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4.500年前の追憶 後編

前回の回想の続きです。



 「姫様!ラウラ様!今すぐ海にお戻りください!」


遠くで見張っていたアメリアだが、人間の妙な気配に大声で呼んできた。


 「アメリア!あそこの人間たちがなんか妙に騒いでいるんだ。何言っているかは分からない。だが、なんとなく、良くない気がするんだ!アメリアは、人間の言葉がわかるのか?」


 「説明は後です!今は早く海に戻りましょう!そこに居続けるのは危険です!」


 「分かった。早く戻ろう。シュリッテンを近くへ!」


 「今呼び戻しています!その間に早く海にお戻りになってください、良いですね?!」


その時、鋭く悲鳴が港町から聞こえてきた。


竜であるルキウス視力がずば抜けている。その様子は鮮やかに彼の赤い瞳に映った。

先ほどまで陸の者と交易していた人魚たちが、港の広場にいた人たちに銛で貫かれていた。


人魚たちは不戦の契りが念頭にあるのか、先ほどまでの温厚な態度からの急変に驚いているのか、魔法で防衛はしても攻撃はしていなかった。防衛魔法の隙をついて、人間が次々と人魚の体に鋭い銛や槍、剣を突き立てていた。


 「ルキウス、何が起こっているというのだ?さっきから人間が喚いているのと、人魚の民たちが悲鳴をそこかしこに上げている。…人間はどうしてしまったのだ…?!」


 「シオン、まずいよ。これ。人間が人魚を殺しにかかってる。早く逃げて。しばらくここに来ない方がいいよ。今まで、さっきまであんなに人魚と仲良しだったのに、どうして…。」


 「なん…だと?!我々が何をしたというのだ?!早く民を助けねば!お父様は何をやっているのだ…?!」


 「何てこと!シオン、助けるより早く海に戻らないと!あぁん、干潮で海があんなに遠いし、水が戻るには少なすぎるわ!戻るとしたらこの固い岩で擦り傷まみれになっちゃう!でも、逃げなきゃ!シオン!早く!」


 「しかしラウラ…このまま見捨てろというのか…?!」


 更に悲鳴が上がる。今度はより近い場所で人魚が剣で切り裂かれていた。

 その様子は、幼い2人の人魚の少女にもしっかりと見えた。 


 「…おのれ人間…!愚かにも私たちの民をあんな…!あんな…!」


 「シオン、皆を助けようとする気持ちはとても気高くて、僕は好きだよ。でも、それでシオン、ラウラが死んじゃうのは嫌だ。」


 ぐいぐいっと、いつもより強い力でルキウスはシオンを海の方へ押しやった。


 「ルキ坊の言う通りよ、シオン。あんたは国王の唯一の娘、次に国を統べる者でしょ!「一匹を見て群れを見ず」な行動はダメって、本当は分かってるでしょ?!さぁ、今はとにかく逃げましょう!」


 「…っ!…あそこで、あそこで民たちが殺されているんだ、まだ…まだ助けられる者たちがいるのに…!」

 

 エリュシオネー自身も逃げなければならないのは分かっていた。後ろ髪を引かれる思いで次々と海岸の向こうで襲われる人魚たちを背に、潮だまりを跳ねるように後にする。

 あと少しで海に戻れるというところで、背後から人間が駆けて来た。


 鈍い痛みが、エリュシオネーの肩を襲った。


 「ァァアアアァアアっ!」


 人間が、銛をエリュシオネーに向けて投擲したのだ。


 [いたぞ!ここにも人魚がいるぞ!]


 エリュシオネーには人間の言葉はわからない。だが、嬉しそうに人間の顔がニヤついていた。

 一人の少女の人魚を串刺しにし、頭を靴で押さえつけながら。

 

 [まだ子供じゃないか。]

 [子供でも血は出るんだろ。やっちまえ!早く瓶に血を入れろ!]

 [子供だったら捕らえれば俺たちだって水槽で飼えるんじゃないか?ずっと血を搾り取れるぞ!]


 ぐいっと、その傷口を抉るように小瓶を押し付ける。

 

 「あ…ぁあ…うぅ……っふ…!」


 一の姫として大切に育てられた彼女にとって、あり得ない事態に恐怖し、混乱で動けない。

 泣きながらされるがままになっていた。


 「シオン!を、は、なせぇえ!」


 ルキウスが串刺しにしている若い人間の男のあばらに噛みつく。赤子でもその鋭く長い牙はあばらの奥深くに食い込み、噛む力は尋常ではなかった。


 [ぎゃぁあああ!あ、あぁ、こ、の、トカゲのガキめぇ!]

