47.王権派のメレディス
メレディスはここ最近かなり不安定だった。彼女は人魚が学園に預けられると事前に父親から聞かされていた時から「彼らの自尊心を砕き、人間に反抗する気を無くさせるよう、人間の優位性を示すように」と、耳にタコができるほどに言われていた。
だが彼女を待っていたのは人間よりも魔法をうまく扱え、言語も達者だけでなく容姿も恵まれていた人魚たちだった。メレディスは自分の容姿に特別自信を持っていた。少なくとも、同年代の女性よりは優れていると自負していた。が、女性の魅力の中でも欠かせない容姿の面において、遥かに抜きんでていて神々しさをも感じる人魚たちに彼女は幾分かの劣等感と嫉妬心を持ち始めていた。そして、その嫉妬心は憎悪にも似た激しさを帯びている。
メレディスは父親に言われた通り自尊心を折ろうと事あるごとに人魚たちの知らないであろう知識を披露しようとしたり、人間の常識を知らない人魚を馬鹿にしようとしてきたが人魚たちが心折れることは全くなかった。
それもそのはず、彼女たち人魚は特別室を与えられ、そこを海にして姉妹と固まって過ごしているのだ。不安に思うことがあっても、まず姉妹で団結している間は心が丈夫なはずである。
メレディスは彼女たちが王家や貴族のみに与えられる特別室に人魚がいること自体気に入らず、父親に報告したうえで抗議した。しかし、彼女たち人魚の背後にはメレディスの家、ロス家が対立するダンヴィル家が付いていることが分かり更に腹立たしく思った。
ロス家は長年王権派の筆頭として、王の側近を勤めており代々軍の将を勤めている武闘派の家系である。しかし、公爵と言う立場を存分に使い軍だけでなく立法の面でも口出しが効き、ずっと王の傍で都合の良い法や規則を整えてきた。それに待ったをかけ、現在台頭してきているのがダンヴィル家だ。
ダンヴィル家はもともと侯爵位であり、先代まではそれほど脅威のある貴族でもなく、大人しい印象だった。しかし彼のダンカン・ダンヴィルになってから一気に変わった。
数々の政策と法律の改善を提言し、行政の成果が認められたダンカン・ダンヴィルは王からではなく、周りの臣下の信頼と熱い声を受け王が公爵位を授けたという中々の敏腕な宰相である。
ロス家は彼と協力関係を初めは結ぼうとしたが、彼とは思想がとことん合わなかった。彼は今までロス家が都合よく策定させた規則を無駄と切り捨て、更に切り捨てることで王にも利益が来ると口上手に言うために王からの信頼もだんだんと厚くなってきていた。他種族であろうが能力のあるものは使うべきと言ったり、税の徴収方法の効率化を訴えてきたりと、何としても蹴落としたい存在であった。
そのダンカン家に人魚の世話を押し付けるという嫌がらせをしたのが、ロス家のミスだったのかもしれない。はじめ、ダンカン・ダンヴィルは見つかった伝説の種族という、ただ物珍しいだけの種族を丁重に扱うこと、その役目を快く思っていなかった。と言うのも、他種族を奴隷までには扱わずとも、彼も根底は、人間が種族としての優位性の上位にあると考えていたからだ。そのため、彼は陸も歩けないかもしれない、喋れないかもしれない、面倒な種族を1か月も世話をすることに酷く消極的だった。ここまではロス家の思った通りだった。
ところがどうであろうか。初めての人魚の国王陛下の謁見の場でのエリュシオネーの大立ち振舞い、万人が感じた膨大な魔力、知性に富むと見られる言動。ダンヴィル公爵は恐らく人魚の種族を「使える」もしくは尊重に値すると判断してからの対応は完全にロス家の考慮外であった。
ダンカン・ダンヴィル公爵の人魚姫達に対する可愛がりは誰も予想できなかった。やり手で不敵な笑みが似合うシルクハットの宰相は、人魚姫の美しさに凋落したとも噂されるくらいには猫かわいがりしていたようだった。
ロス家の当主でありメレディスの父、マクシミリアン・ロスはこの事態に怒り狂い、何とか彼を貶めたい、人魚と距離を引き離したいと画策したが、それは叶わなかった。彼が人魚たちの保護者として学園にも口添えをして、下等な他種族に特別室を与えるよう指図するのはダンカン・ダンヴィルの越権行為だと断じ、王に直訴したこともあったが、その前にダンカンは王に承認を貰って手を打っていた。人魚の背後でこのような貴族間の小競り合いは起こっていた。
