5.そして現実へ
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長い夢を見たような気分だ。だが、時間はそれほど立っていない。
あれは紛れもない自分の記憶だ。
鰓の動きが早く荒い。胸の鼓動もここまで聞こえてくる。
ここが現実だと確かめるために手を握る。大丈夫、ちゃんと、成長した、私だ。
500年前、眠ってしまうまでの経緯、そして何故民が私を恐れるのか、何故100年も眠っていたのか、全て思い出し、わかった気がする。恐れて、怖がって当然だ。
私は一度宮殿や王国の海を大渦で混乱に陥れたのだろう。
10年もの間嵐を呼び、津波や大渦で海を荒れさせたのだ。民たちが私の魔力暴走でどれだけ疲弊したのか、想像に余る。
お父様が私と口をきいてくれないのも、私のような膨大な魔力を持つ娘を持ち恐ろしかったのだろう、その力の制御もできない娘を恥じたのだろう。
感情に任せ国を乱すは王女としてあるまじきもの。
だが、人間はあれほどの酷い行いを我々にした。何も知らず、ただ交易していただけの民を、ほぼ皆殺しにしていた。
何故お父様は愛娘の番として人間と?…分からない。
あれからお父様は変わってしまった。今までのお父様とは考えがまるで違うのかもしれない。信じたくないが。
私は、記憶を戻したから人間への怒りが蘇った。今にも怒りで周囲の水を沸騰させかねない。
だが、あのような魔力の暴走はもう二度と起きない。起こしてはならない。大丈夫だ、今まで感情は飽きるほど殺してきた。この怒りを抑えることだってできるはずだ。
「姫様?…姫様?」
侍女アメリアが顔を覗きこむ。頭が痛い。まだズキズキと痛い記憶が響く。
「アメリア…、済まない、心配をかけた。」
アメリアは心配気に目を潤ませて私の頬に手をやった。とても優しい、冷たい手だ。
「大丈夫ですか?早く横になっていた方がよろしいのではなくて?」
「アメリア…私は、全て思い出したようだ。私が何故「災厄の姫」と呼ばれるのか、人間がラウラに、人魚に何をしたか。」
「…!…左様で…、あの、」
「大丈夫だ。魔力暴走はもう起こさない。500年前のことの詫びは後で行う。今は…。」
「はい、今はまだ宴前の式典の最中、後ろに控えております…。それと、」
ちらりとアメリアの方を見ると、ハラハラと真珠の涙を流していた。
「姫様は、…謝ることは一切ありません…!後で、私も謝りたい事がございますゆえ…。」
そう言って後ろの控えに戻っていった。アメリアが?何故だ?
ズキズキする頭を少し手で押さえ、私が取り乱したことで場が混乱した広間に向き直る。
向き合わなければならぬことがある。
「すまない、場を乱したことを謝罪する。」
場がその一言で再び静寂に戻る。民たちは何が起こっているのか、次から次へと何が始まってしまうのか分からず、皆不安げな顔をしている。
「全く、王の気を引こうと突然病弱なフリでもしようしたのであろう?つくづく性根が…」
「お父様、いえ、国王ディアークに2つ問いたい。」
アデリナの話を遮り、お父様に問う。
「一つ、私は正妃の唯一の娘。その私が次期国王候補でなくなった真っ当な理由は聞いていない。」
「お前が聞く必要はない。」
「ならば、それは正妃の存在を蔑ろにするという訳だが?お母様のことは…」
「アデリナが今後正妃となるであろう。」
アデリナが歓喜の顔でお父様の方を見る。勝ち誇ったその顔がとても気に入らない。
だが、そうか。お父様は、お母様が戻ってくるのを諦めたのか。もう、あの日々には戻れないのだと、ハッキリわかった。
「二つ、何故人間が人魚の国の次期国王候補の番になる?人間がしたことを忘れたか?」
ざわざわと民たちが不安げに騒ぎ出す。あるものは何のことかわからず、あるものは確かにと、頷いていた。
王が答えるより早く、シャルロッテが人間の男の腕を組んでこちらに寄ってきた。
「おねぇ様、おねぇ様は何か勘違いをしておりまして?このコーネリウス様はとってもお優しい方。そんなお優しい方が率いる種族が私たちに何かするはずないでしょう?おねぇ様みたいに国を災厄に陥れたりも。」
若い民たちがそうだそうだと、野次馬を飛ばす。
「そうですよ、一の姫。我々人間は、伝説の種族である人魚と友好の証に、婚姻を結ぶのです。大体、我々が一体何をしたっていうのです?それに、一の姫は災厄の姫と恐れられているのだとか。どちらが国にとっての直近の脅威でしょうかねぇ?」
大げさな手ぶりでこちらを挑発するかの様な物言いと、その見た目にいささか不快感を覚えたが、グッとこらえて真摯に相手をする。
「お父様、人間が500年前に我々人魚を虐殺したのをお忘れか?あの日、交易に陸に出たものはほとんど殺された。西の大洋諸郡の長も、東のサンゴ商の一行も、私の親友のラウラも…!!」
殺された…殺された…!確かに覚えてるぞ!
