清潔検査?
パチンッ! パチンッ! パッ。
「魔王様、『パッ』で止めないでください。どういう状態で爪が切れているのか想像できなくなります」
共感が得られません! 切れていてそうで切れていないのなら音はしない筈です。
「卿は忘れたわけではあるまい」
じっと爪を見ていた魔王様が顔を上げられる。玉座の前で跪く私の足は少し痺れている。
「なにをですか」
魔王様は何を思い出されたのだ。
「魔小学校で給食の前に『清潔検査』が毎日あり、爪が伸びていた生徒の名前を給食の時間に全校生徒の前で呼ばれたではないか――」
――清潔検査!
「マイナー! 超マイナーなネタでございます!」
冷や汗が出ます。遠い昔の記憶が蘇る……。
『これから清潔検査の結果を言います。一年、爪を切っていなかった人、魔王君。デュラハン君。二年、全員まる。三年、全員まる……』
『……』
やめて。
『ハンカチを持っていなかった人、魔王君。デュラハン君』
『いやー!』
公開処刑だ……全員の視線がこちらを向く。全校生徒が一同に集うランチルームだから……先生を含む全員の視線がこっちを向く――! さらにはクスクス笑われ……冷や汗が出る。シクシク。
「あとは給食当番がマスクを忘れても発表されたぞよ」
それな……。
「今だったら考えられませんね」
マスクを付けない給食当番。マスクを付けないマスクレスラー。……マスクレスなのだろうか。
「それと同じだ。爪は短い方が清潔なのだ。清潔検査で名前を呼ばれなくてすむのだ」
「……たしかに長いより短い方がいいのかもしれません。清潔なのかもしれません。――ですが!深爪はいけません。切り過ぎなのです。ここ重要です」
パチン!
「まだ予に反論すると申すのか――」
「かたじけない!」
「……。かたじけて。予は魔王なのだから、少しはかたじけて~」
……たかじけません。勝つまでは……。
「深爪では、牛乳瓶の蓋が取れません」
瓶の中へ指で押し込むのは邪道です。親指が牛乳にタップリ浸かります。それを舐めなくてはなりません。
「ヌヌヌヌ、それなー。でも最近はパックの牛乳が増えているから問題ないぞよ」
パチンッ! ……悠然と爪を切るドヤ顔が腹立たしい。
「クッ、さすが魔王様……」
たしかに瓶の方が圧倒的に少ない……。――だが、海洋プラッチック問題でまた牛乳瓶が見直される時代がくるかもしれない。いや、必ず来る! きっと来る!
鼻にストローが刺さったまま泳いでいるウミガメの姿は印象深い! タピオカミルクティーをガラスのコップでがぶ飲みする日がきっと来るのだ!
そのためには今から爪を伸ばしておいた方がいいのだ――!
「爪はプラッチックではございません――!」
「……うん? デュラハンよ、急に話が脱線し過ぎぞよ」
そうだった。今は深爪の話をしていたのだ。タイトルを忘れかけていた……冷や汗が出る。
「深爪ではカップラーメンのスープの小袋を上手く破れません」
納豆のカラシも同じでございます。フッ。
「それもなー。いや、予は魔族を率いる魔王ぞよ。――魔王軍全軍を率いる魔王ぞよ!」
「それは承知致しております」
「……ハサミ使え」
――まさかの正論!
「ご命令とあらば」
だが私の両手は銀色のガントレットなのだ。全身金属製鎧の顔無しモンスターなのだ。
ガントレットの手ではハサミも……使いにくいのだ。指が入らん。不器用ちゃう。
「予は無限の魔力でいとも簡単にラーメンの小袋を開けられるぞよ。フッフッフ」
「――ご自慢!」
羨ましいぞ無限の魔力……。袋が開いたのと同時に粉が零れることもないのだろう。指にカラシが着くこともないのだろう。チートだ。絶対にズルだ、ズル!
「さらには3分待つのも不要ぞよ」
――そこまでも!
「いや、そこは待ちましょうよ。待つことで美味しさが引き立つのですから」
待たなくていいカップラーメンなど美味しさ半減です。有名店も並ぶからこそ美味しさが増すのです。
「深爪では缶ジュースのプルタブも開けにくくなります」
さらには鯖缶の水煮なども開けにくくございます。
「だが、爪が長ければ割れるぞよ」
たしかに割れる。ヒビが入る……。あー言えばこう、こー言えばあー……。
「魔王様、なにも私は爪が長い方が良いとは言っておりませぬ。適度な長さこそ最適と言いたいのです」
何事も度が過ぎてはいけないのです。魔王様は度が過ぎているのです……色々と。
「適度か……都合のいい逃げ言葉だぞよ。よいか、爪と指の間が黒いのは……若い子達に嫌われるであろう」
「たしか~に――!」
若い子達以外にも嫌われます! 老若男女問わず嫌われてしまいます!
いるんだよなあ……爪と指の隙間がいつも黒くてなにか詰まっているやつ……。グールやゾンビや……ソーサラモナー!
ソーサラモナーは特に酷い。いろんな隙間にいろんなものが詰まっている……。トイレ行っても手を洗っていない。鼻くそもほじる、見る、食す、うはあ~。
「予の爪と指の間からは……独特の匂いがするぞよ」
「――!」
私の両手はガントレットだから……その匂いが分からないのが残念だ。
「どのような匂いがするのでございましょうか……」
恐らくは臭いのでしょうが……。
「教えなーい」
うわ、ごっそり腹立つ! 別に気にならないけど……、気になる~!
「さらには、下唇と顎の間からも独特な匂いがするぞよ」
「――!」
どんな匂いがするのだ――! キィー! 悔しいぞ、私には首から上が無いのだ。匂いフェチではないが、魔王軍四天王として何事にも好奇心旺盛なのだ!
「ポテチを食べて指を舐めたときも爪が長くては……別の味がするであろう」
「……」
勝ち誇って言う言葉だろうか……。おぞましいぞ、別の味――。
私のガントレットは金属の味がするのだが……これも美味しいといえば美味しいのかもしれない……金属独特の味、臭い、風合い。
「金属はまずいぞよ」
「グヌヌヌヌ……屈辱にございます」
魔王様のドヤ顔が……さらに屈辱にございます。
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