そんな中で、マクシミリアンは唯一ロス家で学園に通っている娘のメレディスに期待をしていた。彼女は直接人魚たちに影響を与えうる存在であり、第一王子との婚約に漕ぎつけた者。上手くいけば王権派の邪魔になるような存在から、ただのそこらの他種族のように奴隷になり果てると思ったからだ。しかし、聞けばSクラスに在籍のまま、人魚はやりたい放題だがお咎めなしと聞く。上手くいかないことに業を煮やした彼は娘に直接怒りの手紙をよこしたのだ。
嫉妬や憎悪で不安定なメレディスに、父の手紙はとても大きなショックだった。彼女は、自室の机で肩をワナワナと震わせながら手紙を握りしめていた。
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教室に戻ったらパメラやパトリシアが駆け寄ってくる。
「エリュシオネー様!!1週間もお休みされてたのでとても心配していましたわ!私たちがお外に振り回してしまったのが悪かったのね…今度から、是非なんでも、少しのことでも!何かあったら言ってくださいね。あと、次はお一人なんてさせませんわ!」
パトリシアが手をにぎにぎブンブンしながら捲し立てる。そこまで揺らさなくても、私はこの通り大丈夫だ、と言うことを示すために私もにぎにぎブンブンし返した。安堵した顔のパトリシアは、パメラに目配せしてベッキーやデビ―等友好的なクラスメイト達がやってきたと思ったら私にふわりと薄布をかけてきた。
「これ、霧氷のショールというらしいの。デビ―のお父さんの仕事場のギルドで報酬としていただいたんですって!でも、かなり冷たいショールで常に冷気を放っているから今まで貰い手が居なくて…」
「で、ちょうどあなたが暑さや日照りに弱いと聞いたものだから、あなたにどうかな?って。」
「日頃からとても良くしていただいているから、そのお礼も兼ねているわ。」
ベッキーにデビ―、パメラが笑顔で説明してくれた。
手にしたショールと言う薄布は冷たくひんやりしているがサラサラで柔らかい、上質な布地のようだ。確かにこれがあれば、多少暑くなっても直ぐに体調が悪くなることはないだろう。「私も貰ったのよ!」と、同じ布を嬉しそうに肩に巻き付けてはしゃいでいる。
「ありがとう…大切に使わせてもらおう。」
(だが、お礼…と?そこまでされるようなこと、私はしていないのだが…)
そう首を傾げていると、パトリシアがクスクスと手を口に添えながら小さく笑い、私に小声で話してきた。
「うふふ、あなた達が人間でないことで見下してきた貴族の一派が、最近元気がないようですのよ。彼らは所謂王権派というもので、国王を中心とした権力基盤を絶対とする貴族なのですけど、彼らは少し傲慢と言いますか…嫌な物言いをする方が多いんですの。でも、貴方達がとても高い魔力で魔法を使いこなしたり、人間にはできない魔法や魔術と言う概念を持っているだけでなく、言葉も礼儀作法もなんら問題なく私たちと一緒に生活できているのがとっても悔しいみたい。」
彼女が見ていた方向を見ると隅で腕を組んでいるメレディスに私が水をかけたことがあった…河豚…いやニコラだったか?後のもう一人は…そうだ、眼鏡の…メガネモチノウオ…じゃないサラだったか。彼女たちはこちらを一瞥した後「ふん!」とこれ見よがしに鼻を鳴らして顔を逸らした。
なるほど、いつものように軽口や嫌味を叩いて絡んでくる気配がない。これが元気がないということか。
「何故、その王権派とやらが悔しいとそなたたちが嬉しいのだ?」
私の疑問には、パメラが食い気味に応えてくれた。
「良く聞いてくれたわ!その彼らが中心となって、中央集権的な流れを作っているの。だから、私たちのように王権派ではない貴族や、商人みたいな他の国民たちは不当に高い税を払わないといけなかったり、獣人など他の種族を雇ってはいけなかったりとかいう理不尽な法を次々と立てているのよ…。」
「私の父みたいにギルド経営している人や、ベッキーのところみたいに力のいる炭鉱の仕事場じゃ、適材適所って感じで獣人を多く雇っていたのだけど…獣人の血が混じってもダメって言うからこっちは結構商売あがったりだったんですよ。」
デビ―が肩を竦ませながら言う。
「人間だけが優れた種族って思想を彼らは持っていますから…でも結局、彼らは利権でより富を得ていますけど、私たち一般市民や反王権派の貴族は損な目にばっかり遭ってきて…」
