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46.お咎めなし


 「一体全体、どういうことなんです!」


 学長室に、興奮したスパイトの金切り声が部屋に響いた。部屋の窓辺には何故かメレディスが勝ち誇ったような顔でこちらを見ている。…メレディス、そなたそんなに無造作な髪型をしていたか?そして隣の男は誰だ?何故か見たことある気がするが…


 「どういうことか、さっさと説明をしなさい!」


 フーッ、フーッ!と鼻息を荒立てて声も甲高くなりながら迫って来るが、何をそんなに怒っているのだろう…門限のことだろうか?


 「門限の決まりを守らずにいたことについて怒っているのなら、すまなかったな。しかし、そんなに心配せずとも私なら――」


 「そんなことを聞きたいのではありません!!あぁ、あなたはなんて騒ぎを起こしてくれたんです!」


 「?」


 騒ぎ?何か騒ぎでもあっただろうか?私が黙って首を傾げてメレディスの方を向くと、彼女は何故か苛立っているようだった。ふん!と顔をそむけたかと思いきや撫で声で学園長に訴え始める。


 「せんせ?あそこにいるのはお魚さんよ?私たちがこぉんなに迷惑かかっていて、とぉっても頭にきている理由が分からないのだわ!人間の世界はまだ早すぎたのですわきっと。」


 「…っ、ふん!ならメレディス、お前がその常識知らずに丁寧に説明しておやりなさい。」


 常識知らずとは学園長と言うこの狭い社会の中ではトップに等しいものからの信頼の言葉を得て、メレディスは更に大げさに、厭味ったらしく私に問うてきた。


 「細かい規則違反はたぁっぷりあるわ。えぇ、それはそれは数えきれないほどに。でも、それは後回しにして、私たちを吹き飛ばしたりフレドリック様を氷漬けにしたりも!後回し!肝心なのはドラゴンよ!男を誑し込んだ上にその男が危険なドラゴンだなんて!あなたがそんな非常識なことをこれからもするなら、この学園には相応しくないとはっきり言うわ!」


 なぜ危険なんだ?何が非常識な事なのか良く分からない。私が相変わらず首を傾げていると後ろでスパイトが青筋をピクピクと震わせていた。


 「ェ…エリュシオネーさん!ドラゴンと言うのは!様々な国、殊に人間にとって極めて脅威となっている種族です!貴方達はずっと海の底にいて知らないのかもしれませんが!ドラゴンは1匹でさえ国に重大な危害を加える可能性もあります…!えぇ、昔から竜帝国は人間に不干渉ではありますが…これは…絶対に看過できません!えぇ、学園の問題だけではすまない可能性も十分にあります!」


 うむ、困った…確かにドラゴンは大きいし、昔から強い種族でノッケンメーアとも結びつきが強かった。ドラゴン一匹でも人間相手であれば軽く100人は蹴散らせることもできよう。人間が恐れるのは理解できる。うーん、ルキウスと一緒に空へ行ったのが早計であったか。…ん?そもそも学園にルキウスが勝手に来たのが悪いのでは?


 「それで、何故、そのドラゴンがこの学園にいたのか、詳・細・に!説明しなさい!」


 「彼は幼馴染だ。」


 「…!?」


 「縁あって偶然外出した時に再会してな。私のことを心配して様子を見に来たらしい。彼からの手紙が来たのに気づいてすぐに駆けつけただけで、別に呼んでもいなかったし、数日間彼がそこに居たのも知らなかった。」


 流石に恋仲になったなど恥ずかしいことは言えなかったが、これで彼らも私と親しいドラゴンと分かればそう簡単に暴れたりはしないと分かってくれるだろう。ふふん、それにきちんと私が学園に引き入れたなどと言う誤解も解いておいた。どうだ?これで私をそんな常識知らずだと非難されるようなことは…


 「な、なんてこと…」

 

 スパイトがよろよろとよろけた。そこまで衝撃的な内容だったか?


