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44. エルンストの憂鬱 その3

 ニヤリと不敵に笑ったその老女はコツンコツンと大黒蝶貝で作られたと見える長い杖を支えにゆるゆるとその黒い古代魚のような尾鰭を振りながらヴュステ、そしてウルリッヒ、ウッツ、ウーヴェの順にじろりと見つめた。

 

 「お、おいあれ…」

 「あぁ、教書の中でしか見たことなかったけど、絵の通りに曲がった鼻、曲がった尻尾、見た目…あれが重大な犯罪人の――」

 「その犯罪自体も、でっち上げだ。アデリナ側が仕組んだ、な。」


 ハインリヒとエルンストが隅でひそひそと話していると、後ろからディ―ターが彼らの肩に手を置いてきた。


 「お前たちの教育が歪められてきて、その認識が誤ったまま何もできなかった俺たち大人も非があるが、今話していることは真実で、お前たちの教わったことは捻じ曲げられた偽りと言うことを頭に置いておいてほしい。」


 ディ―ターはそれだけ言うと、手を放して他の隊長たちの元へ行った。

 次々と現れる大物に驚きと興奮がエルンストたちを掻き立てたが、彼らの好奇のめを目敏くドロテアは見つけ、やれやれと言うように話し出した。


 「私が犯罪者として今も幽閉されている、その罪が全てでっち上げとはいかないが、もうかれこれ500年経っているのさ。経緯を知らない若造がここには多そうだねぇ。」


 「…左様であったな、ドロテア殿。ここの若者たちは最近我らの同胞になりえるやもしれなぬと思い今回引き入れたのですじゃ。彼らの為にも、今一度国中に、主に首都に広まっておる一の姫様の悪評とそれに関わる無実の優秀な人材が酷い扱いを受けているということを知らせておかねば。」


 ディ―ターはエルンストたちを見やり、くいっと顎で合図した。良く聞こえるように前へ出ろと言うことなのだろう。

 同時に、交代を終えた残りのディ―ター隊の2人の若手もこっそり入ってきたため、彼らも一緒に前へとディーターは押しやった。


 「正妃様がお姿を隠されて1000年、一の姫様が魔力暴走を起こされてから500年程の時が経った…正妃様のお力が弱くなったとみるや、何処からきたか、アデリナと言う一人の女が南洋のブリッツェン、西洋のオツェアーン、北のノルデン、西南のライデンシャフト、北西洋のショームの領主やその婦人を次々と抱きこみ、王へと近づいた…。」


 ウルリッヒは何も知らされていない純粋な若者たちに語り聞かせた。


 「王は正妃様を愛されているが故、例え側室であっても新しく妃を迎えるつもりはないとはっきり言っておったのが、アデリナについた諸侯の海の領主の声がしつこく、更に一の姫様まで人間が起こした悲愴な事件の為に心を痛め、100年も眠りについてしまわれては、流石にお心も変わってしまったのかもしれん…。とにかく、諸侯の娘とアデリナを側室に迎えることにした王は一の姫様に対する関心を月日が経つごとに失われていった。以前は一の姫様の悪い噂が流れぬよう尽力していたのが、今では看過する一方。おかげで、一の姫様の存在を疎ましく思っていたアデリナとその娘、シャルロッテ殿下に好き放題されても何もお咎めはなく、居てもおられぬ者どもが忠言をすれば下手すれば処刑されるような状態じゃ。」


 「…バカバカしい!!身元も知れん女が正妃を気どり、真たる正妃の娘を貶めるなど、思い上がりも甚だしい!それを許す王もどうなのか…!」

 

 ライラの父であるジーモン・ヴュステは後ろで腕を組みながらあきれ果てる。それを横目に見たエルンストたちは確かに、と疑問を抱いた。自分たちも若いとはいえ一の姫様と同じくらいか若干若いくらいの人魚であるはず。一の姫様の立場や重要性を知っていて当たり前だったはずなのに、どうしてこうも軽んじることができたのか。そこが不思議だった。


 「言ったはずだよ。この件には裏があるとねぇ。」


 ドロテアがジーモンの肩を叩く。


 「彼女がここまでのし上がったのは、彼女がそれ相応の出身だということだよ。」


 「馬鹿な!彼女が何処の生まれかも分からぬというのに?彼女自身、それを明かさぬのだぞ!」


 「まぁまぁ、落ち着いてくだされ、ヴュステ卿。」


 ウーヴェがこれで落ち着けとばかりに濃厚なタコイカスムージーを進めてくるが、ヴュステはそれを軽くいなした。


 「ドロテア殿はただこの日の為だけに呼ばれたのではない。我ら3人衆の密命により、密かにこの件について彼女の見解を聞こうとここしばらく王宮を調査してもらったのでな。」


