7.災禍の姫は、大切な姉
改稿しました。少しお話の流れが変わっている部分もあります。
私の部屋は宮殿の奥深まった場所にある。そこはクォーツで囲まれた大きな球状の部屋で度々姉妹たちはあちこち各々が空けた穴からこの部屋を何百年も訪れてきた。そして今も。600年以上過ごしたこの部屋には妖光サンゴの灯があちこちを暖かな光で照らしていたが、姉妹たちの顔は暗いものだった。
「もぉおおおおお信じられない!今までただ末娘以外の娘に興味のない冷徹父としか思ってなかったのに、あそこまで間抜けだなんて!」
ヘラが鰭と腕をバタつかせながら乱暴に部屋を泳いでいる。
「国の一大決定、それも重大リスクがあることを一側室と年端も行かない少女の言うがままなんて、世も末ですわ。」
テアが目にもとまらぬ速さでヘラと泳ぐララの尾っぽを引っ掴んだ。
「何が海の賢王だー!」「偉大なる海の王だー!」
ウータとウーテはひたすらに私の周りをまわっている。
フリーダはその双子に絡まれている私をどうにかしようとオロオロし、ララはヘラに掴まれてぐったりとしている。
「あ、あの、もしかしなくとも、私たち、陸に厄介払いなんて…」
「絶望…ですわ…!シオンお姉様のことを何だと思っているの…!…ヘラお姉様離し…ぐぇ。」
「「「「「「はぁ…」」」」」」
だいぶ落ち着いただろうか。皆俯いて静かになったところだし、話を切り出すか。
「皆、先ほどは心配かけた。お父様の言葉は皆を不安にさせただろうが、きっと大丈夫になるよう、何とかして見せよう。」
部屋の色とは反対に暗く沈んだような水気を少しでも活気にさせようと、私は気丈な振舞いをして見せる。
「…はぁ、ほんとですわ。お姉様がいきなり頭を抱えて貝座で苦しむのを見た時は心の臓が冷えましたわよ。…色々お話してくれるんでなくて?人間のこと、私も初耳だったわ。それに、今後のことも…。」
「テア…そうだな。皆にはきちんと話しておきたい。シャルロッテ達みたいに信じなくてもよい。それから今後のことを話そう。」
「おぉ、今日の姉さんよくしゃべる…!」「いつもよりいっぱいお話してー。」
「姉様の話を信じない姉妹はここには集まっていないね。」
「姉様は嘘、ついたことないです!」
「シャルロッテだけよ!お姉様の偉大さに気づいていないのは!お姉様は強くて偉大でんもぅとーーってもすんばらしくて…」
「はいはい、ララは静かにしましょうね。」
妹たちのこの様子だと、話しても大丈夫だろう。
彼女たちには真実を知ってほしい。
だが、自分が恐ろしい災禍を引き起こしたということも真実で、それを聞いた妹たちが私から離れていってしまわないか、未だにそのような自己中心的な恐怖を感じている自分がいることに怖気づいて、恥じる。
言わなければ。
「まず、人間の事だが、あの人間の王子を見た時に昔の記憶が、蘇ったのだ。」
「記憶?」「蘇ったー?」
隠さずに、妹たちには真実を。
「そうだ。私が「災禍の姫」と言われる所以の災禍がいかなるものだったか、どのような理由で起きたのかもはっきりと、思い出した。記憶が戻るときに激しい頭痛がして皆を驚かせてしまったな。」
「「「「えぇ?!」」」」
「災禍?!噂は本当だったのですか?てっきりアデリナ達のでっち上げかと…。」
「姉さんが災禍なんて…」「信じられなーい。」
侍女のアメリアは何を言うでもなく、ただ黙って聞いていた。
私は話した。人間に親友を殺されたことで感情が爆発し、魔力暴走を起こしたこと。
大海原を嵐に変え、津波を呼び、自らの周りには大きな渦潮を走らせ、人魚の国全体を10年以上も荒らしてしまったこと。原因は人間にあったが結果として人魚の民たちに恐怖を植え付けてしまったこと。
シャルロッテの番になる予定の人間の見た目が、親友ラウラを殺した人間にあまりに似ていたこと。
「このことでまずはアメリア、先ほどはきちんと謝罪ができなかったな。500年前どれほど心配をかけさせ、魔力暴走時にはとても苦労させたか。きっと様々な苦労があっただろうに。迷惑をかけてしまった。すまなかった。」
