45.無我夢中で
いつも読んでくださりありがとうございます!
気長にお待ちいただければと思います。
あれから学園に戻ってからは少し寝込んだ。不調は不調だったのだが、初めて受けた異性からの好意とやらに頭がぐじゃぐじゃに弾けそうになっていたため、そのまま少し海の自室で引きこもってしまっていたのだ。
それだけじゃない。ドロテアから連絡が来て話をしてみれば、ノッケンメーア内部が分断されていると来て、それも私の頭を悩ました。今まで大守護結界は難なく維持してきたし、魔力効率が良ければ少なくとも100年は持つくらいの魔力の貯蔵だってあったはずなのに、シャルロッテが代わりに張り直しをする度に貯蔵は大幅に減り、結界の効果も弱くなっているとか。シャルロッテ、一体どんな魔力使い放題みたいな使い方をしたんだ?それで地方海は水魔の侵入が始まり、襲撃や瘴気の影響で既に荒れ果てた領海もあるとか。
今まで私のことを災禍と言っても肯定はすれど庇いはしなかった臣下たちは疑問を持ち始めたことで私のことを再び担ぎ上げようとしているらしい。特にライラのお父様はこの件に関してお怒りだとか…。ドロテアによると、彼は私が暴走を起こした後も気遣って玉梓歌を送り続けてくれていたらしい。その歌、この500年は来なかったのだが…誰か握りつぶしたのだろう。とにかく、ライラのお父様はライラを失っても尚、私を支持しているどころか、娘のように想ってくれていることに締め付けられるような痛みとともに嬉しくもあった。
私が陸へ出たのは人間の手から我が国を穏便に守るためでもあるのだから、無論力を貸すことは当然だと彼女に告げた時、彼女はうら悲しそうな、でも安心したような顔で分かったと言った。
今度連絡するまでに、何処まで力を貸せるのか、海での私の影響を水面下で強くするにはどうすればよいのか考えねばな…魔力を大々的に使えば幾らドロテアと私の魔術で隠してもアデリナ達にはバレるだろうし…。
えぇい!そんなことより、私はまだルキウスとの問題が残っているではないか!まだ確約ではないが、竜帝国が同盟相手になってくれるかもしれないのは嬉しいことだが、それ以上に、ルキウスが…あのルキウスが私を好きだと…?好き…?友人と言う意味では、ないと思っていいのだろうか…?
私のことを好いていたとは年齢を重ねるにつれて、薄々感づいていたように、思う。ライラが良く海の中でルキのことをどう思っているかよく聞いていたし、いつも向けられていた熱い赤い視線は友達以上のものかもしれないと。ただあの時は純粋に3人で遊ぶことの方が楽しく、男女の仲がどうとかは興味もなかった。幼かったんだ。でもルキの目は昔の熱さ、いや寧ろそれ以上に熱を帯びていたように見えた…。
(あわ、あわわわ…これは、勘違いしていたらとてつもなく恥だ。そうだ、彼は竜帝国の者としてノッケンメーアに対して協力するという、そういう意味であの時は言ったんだ!私ったら、何を…)
(…そうだ、今の無表情で、災禍だと忌避されてきた私に、そんな好意を受ける価値などない…)
どうしようか…、いや、どうもこうもなくさっさとルキウスに連絡せねば…同盟の話もざっくりとしか進んでないし…と海の部屋の隅であーでもないこーでもないと右往左往していたら、ぐんっ!と左手首が急に引っ張られた。
ヘラとテアが手を握ってきたのだ。
「お姉様!いつまでそんな惚けていらっしゃるの!もぅ、皆さん心配しているのよ?もうかれこれ1週間この調子じゃないの!」
「姉様、流石にそろそろ外に出ないと…あと、肝心の彼の方からの手紙は返事はおろか、読んでもいないようだけど…?」
若干引き気味に言うヘラにハッとなって初めて後ろにあるサンゴの机を見た。そこには1日何通書いたのだと思うほどに大量の手紙が積まれていた。
(あぁ~~~)
思わず頭を抱えて海底に埋まる様に縮こまった。
(やってしまった~~~!)