 [人間様を舐めんなよぉ!?]


 「シオン!今助けるわ!!」


 ラウラは魔力を込め、そして歌った。



  その罪深き腕を止めよ《ストーディェゼン ズンディゲンアルム》

  


 [うぉ?!なんだ?!動けねぇ!]

 

 ミシッ、と奇妙な音を立てて人間の男の腕が固まる。

 ラウラは更に歌う。 



  その業を悔い改めよ!!《トゥート ヴォ―スヴォン アウハーアルベイト》 



 [体が、勝手に…?!やめ、やめろ!]


 <歌魔法リート

 人魚の歌は、魔力と感情を込めるとそれ自体が魔法と化す。

 歌と感情により編み出される音韻魔法は人魚のみが使用する魔法である。

 そして、その魔法はその時の歌の韻、メロディ、感情によって変化する。

 男はエリュシオネーを刺していた得物を自ら同じ場所へ突き刺していた。


 3人の人間のうち、一人が倒れた。

 残りの一人は、歌を聞いて変な姿勢で動かなくなった。

 

 [こいつ…!俺らに『歌』を歌いやがった!体を動かせねぇ!]

 [おい!しっかりしろ!…人間様に歯向かうたぁいい度胸だぜ!]


 その間にエリュシオネーは起き上がり、なんとか人間の男の腕から逃れようと必死に藻搔き、ラウラとルキウスに抱えられながら海へ向かった。傷がじくじくと鈍く、鋭く痛む。突き刺された先の右腕が、動かなかった。

 人間の足は陸では早く、人魚の尾ひれは岩場が多い潮だまりではとても遅かった。

 痛くて、分からなくなって、怖くて、泣きながら、ただただ海に向かって走った。


 焦るほどに進まない鰭がもどかしかった。


 「シオン!」


 気づいたときには遅かった。

 残り1人の人間の男が、追いついていた。

 その陸の土の色をしたような濃い茶色の髪に今日の空の色と全く同じ晴天の瞳が嫌に目についた。


 ラウラの歌魔法リートは、3人分の人間を足止めするのにはまだ弱かったのだ。

 そして、歌魔法リートは感情と魔力を大いに消費する。続けて歌うなど、到底できなかった。

 エリュシオネーもまた、自身の傷の治癒に魔力を消費しており、しかも混乱状態の中で歌魔法リートを使える状態に無かった。


 エリュシオネー目掛けて剣を振り下ろす動きが、非常にゆっくり見えた。


―ドン!!!―


 エリュシオネーは親友の少女に力強く押され、その勢いで海へと落ちていった。

 赤い、サンゴより赤い水波が紫の髪を持つ少女から噴き出していた。


 「…っぅ…がっ」


 赤が、エリュシオネーの顔に、髪に、尾に飛び散った。

 

 「あぁ、そんな…!ラウラ…!」


 綺麗な、大好きなアメジストの瞳が最後にこちらを向いたとき、彼女は笑って、何かを言っていた。


 「――――――。」


 「ラウラァアアアアアアア!」


 悲痛な叫びは、波に飲み込まれる音とともにもみ消された。


 どぽーーーーん


 海に落ちた後の幾多の泡沫がエリュシオネーを包む。その目からは真珠があふれ、泡沫にまぎれ沈んでいった。


―――――


 「…っ…ラウラッ!」


 次にエリュシオネーが目を開けた時、そこは宮殿と海岸の中間にあるそばの大岩ギンチャクだった。

目の前には、ディアーク王が今まで見たことのない険しく、悲し気な顔でエリュシオネーを眺めていた。


 「…お父様?」


 「目を覚ましたか?エリュシオネー、私の唯一の子。お前が無事で、生きていて、本当に良かった。」


 傷口にディアーク王が手をあてている。彼は少しでも早く彼女の傷を癒そうと魔力を送っているのだ。


 「お父様ラウラが!ラウラが危ないんだ!あのいつもの場所だ!すぐに助けに行かないと…!それに、ルキウスもどうなったか!陸にいた民たちも皆早く助けに行かねば!!」


 「シオン…よく聞くんだ。」


 焦り恐怖や不安で声を荒げる愛娘に、穏やかに、且つ冷静に諭すような声でエリュシオネーを呼び止める。

 その声が、その態度が、聞きたくない、受け入れたくない真実を聞いているようでエリュシオネーは怖かった。

 

