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サッキュバスの秘密


 ようやく爪を切り終えた魔王様と玉座の間を出て城内を歩いていると、廊下で四天王の一人、妖惑のサッキュバスにばったり出会った。


「あら、魔王様、デュラハン、おはよう」

「……おはよう」

「……おはよう」

 サッキュバスの手には……缶ビールが握られている。まだ朝だというのに……。

「魔王城の廊下を飲みながら歩くな。はしたない」

 四天王の風上にも置けぬ。

「いいじゃない、暇なんだし。一口飲む」

 缶ビールの飲み口をこちらに向けて差し出してくる。

「いらぬ」

 勤務中だぞ。17時15分までは。

「魔王様も飲まない?」

「飲むと……眠くなるぞよ」

 魔王様、お酒にはお弱いおタイプだ。

「つまんないの」

 そう言いながら缶ビールを喉を鳴らしてゴクゴクと飲むのだが……3リットルのミニ樽缶を飲みながら歩かないでほしい!

 ――取手が付いている大きな缶ビールを飲み歩きしないでほしい! ――缶は缶でも樽缶だ!

「ビールっ腹になるぞ」

 朝食で必要なカロリーを大幅に超えているだろう。1.2メガカロリーはある。メガはキロの千倍だ。

「プハー! 大丈夫よ。おしっこになって出るから」

「「……」」

 泡立つだろうなあ……。

「あ、ひょっとしてデュラハン、今、エッチいこと考えていたでしょう~。この、ス・ケ・ベ!」

「考えとらんわ!」

 思わず唾が飛ぶわっ!


「それよりサッキュバスよ、爪を見せてもらっていいか」

 サッキュバスの爪はいつも長かったはずだ。

「……爪? ……いいわよ」

 いつもと違いしおらしく手を差し出すサッキュバス。頬が少し赤いのは……たぶん飲み過ぎたせいだろう。

 派手なネイルアートはなく赤いマニキュアが塗られているだけだった。もちろん深爪ではない。

「マニキュアに見えて……じつは毒でも塗ってあるのか」

「いい加減にしてよ。そんなことするはずないでしょ」

 すっと手を引き背中を見せる。大きく開いた淫らな衣装は……背中も大きく開いている。なんか見ていられないくらい色っぽい。こっちも背を向けたい――!


 そんなサッキュバスには……意外な癖があったのだ……。


「わたしは……内緒だけれど……爪を噛む癖があるのよ」

「爪を噛む?」

「サッキュバスが?」

 コクリと頷く。

 爪を噛んでいるところなど見たことないが……サッキュバスにも寂しかった過去や隠し切れないストレスがあるのだ……知らんけど。

「知らんけどは酷いぞよ。キャラ設定がちゃんと出来ていないのなら正直に言った方が身のためだぞよ」

「冷や汗が出ます。キャラ設定とか言わないでください」

 だから語尾に「知らんけど」と言ったのです。あえてそこを突っ込まないでください。

「でも今では綺麗な爪をしているではないか。深爪でもない」

 綺麗に塗られたマニキュアは妖惑の名に相応しい。ひょっとして付け爪なのだろうか。

「ああ、違うわよ。わたしが噛むのは、


 他の人の爪よ」


「「他人の爪を噛むのはやめてー! やめよー!」」

 そんな癖はやめて――! 噛まれる方がヒヤッとするから!

「魔王様は深爪だから残念。噛みたいのに~」

 舌をペロッとするな! 八重歯が……犯罪級に可愛いから――! 魔外国人が何と言おうと……八重歯は可愛いですから――!

「デュラハンのガントレットも……噛みついちゃいたい。先っぽの方を」

 指先がソワソワして鳥肌が立つ! 全身金属製鎧なのに……。

「いやいやいやいや、これは爪ではないのだ。残念だが他を当たってくれ。ガントレットは金属の味しかしない。固い。お腹をこわす」

 慌てて両手を後ろへ引っ込める。私のガントレットはおしゃぶり昆布ではないのだ。噛んだり舐めたりすれば……。

 R15や見えない制約にも引っ掛かる――?

「魔王様、逃げましょう!」

「ううう、ううう」

 ――! サッキュバスが腕を魔王様の腕に絡めている!

「サッキュバスよ! 駄目だ! 欲望のままに爪を噛もうとするでない!」

 自粛するのだ。それに魔王様は深爪だ!

「あ~! これくらいの深爪なら……まだ噛めるわ。美味しそう~!」

「「――!」」

 美味しそうじゃないぞ! いや、いろんな匂いと味がするらしいが美味しくはないぞ、絶対に。

「ううう、ううう」

 ううう、ううう、じゃないっつーの! 少しは抵抗しなさいっ! 魔王様が妖惑されてどうする。「サッキュバスも魔王様を妖惑してどうする!」

 次期魔王は四天王筆頭の私でなくてはならないのに~。このままでは奪われてしまう。


 ――色んなものが~!


「離れるのだサッキュバス! まだ朝だぞ、いや、魔王様に対して無礼だぞ! 爪を噛みたければ他を当たるのだ。ソーサラモナーのとかサイクロプトロールのとか」

 思い当たる爪を生やしたモンスターはその二人だ。どちらも登場回数は少ないが四天王だ。

「いっつもそれね。あの二人は駄目よ。爪はあっても生理的に受け付けないの」

「贅沢な」

「……じゃあ、デュラハンならあの二人の爪を噛めるの?」

「ふざけるな!」

 噛めるわけないだろ――! えずくわ! オえっって、えずくわ――!

「でも、魔王様なら……どう? 噛みたい? 噛みたくなくない?」

「――!」

 ……噛みたい? 噛みたくなくない? どっちだ……どっちもどっちなのか!

「グヌヌヌヌ……」

 落ち着け、私には首から上が無かったではないか! 噛みたくても噛めないではないか! 助かった! 首から上が無いのもまんざらでもない。都合いい。

「爪は噛む物ではない、魔族にとっては武器なのだ! 魔王様の爪も……立派な武器なのだ! 四天王とはいえ、むやみやたらに粗末に扱ってはならぬ! 来いっ!」

 ぐっと手を掴んで引っ張った!

「痛―い!」

「黙れ」

 容赦はしない。

「一番むやみやたらに……粗末に予を扱うのは、デュラハンぞよ」

 掴んで引っ張ったのは魔王様の手だ。魔王様がうかうかしているから妖惑の術にかかってしまうのだ。

「あ、ドロボ~! わたしの魔王様を返しなさ~い」

「魔王様は皆のものだ!」

 魔王様はみんなのもの。みんなのものは魔王様のものなのだ――!


 魔王様の手を引いてサッキュバスの前から走って逃げた。


読んでいただきありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 手に手を取り合ってーーーー!!!! (薄い本がスタンバイされましたw) [一言] さすがサッキュバスちゃん!(≧▽≦) そうそう、爪と指の隙間の部分の肉って感覚が意外と鋭敏なのですよね。そ…
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