先ほどから部屋の端でそっと立っていた侍女であり保護者的存在である彼女に頭を下げる。だが、アメリアは何度も何度も首を振り、泣きながら私の下げた頭をそっと上げるように抱擁してきた。
「いいえ、いいえ姫様。あの時に私がお守りできてれば…!無理やりにでも姫様達を引きずり落とす形になってでも海岸から離すべきだったのです!そうすれば…、それに、姫様がお目覚めになってから姫様の悪い噂ばかりが流れていても噂を消すこともできず姫様の孤立する状況を見ながら何もできずにのうのうと仕えてきた、私こそ謝るべきなのです…!申し訳ございません、謝っても謝り切れないことを私は…」
大粒のくすんだローズの真珠をボロボロと落としながら私に謝り続けるアメリア。だが、アメリアは悪くないのだ。
寧ろ、私の魔力暴走を目の当たりにしても恐れず、常に私に寄り添い続けてきてくれて感謝しているのだ。
その感情を表情と魔力に乗せ、彼女の涙の真珠を私と同じチョーカーの形にして送ると、アメリアは更に大泣きした。
「そういえば、幼いことから周りがずっと、お姉様は500年前に災禍を起こした、再び災禍を起こさないよう感情を刺激するな等というくだらないことを言い聞かされてきましたけれど。」
テアが思い出したように聞く。
「もしかして皆、お姉様が記憶を戻したらまたその災禍をお姉様が引き起こすと思ってそんな噂を?」
私は苦笑いする。
「そうだな。」
フリーダがおずおずとテアの下から顔を覗かせる
「災禍って、本当にお姉様が?」
「そうだ。」
「ふーん、でも、噂なんて関係ないけどねー」「事実でも関係ないねー」
ウータとウーテが左右から抱きついてきた。
「あ!お姉様方ずるいー!ララはシオンお姉様の頭をもらいますわ!」
ララが私の頭をなでてきた。
「ま、ここにいる皆は誰もエリュシオネー姉様に関する悪い噂を信じはしなかったけどね。そして、その噂が例え事実だったとしても私たちの姉様への信頼と気持ちは変わらない。今のララやウータ達を見たら分かるでしょ?」
ヘラが部屋の上部を漂いながら言った。そんなに私は分かりやすい顔をしていたのか?
「私たちは私たちが見てきた姉様を信じてるの。アメリアと一緒よ。だから、そんな不安げな顔をいつまでもしないで。私たち、姉様のことこんなに大好きなのに、今更水面と水底がひっくり返るようなことにはならないってば。」
「ヘラ…」
「ヘラお姉様の言う通りです!わ、私ずっとシオン姉様のこと大好きで、大好きで…だから噂が本当だとしても良いのです!」
「フリーダ…」
「ちょっと待ちなさい。噂は真と嘘が混ざってますわ。お姉様の過去は本当のことかもしれないですけど、今後記憶が戻ったり感情が高ぶったくらいでお姉様が再び災禍を引き起こすのは嘘ですわよ。現に今こうしてお姉様はいつも通りじゃない。お姉様はもう災禍を起こすような存在じゃないわ。そこはちゃんと分けることを気を付けなさいな。」
「テア…」
私は少し、いや、とても嬉しかったのだろう。
胸のあたりが暖かくなると同時に、なにかが込みあがる。
私はその時とても安心したのだろう。眼から次々と涙があふれて止まらない。
「ちょっ…!お姉様?!」
「姉様が初めて泣いた…?」
「あーあ、テア姉さんが泣かせたー」「わーるいんだーわるいんだー♪ねーさんにー言ってやろー、ってシオン姉さんが泣いてるんだった。」
皆が私の前を右往左往している。
記憶を戻したと告白したら、「災禍の姫は本当だった」と恐れて妹たちは逃げていくことを覚悟していた。
眠りから目覚めた時のあのお父様のように、避けられるのではと…。
だが、そんなことはなかった。
妹たちは、確かに変わらず私を愛してくれているのだ。
「わっ姉様?!」
「姉さんが抱っこなんて久しぶりー」「うれしいー」
それを思うとこうして皆を抱きしめずにはいられなかった。
どんな状況でも、私たち姉妹だけはこうしていられる関係でいたい。
そう切に願った。