 身体が震えた。

 ディアーク王がその大きな手をエリュシオネーの小さな頬と肩に添える。

 その優しささえも、怖かった。


 「騒ぎがあったと聞き、余が駆けつけたとき、ラウラはすでに血染めであった。陸におったほとんどの人魚が、救えなかった…。黒き子竜は最後まで人間がお前を捕らえることの無いよう、必死に戦っておった。しかしラウラは…すまない、人間への警戒が足りない余が悪かった…。余が…すまない、すまない…。」


 「いや…いやぁ…。」


 大粒の真珠がエリュシオネーの目から溢れる。周囲の海は魔力に震える。


 「いやぁああああああああ!!!ラウラァアアアア!!!」


 エリュシオネーの悲しみが、怒りが、全てが魔力に乗せ周囲の海、天候が一変した。彼女の座る大岩を中心に渦潮ができ、あまりの大きい渦とうねりに周囲の海水は干上がっていた。そして、空からは雷があふれ、風は吹き荒れ、黒雲が激しい雨を周辺にもたらした。


 許せない…!我らが何をした?!ラウラが、民が、なんで殺されなければならぬ!許さぬ、許さぬ、こんなことをして、あぁ、私が弱かったから、私が怯えていたから彼女を…ラウラ…ラウラ…!


 彼女の感情に呼応するように、波は大きくなる。

 船は砕け、港町は波にのまれ、宮殿の周辺も巨大な波の渦に飲み込まれた。


 人間…許さぬ…ころ…す…!


 波や潮渦は更に大きく、激しくなる。彼女を制御していた理性はもうなくなっていた。

 

 ディアーク王が何かをエリュシオネーに叫んでいる。だが、渦潮を外にはじき出された王の言葉はエリュシオネーには聞こえない。


 人間なんて滅んでしまえばいい。

 その気持ちがエリュシオネーの心を侵食していた。


 滅んで、滅んでしまえ。ラウラを、私たちを殺そうとして自分たちだけ不死身になろうとした愚かで傲慢な種族など、もう、一匹残らず滅んでしまえ。全て、滅んでしまえ…!


 怒りと悲しみに満ちた泣き声が、歌に換わる。歌は溢れた魔力を乗せ、歌魔法リートになり、人魚姫の物悲しい旋律に呼応するように雨は降り続き、人魚姫の激しい怒りの感情に呼応するように、風は吹き荒れ、大渦の波は陸を襲い続けた。


 どれくらい泣いていたであろうか、声を上げて泣くことに疲れてきたが、それでもラウラは戻ってこなかった。だが、悲しみと人間への怒りは収まることはなかった。

 ずっと長い間、波の渦の中心にいたような気がした。ずっと長い間、空は黒かった気がした。


 エリュシオネーの泣き声の歌に合わせ踊るように大波はうねり、雷は鳴り続けていた。


―――――


ふと、空を見上げると黒い何かが嵐の中エリュシオネーのもとへ飛んで来ようとしていた。涙ではっきりとは見えなかったが、それがルキウスであると、なんとなく感じた。


 -ルキウス…ルキウスなのか?…無事で…生きていてくれた…。-


 そう思った瞬間と同時に、氷のように冷たく、燃えさかる炎のようだったエリュシオネーの心は一瞬凪いだ。そのタイミングを見計らったように、ルキウスがエリュシオネーに急接近した。


 ルキウスの鼻先が、エリュシオネーの額にそっと触れる。何か言葉を紡いでいる。


 「―――――」


淡い光を額に感じ、ふっと力が抜けていくのが分かった。と同時に、意識がはっきりしてくる。


 「シオン、辛くて悲しいのは、僕も同じだよ…。でも、過ぎたことは変えれない。僕はシオンにずっと笑ってほしい。」


ルキウスがそう、悲し気に笑っていた。

 

 「僕まで忘れられることはつらいけど、君の悲しみは僕が持っていくよ、シオン…。けれど僕は、ずっと君を想っている。また逢える時が来たら、今度はちゃんと伝えるね…。…おやすみ、シオン。」


 そこから、とても強い眠気がエリュシオネーに襲った。

 覚醒しだした意識が再び朦朧とし、目の前の黒竜が誰だったかも、涙を流していた理由も忘れてただひたすら眠気に誘われるまま瞼を閉じた。




いつも読んでくださりありがとうございます。

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