 ジーモンがフス―ッと鼻息で大きくため息をついた後、「では、聞かせてもらおう」と言いその場のひじ掛けにドッカと座った。


 「直接会って分かったけどねぇ…これは信じがたいことだろうけど、彼女の存在自体が、正妃の一部と言ってもいいのかもしれないねぇ。」


 「「んな…?!」」


 驚きのあまりに場が静まり返った。エルンストたち若手騎士たちも、何が何だか分からなかった。


 「私は長い間この王国に身を捧げてきてねぇ…王宮魔術師と言われ活躍するようになったきっかけが正妃様だった。私たちは仲が良くてね、この王国が始まる前から話し相手として過ごしていたんだよ。その私がまず感じたのは、魔力が全く同じものだったんだよ…アデリナの魔力には邪悪さがあったが、あれは正妃様…彼女の者と同じたっだんだよ。…恐らく、現在正妃様がお休みになられている場所で何らかが彼女の強すぎる魔力や思念に充てられて変化したものなんだろうねぇ…。」


 「ちょっと待てください、ドロテア殿、色々と確認したいことがあります。」


 結界警備隊のリアムがテカテカの脂汗を更に垂らしながら声を上げた。


 「アデリナと正妃様の関係そのものも驚きに満ちておりますが…そもそも正妃様が現在どこに居られるのか…生きていらっしゃるのかご存じなのでしょうか?!」


 「知ってはいるが、教えられないねぇ。彼女の眠りは誰にも妨げさせることはできない…それに、色々訳ありだから今まで黙ってたのさ。愛弟子の一の姫が知っても悲しむだけだろうしねぇ…色々あるんだよ。」


 この発言を皮切りに、ざわざわと一気に場が再び騒ぎ出した。それもそのはず、今まで正妃を一度も見たこともなかった、存在だけが両親や祖父母から聞かされていたものもこの場には多く、1000年も音沙汰もないのであれば亡くなっているのかもしれないと半ばあきらめている臣民もいたからだ。正妃様がどこかでまだ生きておられるという情報だけで、何割かのベテラン騎士や隊長達は活気づいた。


 「正妃様が…あのお方がまだご健在だとは…。」

 「だがお眠りになられているというのは…」

 「身罷られるよりかは遥かに良い。それにアデリナを追い出す正当な理由にもなるかもしれんぞ。」

 「あぁ!ようやく良い知らせが一つ聞くことができたな!」


 「…だが、あの正妃様の一部がアデリナ様と言うのがどうも信じられん…。」

 「それに、正妃様に劣るとはいえやはり強い力を持っているとなると我らだけでどうにかなるものか…」


 浮ついた発言をするものが多いなか、一部の騎士たちからは不安の声がでる。それは、ヴュステも同様であった。


 「その通り。幾ら正妃様の一部とはいえ、曲がりなりにも正妃様の力を持っているならば力づくでは勝てないと考えねばなるまい。」

 

 それに対しドロテアはヒヒッと笑う。


 「お察しの通りさね。更に言うと、彼女の魔力は幻惑に長けているようだ。彼女が行使する魔術には幻を見せたり、精神干渉するものが主だとおもうねぇ。ついでに言うと、王はもうかなり精神が侵食されているようだねぇ…それはもう、皆ももう気づいているくらいに違和感を隠せないまでに。あれはかなり強めの魔術を何度もかけられている証拠さねぇ。あの王が一の姫を蔑ろにしてされるがままなのは、つまりそういうことさ。彼はもう既にアデリナの手駒になり果てた…魔術を何度も行使されてはそう簡単に元に戻ることはできないだろうね…。」


 「何と…!」

 「王はもはや……っくっ…!」

 「簡単にとは、…では、元に戻せる可能性もあるということか?!」

 

 「正妃様がお戻りになればあるいは…いや、今は到底無理であろう…アデリナを物理的に排除できれば越したことはないんだがねぇ、肝心の王自身がほとんど精神を支配されているからねぇ…諦めたほうが良いだろうねぇ…何にしろ、現状の我々では到底元には戻せないであろうよ。」


 「アデリナを強制的に引き剥がす術はないのか?」

 