なるほど、彼女たち人間はやはりあの王たちとは違うのかと確信した。そして私たちにやけに親しくする理由も頷ける。
「だからそなたたちは、目新しい種族である我々に現状打破の兆しを期待しているという訳か。」
「…ごめんなさい、そんなつもりは…ちょっとはあったのは認めるわ。でも、あなたたちと仲良くなりたかったのは本当よ。」
パトリシアがばつの悪そうに言う。だが、こちらとて思惑があり陸で大人しくしているのだ。何も謝ることはないと思うが…。
「お姉様も私も、そんなことは気にしたりしませんわ。寧ろ、こちらで親切にしてくださる方がいてとても幸運だったのよ。」
「まぁ、そういうことで普段から良く思っていなかったし、何ならメレディス様達って私たちに当たりがきついから、ちょっと良い気味っておもっちゃったり…」
「そこ!聞こえてるわよ!」
イヒヒとベッキーが笑っていると甲高い声と共にガタン!と椅子が揺れる音がした。どうやら、いくら元気がなくとも堪忍袋の尾が切れたらしい。
「何も知らない、常識知らずの魚をお仲間に加えれてとっても嬉しいようね?良いこと?あなた達まで魚臭くなる前に早めに距離を取っておくことね。今は水から上がったばかりだからごまかしがきいているかもしれないけど、その内腐って鼻がもげそうになるんじゃないかしら?」
後ろで河豚とメガネモチノウオが陰険に笑う。これは流石に、とパトリシアが物申す。
「メレディス様、そんな風に他種族について悪しく言うのはよした方が良くてよ?もう、彼女たちは立派なクラスメイトだわ。」
「まぁ!あなたはそういう風に考えるのね!私は嫌よ!変なお魚もどきを同じこの上級のSクラスだなんて!第一、彼女たちはまだ飛行術もやったところを見たことが無いわ!」
「それは、カリキュラムにまだ組まれていないだけで…」
「どうだか…!他にも、この国の社交界ではと~っても重要なダンスや歌、その他芸術的なこともできる所を見たことがないから、人間と同列に考えるのはナンセンスだわ!その内、恥をかくのはお魚と仲良くしているあなた達だってこと、ちゃんと忠告したわよ。」
テアが聞いてられないと怒ってガタっと席を立ち、メレディスを睨みつける。
「あなた…ずっと思っていたけどなんですの?!そのようにあまりに失礼な物言いは…。陸の人間は自分のことを如何にも礼儀正しい種族だ優秀だと言っておきながら、こんな幼稚で自分と少し違うだけで劣っていると断ずる短絡的な方がいるなんて残念だわ…!」
「…!あなた達がこの陸では劣っているのは事実じゃない!あなた達がこうして人間と同じ扱いを受けられるのはただ珍しかったからと、ダンヴィル家が後ろ盾になったからだけよ!すぐに水をかけようとする野蛮な種族なんか、本当なら奴隷もいいとこだわ!」
カァッとなって手に魔力が集中するテアを私は止める。
「お姉様!止めないでくださいな!」
「ほうら、直ぐそうやって魔法を嗾けてくるじゃない!あーあ、そういうところお姉様に優し~く見習ってちょうだいな。」
彼女の気持ちも理解できた。何なら今すぐにでも細胞一つ一つを破裂させてやろうかと思ったが、彼女の言い方が一つ気になったためそれについて聞いてみることにした。大丈夫だ、耐えて面に出さないことには慣れている。
「くだらない煽りは良い。で、「その内」とはなんのことだ?」
すると今度はメレディスが得意げに笑いだした。
「ふん!この国のこと、やっぱりお魚には理解するのはちょっと難しかったかしら?魚は碌に踊れもできないでしょうからせいぜい臭いを消していくんだわ!」
キッともう一度テアを睨み、ふん!と鼻を鳴らしてズカズカと去っていく彼女たちを私たちは唖然と見ていた。
「…逃げちゃいましたね。」
「あぁいう風に馬鹿にしないと心が落ち着かないんでしょう。テアさん、無視しとけばいいんですあんなの。」
「でも私、何だか嫌な気持ちになって今すぐあの方に水の刃を当てたい気持ちになりましたわ!」
(そうだな、私も正直、シャルロッテを相手にしている時と同じくらい彼女は苦手だ…だが、近いうちに何かあるのだろうか?)
「はぁ…お姉様のそういった流すスキル、私もそろそろ必要になりそうですわ…でもそうですわね、あなた達、近々何かあるのか知っているかしら?」
テアが聞いてみるとパトリシアが少し考えた後、あぁ!と手を打った。
「そうだわ!来月末から社交パーティ、コティヨンが始まるのですわ!」
「「コティヨン??」」