 「んまぁ!幼馴染の異性に色目を使って勝手に学園を抜け出せるように頼んだのね?!なんて卑怯なんでしょ!さぁっすが、容姿に自信を持った男誑しな人魚ですこと!学園長先生、きっとこの人魚はドラゴンだけじゃなく色んな異性を惑わせて自分の都合のいいように事を運ぼうとしているのですわ!こんなの学園の風紀に相応しくないですわ!今からでもSクラス、いえ上級の塔から追放して…」

 「だまらっしゃい!」

 「きゃあ!」


 メレディス、お前の想像力には感心するほど斜めに飛んだ解釈をしてくれているな。だが、スパイトは何故かメレディスを怒鳴った。


 「…メレディスさん、あなたは何もわかってない…1匹のドラゴンが彼女の為に、頼まれなくても学園を監視するように中に入るなどの行動を起こすような間柄だと分かったんです!えぇ、色目を使おうが使わまいが関係ありません!これがどういう意味か、貴方ならわかるはずです!」

 

 「フレドリック様、貴方であればこの状況は理解できていると思いますが、えぇ。」


 するとずっと黙っていた男は組んでいた腕をひらりと上にあげ、「十分に」と一言だけ発した。


 「では、ご婚約者の教育もなさってあげてください。」


 「それは、痛い言葉ですねー。最低限の教育は女子のクラスで受けているとして、それより上の教育については考えておきますよー。」


  フーッ、と大きく息を鼻から吐いてスパイトは私に向き直る。変に貼り付けたような笑顔が若干気持ち悪かった。


 「エリュシオネーさん、そういうことなら早く言ってくださらないと。お友達であるならば、こちらへ来るときに私へ知らせるように。それと、門限の件は今回ばかりは許しましょう、ただし!今後は気を付けてくださいね。…あと、廊下はどのような方法であれ走らないように。分かりましたね?」


 「あぁ、以後は気を付けよう。」


 「よろしい。では、今後はこういった突然の騒ぎなどないことを、期待していますよ。えぇ。さ、お行きなさい。」

 

 スパイトはそう頷いた後、私だけを放流した。実質のお咎めなしだろうか。ドラゴンの存在が後ろにあると分かった瞬間のあの鰭の返しようは滑稽だったな。やはり竜帝国との同盟は人間に対しては大きな効果を発揮しそうだということが分かっただけでもお説教を聞き流した甲斐があったというもの。


 そういえば、妹たちにまだ報告できていなかったと思い出した私は、海の部屋へと脚を急いだ。


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 学園長室にはまだ納得いかないというようなメレディスがスパイトに問い詰めていた。


 「あ、あんまりですわ!幾ら魔力が高く王族だからと言って、相手は人間ではない魚の種族なんですよ!そりゃあ、ドラゴンは恐ろしいですけど、だからと言って実質お咎めなしだなんて納得がいきませんの!本来であれば人魚なんて水槽にでも監禁していれば良いのだわ!」


 「メレディスさん、言葉に気を付けなさい。彼女が人魚の姿で駆けつけた時、風圧で何人もの生徒が吹き飛ばされたと耳にしました。彼女の魔力量は私たちが思ったよりはるかに高いようですよ。彼女一人でも厄介な存在なのにその後ろにはドラゴンと来たものです。…下手に対応するとこの学園はおしまいです…!学園だけで済めばいいのですが…。あなたも公爵令嬢という高位な立場に居るのであれば、もっと視野を広く!上手に生きねばなりませんよ。この先、今までのように人間が他種族を隷属できるような時代ではなくなるかもしれないのですから…。」


 スパイトの肩は震えていた。これからの将来を思い恐ろしくなっているのと同時に、公爵令嬢であるにも関わらず自身の優位性にこだわり全く状況が見えてなさそうな彼女に半分怒りを覚えていたのだ。


 「あっ…いえ、私は…そんなつもりじゃ…あ、なら、尚更彼女をこのまま学園に置いておけませんわ!そんな危険な存在なら、何処か別の国に預かってもらった方がリスクは少なくってよ?」