一部の民たちの声が私を後押しする。
「そんないきなり我らを虐殺する種族と、何もなしに急に婚姻だと?!正気を疑う!!」
「でも、国を災厄に陥れたことのあるおねぇ様の言うことなんか、本当かどうか分からないわぁ。」
呑気な声でシャルロッテが手を頬にあてていう。
「ねぇ~コーネリウス様ぁ、人間が私たちを襲ったっていう歴史とかはあるのですかぁ?」
「うーん、どうでしょうね。私は城の秘蔵の書物をも読む権利がありますが、そのような記録をした書物など見たことも聞いたことも。」
「ですってよ、エリュシオネーおねぇ様♪」
あぁ…人間は、我々を殺したことも記録に値しない小さなこととして忘れているのか。どこまでも憎たらしい。
人間の言うことなど信用できぬ。
民たちもどちらが本当の事を言っているのか大多数が分かっていない。ここは、お父様がはっきりしてもらわねば。
「お父様、あなたは覚えているはずだ。」
覚えていないとは言わせない。あの光景も、あなたは共に見て、あなた自身も襲われたはずだ。
じっと目をお父様に向ける。だが、
「…余は、そのようなことは記憶にない…。」
目を一向に合わせず、そう言ってのけた。
よくも、よくもそのような事…!本当にこれがお父様か?!
本当に、私が慕っていたお父様なのか?!
以前からどうもおかしいと思ってはいたが、500年前の記憶がはっきりすると、一層におかしい。
あり得ない回答に私が目を見開き震えていると、アデリナがぬるっとこちらまで泳いできて、
バシン!
と、私の頬を叩いた。一の姫である私に側室がそのような無礼を働くことはまずない。
だが、いま彼女は正妃となって調子に乗っているのだろうな。さぞかし気分が良いだろう。
妹たちが口々に抗議する。
「おだまり!王や民、ひいては私の可愛いシャルロッテやその番となる人間に何たる侮辱となる嘘を吹いたことか!一つ、底に伏せて謝ったらどうじゃ?」
もう正妃気取りとして、私よりも上の立場を示しつつ、私の言葉を嘘として隠してしまうという訳か。つくづく嫌らしい。今まで会ったどの人魚よりも嫌らしい根性を持つ。
「ふん、お前などに叩かれるような嘘は言っておらぬし、下げる頭も持っておらぬ。」
「…!よくも正妃に向かって!」
「私はお前を正妃と認めぬ。私にとって正妃とは、私のお母様ただ一人。」
「黙れ!何百年も姿を消した正妃など死んだも同じじゃ!お主は哀れにも未だに母親が生きていると思い込んでおるだけよ!」
違う。お父様は確かに昔言ったのだ。「今はまだ会えぬが、その内私が大きくなったときに姿を現す」と。
睨みつける私にアデリナは勝ったとばかりに鼻を鳴らし、お父様の傍に戻った。
「シャルロッテの次期国王となる手続きは今後進む。人間とは友好の証として人間の王子を番として迎え入れる。これは決定事項であり、反対するものは今から謀反者と見做す。」
誰もが言葉を発さなかった。この国でお父様に逆らうほど無謀なものはいない。
「ねぇお父様ぁ!」
シャルロッテが無邪気にお父様に駆け寄った。
「なんだ、シャルロッテ。お前はそもそも反対は無かろう?」
「違うわよぉ!あのね、コーネリウス様は人間の国の代表として友好の証にこちらに来てくださっているわけでしょう?なら、こちらからも友好の証にどなたか人間の国に行かせてみてはいかがかしら?」
あぁ、嫌な予感がする。なんだって、あのアデリナ親子が勝ち誇った笑みをこちらに向けているのだから。
「例えば、要らなくなったお姫様とか、ねぇ?」
次回はかしまし姉妹たちがあれやこれやと騒ぐ回です。