 ヴュステが食い気味に聞くが、彼の周りの騎士たちは首を振るばかりであった。


 「…希望は…薄いな…。」


 重々しく、今この場にいるすべての者が考えているであろう言葉を、ヴュステが口にした。どこかで眠り続けている彼女を唯一この場で知っているドロテアが「訳あり」として起こせないとなっては、自然に起きて尚且つ宮殿に戻ってきてくれなければならない。


 「だが、これ以上王の精神を蝕まれないような手立てはあるだろうか?」


 ディーターが意を決したように立った。


 「できれば、これ以上アデリナ達のワガママ振り回されて大切な部下たちを失いたくは無い…。先ほど騎士団団長、他の隊長や師団長らが報告していたように、アデリナらが好き勝手している弊害が続出している影響は、あまりにも大きい。アデリナやシャルロッテ殿下らが気分を害した際には即行処刑され、近衛騎士団の人員は日々減る一方だ。これでは最低限の護衛や見回りでも手が回らなくなる可能性だってある。…人間が宮殿を我が物顔で歩く今、この状況は望ましくない。」


 そうだそうだ!と、ディ―ターの部下たちが盛り上がる。無論、エルンストやハインリヒも同調した。


 「一の姫様がいらっしゃれば…」


 ぽつりと誰かが零した言葉に、辺りはしんとなる。誰もが、その言葉を言いたくて言えずにいたのだ。ドロテアはため息をついた。


 「やれやれ…お前さんたちは自分たちであの子を追い出す状況を作り出しといて、そんでもって困ったら、やっと自由になり始めている彼女に縋るのかい?何処までも自分勝手だねぇ。」


 発言した人魚はハッとし、俯いた。言う資格は、彼らにはない。ヴュステも複雑な表情を浮かべる。


 「かといって、彼女が力を貸してくれるならそれはそれで色々希望は見えてくる。彼女が一番魔力が高いだろうから、大守護結界シュッツァー・アドヴェント・バリエーレも張りなおすことは容易だろうし、王の精神侵食を完全に止めることもできるだろう。どうやら、近頃人間どもはこの国の至る所に視察と言う名の偵察をしているし、どでかい軍事用らしき船まで常駐するようになってきな臭いったらありゃあしない。この国を色んな危険から守るためと言うなら、あの子の力はどうしても必要さねぇ…。」


 辺りをゆったり、そしてぐるぐると泳ぎながらしわがれた声でつぶやくドロテアの姿の不気味さに周りはたじろぎながらも希望の光を目に宿していた。ドロテアの次の言葉を待つように全員が彼女の方を見ていた。


 「…よろしい。私が彼女に何とか言って、力になれないかと声をかけてみよう。…ただし!彼女が断ったとしても、それは彼女を責めていい理由にはならない。私たちが彼女に500年間した仕打ちの報いだよ、それは。」


 一瞬わぁっと歓声が湧きたったが、その後のドロテアの釘指しに辺りは再び神妙な顔になった。力になるかは今までの自分たちの彼女に対する態度次第、と言われてしまっては、期待できる見込みは限りなく少ないと思う人魚たちがほとんどであった。


 「だが、これで大まかな方針と、希望は見えました。」


 ディ―ターが安堵した声で水の流れを切るように話した。彼はこの集まりの中では近衛騎士団隊長と、比較的位は低くはあるが、上司・部下幅広く好かれる人柄であるため、こういった重苦しく下の位が話すには勇気がいる場でも率直に話して受け入れられるのだ。


 「もし、一の姫様が何らかの形であれお力になってくださるのであればそれは願ってもないこと。我々の状況を打開する切り札になりましょう。もしお力になることがないとしても、今日、これだけの人魚が集まったのです。これだけの者が現状に不満を持ち、何とかしたいと思っている。それが分かっただけでも現場の私たちには嬉しいことです。ですから、そこまで悲観しなくても、まだ私たちにはやれることがある、そう思います。」


 この言葉に、皆が頷いた。そして、神妙な顔つきから目に光が宿り、意を決した表情に変わっていく。


 「一、アデリナを物理的に王様から離すこと 二、対人間への警戒 三、一の姫様の協力要請 この3点において、我々は今回まとまったと思う。アデリナに関しては我ら大臣と文官幹部、それと近衛騎士団団長のゲルルフで話し合おう。対人間に関しては我らと軍幹部の全員と改めて対策を練りたいのう。一の姫様は、すまぬがドロテア殿、お一人でも大丈夫かね?」


 古株の長であるウルリッヒがまとめ、全員が納得した。ドロテアは彼の目をみて、ハッキリと頷いた。


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