 「フーッ、そうできたら確かに楽でしょうが、そんなことをして彼女が隣国のデュファルジュ国やパヴァーヌ公国に流れた場合、その人質価値、影響力も含めてすべて隣国に流れるでしょう。今、エルメンタ王国はこの数百年どの国もが得られなかった「海の利権」が彼女たちを人質として囲うことで、そして第2王子が人魚の国を乗っとることで得ようとしているのです。海に進出することでエルメンタ王国は今までにない発展を遂げられると王は確信しています。その点を、貴方ならとっくに理解していると思っていたのですが…」


 チラリとメレディスの方を見ると、彼女は恥ずかし気に顔を俯いており、フレドリックは何か難しい顔をしていた。

 そしてもう一ため息をついた後に部屋の隅にある太い紐のような呼び鈴を引っ張った。


 「モーリー!モーリー!」


 肘をトントンと指で打ちながら待っていると早足で歩いてきたであろう、息を切らしたモーリーが扉をノックした。


 「お入りなさい。」

 「何か…お呼びでしょう」

 「お呼びでしょうとも!!」


 スパイト学園長はかなり気が立っていた。少しの所作をも、今は彼を苛立たせるには十分な要素だった。


 「何故呼ばれたのか、わかっているんでしょうね?えぇ」


 機嫌悪く問い詰められた彼女は罰の悪そうに答えようとするとき、メレディスと目が合った。

 メレディスは気まずそうに顔を逸らすことでモーリーは自身が責められる立場であることを確信した。


 「あのぉ、人魚たちの件でしょうと…ただ、私は…」


 「私は、何です?!あの飛び魚たちをどうにか大人しく管理させとくのがあなたの役目でしょう!?極力好きにさせときなさいとは言いましたが、あそこまで好き勝手されては学園の秩序が乱れます!!」


 「お、おっしゃる通りです…!しかし、私はあの時授業の…」


 「それが何です!授業に1週間も出ていないのであればきちんと目が届く場所で休ませるなど方法があったでしょう!えぇ!本当に、部屋を海にしてしまうわ平気で空を飛びながら生徒を吹き飛ばすわ、ドラゴンと親交が厚いわ、あの白い子は特に!注意が必要です!」


 わなわなと震えている彼の手は、怒りや恐怖で汗がにじみ出ていた。


 「とにかく!この学園はあの人魚だけでなく他の国の留学生であるご令嬢やご子息、それに王子であるフレドリック様やメレディスさんを始めとしたこの国の重要な貴族のお嬢様も沢山預かっているのです。えぇ、くれぐれも、他の生徒さんたちに危害が無いように!もし今後危害が起こりそうな状態が発生した場合、減給です!えぇ」


 「そ、そんな…!」

 

 「さ、お行きなさい!フレドリック王子様、メレディスさんも下がって結構です!」


 げんなりするモーリーと、不満げなメレディスを慰めるフレドリック達は静かに、ただし速やかに出ていった。


 人魚のあまりの突拍子もない行動を抑えたいが背後の力や彼女自身の力の大きさに大した対策が出ないのも事実だ。こうして周りに当たり散らすように言わなければ彼の気は晴れなかった。

 ただ、今回を機に力が大きい方へ依怙贔屓するスパイト学園長の贔屓先は、人魚の方へ傾いていたのは確かだろう。


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 海の部屋に戻り妹たちにルキウスとのことを報告すると皆自分のことのように喜んでくれた。ウータやウーテは嬉しくて高速で部屋を泳ぎ回り、ヘラとテアはこれからデートの妄想に耽り、フリーダとララはルキウスを始末するのではなく私を泣かせないか監視する方向に決めたようだった。侍女のアメリアは「姫様ぁ…本当によかったですねぇ…竜帝国まで私はお供いたじまずぅ…」と、普段はなかなか見ない泣きっぷりを披露してくれた。


 同盟の盟約書はすでに空でサインしてきたため(なお、名は私とルキウスの個人だが)、ドロテアにそのことを急ぎ伝え、反アデリナ派の者にも知らせるよう伝えた。これで幾分か、彼らも大きく動くことができるだろう。


 そんなこんなで色々起こった1日を終え、もはやいつも通りと化した学園の授業を受ける日々に戻っていった。

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