大声を出したい気持ちでいっぱいで、精一杯頭の中で叫ぶ。そんなことだろうとため息をつきながら上からヘラが言う。
「姉様、考え事するとき基本的に何も聞こえないし見えなくなるからね。今回もそういうことだと思ってそっとしておいたけど。アメリアが毎日手紙を置くたびに呼び掛けてたのも気づかなかったでしょ?まぁ…気持ちは分かる気がするよ。…愛の…こ、告白なんて…。」
(ヘラやめてくれ、そんな羨ましそうに頬を紅潮させてみないでくれ。)
「愛の~」「告白~♪」
(ウータ、ウーテ、頼むから茶化さないでくれ…)
そうはいっても、その反応が面白く感じる悪魔の双子姫はそれからも「素敵な~漆黒の竜が~姉さんに求愛した~」と作り歌を歌いながらキャイキャイと部屋を泳ぎ回る。
「でも、皆が心配しているのは本当よ。」
テアが苦笑しながらララとフリーダの背中をそっと押した。二人とも心配そうに私をのぞき込んでいて、そこで初めて私は普段通りの冷静さを取り戻したように思う。
「お姉様、あの日はお日様が強すぎてお体崩されてしまいましたし、その後はあのいけ好かない男のせいで頭を悩まされているし…ララ、何かできることはないかってずっと考えていたんですわ!」
「そしたら、ララったら、あの男を始末したら良いんですわ!って、言ってたんです…。あの、私も、まだ全然強くないのですけど、始末のお手伝いなら、頑張ります!」
何をどうしたらそういう発想になる…。
「私たちが幾ら言っても、ララの暴走っぷりを抑えることができないのよ。困ったことにフリーダも影響されてるみたいだし、お姉様がしっかりしてくださらないと、この可愛いおチビさんたちがお姉様の大切な人に何かしちゃいそうで心配で…。」
(心配とはそっちの方か!…だがこんなに余裕そうなヘラとテアの顔を見るに、さてはわざと止めていないなそなたたち)
ジトリと視線を移すと、ヘラとテアは仲良く同じ方へそっぽ向いているではないか。やれやれと、ため息をつきながら、
(ララ、フリーダ、始末するのは一旦止めだ。)
と念じながらポンポンと2人の肩を叩く。どうやら、私が「少し」長く考え込んでいた為に妹たちを不安にさせてしまったことには違いない。それに…
私はチラリとサンゴの机の方へ目をやる。昼でも少し暗くなりがちな海の部屋で、文字が見やすいようにと宮からわざわざ持ってきた柔らかな光を発するあの机の上に目立つように丁寧に手紙が積まれてある。私は一刻も早くアレを読まなければならない。今読んで返事を書いたとしても、遅すぎるだろうか?今、私は猛烈に自分の周りが見えなくなる癖に対して責めたい気分だ。何故あんな分かりやすいところのものを見ようとしなかったのか…。
先ほどから心配気に、しかし静かに隅で待機していたアメリアが私の意向を察してサッと手紙の一山を持ってきてくれた。
「姫様、とりあえず、一番新しいものから読むのはいかがでしょう。」
コクリと頷き、言われるがままに一番上の手紙を掴む。読みたいような、読みたくないようなそんな気持ちでゆっくりと開ける。
”ー最愛の人魚姫
あれから1週間が過ぎたね。体調はどうだろうか?こんなに手紙を送ってすまない。負担だったら、一言伝書役の小僧に言ってくれ。ただ、君のことが心配でつい焦っているのかもしれない。――――――また、今日も例の場所で待っているから、もし体調が良くなって、気が向いたなら来てほしい。それじゃあ
L.オクタウィウス・トゥリヌスー”
(ん?「例の場所」ってなんだ?)
