
「んぎゃ?」
些細な音で起きなくてもいいのに。目がぎょろりと開いてこちらを見る。
「よーしよしよし、いい子だ。まだ眠っていていいんだぞ。何もしないからな、よーしよしよし」
狂乱竜は体長が50mを超える大きな竜だ。頭は名前の通りそれほど賢くない。言葉も喋れないから意思疎通が難しい。犬よりも難しい。
ドラゴンって何を考えているのかよく分からん。
なるべく音を立てないように、そーっと翼の爪に近付いて白金の剣を抜いた。
ドラゴンの鱗や爪は並大抵の刃物では傷一つ付けられない。セラミック刀でも欠けちゃう硬さなのだ。冷や汗が出る。「セラミック刀が欠けちゃったっ」て、古過ぎる……。
フーッと大きく息を吐いて精神統一する。
「究極奥義! デュラハン・ブレッドーー!」
「んぎゃー!」
渾身の力を込めて狂乱竜の爪を一本叩き切った! グサリと1m近く伸びた鋭い爪が地面に落ちて突き刺さる。
この世にデュラハンブレッドで切れぬ物はない。カチカチの固いパンでも一刀両断できるところからこの技の名が生まれたのだ。――フッ。
「グルグルグルグル……」
狂乱竜って、こんな鳴き方をしたことがあっただろうか。猫がグルグル言うのは嬉しい時だったはずだが……。
どう考えても怒っているよね。大事な爪を切られたんだから。
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