「あのドラゴン兄さん、いっつも人間が空中を泳ぐ…えっとなんだっけ」「飛術~」
「そうそれ!それをやってた中庭?だっけ、その近くの一番大きな木の下にいるよ~」「この間も見た~」
(何故それを早くに言わない?!)
「いっつも言ってたのに~」「シオン姉さん聞こえてないみたいだったし~」
あぁ、何と言うことだ。じゃあ、ずっと彼は待っているということなのか?
「…これが届いたのは、いつだ?」
「一番新しいこちらは、今朝です。」
アメリアがこちらを見て力強く頷く。まだ、時間は日の入り前なはず。窓から外を見ると、フリーダの髪色のようなオレンジ色に染まりかかっていた。急いで行かねば。…あ、でも、
「何を弱気になっているのよ!恋愛語りが大好きな私をがっかりさせないでお姉様!」
バン!と背中を叩かれた。地味に強い。
「姉様がそう言ってくよくよするのも理解できるけど…恋は当たって砕けろ!ってね」
ヘラも背中をドンと押していく。…何だか扉の方へ押していないか?
「いっそげ~いっそげ~!」「行かなかったら、あのお兄ちゃん可哀そう~」
うぐっ
「お姉様!行かないのであればやはり始末ですわね?!」「し、始末、しますか?!」
それはいかん!
「姫様」
なんだ?!
「もしかしたら日没前に戻ってしまうかもしれませんし、聞いたところ数々の人間の令嬢が既に言い寄ってきているとか…」
それはもっとだめだ!
考えも何も置き去りにして私は部屋を飛び出していた。すれ違いざまに専属侍女のマーサに「そんなに慌てて泳ぎなすったら、危ないですぇ~!」と言われた気がするが、後で謝っておこう。
とにかく急いで泳いで寮を出て、中庭の一番大きな木を探す。
申し訳ないが、邪魔になる者は魔力で吹き飛ばし、妨害の魔法をいたずらにかけようとする人間のオスには氷のように固まってもらった。
「あぁ!フレドリック様ぁ!」
「きゃあああああ~!なんで人魚が空を飛んでるのよぉおお!」
「ここは中庭の外よ~!」
…何人か、見知った者が吹き飛ばされていたがそ奴らには後で詫びを入れよう。今はそれどころではない。
自身が風を追い越すように泳いでいた時、大きな、綺麗な黄色の葉を付けた木の下に真っ黒の人がいた。その周りに女生徒が何人か物陰から見ていた為、威圧するためにも追い越してきた風をすべて持ってきて
ドォン!
と地面に叩きつけるように周りに広げた。…何本か木が折れたと思うが、そこも詫びておこう。
「…っ!」
強風を腕で遮った後に見えた、赤く輝く目を大きく見開いた顔はやはり端正な顔だちで、何故か最後に会ったときより心の臓が痛くなった。
ふうぅう、と急いできたために長めの息をとる。相手が固まっているため、こちらから声をかけてみようか。
「…っシオ、ン?」
何故疑問形なのだ?私を、待っていたのではないのか?と言うかやめてくれ、その上目遣いは反則だ。
「すまない…あ、頭の整理をしていたら、そなたからの手紙が来ていたことに気付かなくて…急いできたんだ…。」
一瞬間を置いたのち、赤目のきりりとした顔は一気にふにゃっと崩れて膝から落ちそうになったので慌てて支えた。今は私の方が体が大きいし浮いているためか、腹のあたりにルキの頭があって、何だかくすぐったい。
「良かった…てっきり、俺は嫌われたのかと…あと1日君が来なかったら、何が何でも君の部屋に突撃していたかもしれない…。」
そして、改めて向き直ると彼はまじまじと私を見た後、頷いて言った。
「とりあえず、何処か行こうか。その前に、どうやってここまでその姿で…いや、何もかも話すにはここじゃまずいな。」
彼の視線を辿って見れば、先ほど吹き飛ばした者以外の人間がわらわらとこちらの様子を伺いに集まりだしている。
「じゃ、一緒に行こうか」
言うや否や、彼は半分竜と化し、私を抱えた後は大きな翼で学園を飛び出していった。
日がすっかり暮れた雲の上、ルキウスは完全にドラゴンとなっており、その大きさは10メートルは行くだろうか。大きく成長した幼馴染の背中に乗った途端に感慨深さを覚えた。
「昔は…私より小さかったのに…」
ぽつりとつぶやいた一言は彼にもはっきり聞こえたらしい。
「シオンは、昔よりもっと綺麗になったね。」
何処からそういうお世辞を学んできたんだ…全く。
「それより、人魚の姿のままで苦しくない?水から離れて随分経ったと思うけど…さっきも驚いたよ。まさか人魚の姿で空を泳いで突進してきたんだから」
あははっと笑いながら彼は話す。
「どうだったんだろう…そなたから手紙が何通も来ていたことに気付いた瞬間、焦ってしまって、どうやったかは分からないけど恐らく自分の周りの空間を文字通り水中を同じだという概念を一時的に植え付けたんだと思う…無我夢中で何が何だか分からないけど、できてしまって、今も普通にしていられる。」
ひょい、と見えるように鰭をパタパタ、手をヒラヒラさせていると、はぁああ、と低く深いため息が聞こえた。
「シオン、君って本当、規格外な存在だよ、色々とね。昔っから生き物を生み出したり操ったり…本当、神様でもないとそんなことできないんじゃない?」
「ふふっ、馬鹿を言うな。私が神であるなら、末妹に海を追い出されるなど情けない状況にはならないだろう。それに、神であればこんなに気軽に色んな者と話すこともできないだろうな。そしてルキ、お前とも…」
言おうとして顔が熱く硬直してくる。これが、恥じらいと言うものだろうか。でも、キチンと言わなければならないと思って、
「ル「シオン」」
…重なってしまった…でも、ちょうどよかった。こういう時、中々切り出すのが難しい。
「ご、ごめ!でも、これだけは聞きたかったっていうか、確認しておきたかったというか、!」
大きな黒竜が、あの頃の小さなドラゴンのようにオドオドしているのを見て、少し余裕が出てきた。
「―聞いていいかな?その、君の答え。同盟は同盟で別で結ぶとして、俺と、俺の、婚約者になる提案…。」
なんだか、あの頃のルキと一緒だと思うと何だか可愛く思えてしまって、つい「…ふはっ」と軽く笑いが沸き上がった。
「…あぁ、だが、私はこういう気持ちを向けられるのも、抱くのも初めてで…そなたが期待するような私でいられるか…これが恋なのかはまだ分かっていない…そんな私で良いのなら…」
「だったら最高だよ!君の初恋を俺が独り占めできる権利を貰うようなものだよ。全然問題ないし、俺は「シオン」が好きなんだ。最初は政略でも、形だけでも構わない。絶対いつか、君が心から振り向いてもらえるようずっと努力すると誓うよ。」
食い気味に、しかしその発せられた声色に真摯さが色づいた言葉に、私はまた心の像が締め付けられた。
「…くく、…や、…やったああああ!」
小刻みに震えたかと思いきや、思い切り咆哮を空へ打ち上げながらルキウスは叫んでいた。そうしてはしゃぎながら空を飛ぶ彼と、私は暫く話しながら空の初デートを楽しんだ。
ノッケンメーアの現状、竜帝国の援護の可能範囲、私たちの気持ち、エルメンタへの対応、人間に対する気持ちなど、話は朝まで続き、私たちの結託は一層強く結ばれた気がした。
尚、ライラの色に染まった朝焼けの帰りを楽しんでいたら、顔を赤くも青くもしているスパイト学園長が待ち構えていたのが見えたーー。




