41.市井での再会Ⅴ
今回はルキウス視点です。
「俺は…君の記憶を消した張本人なんだ。」
もしかしたら嫌われるかもしれない。でも、もう隠し事でシオンの心を裏切りたくはない。懺悔と謝罪の意を込め、頭を下げたが、彼女からは何も言葉が発せられなかった。俺を見据えた彼女の瞳からは感情が垣間見えなかった。
それでも俺は全ての経緯と、今までの俺自身が知っているあの魔力暴走から鎮静までの流れを話した。彼女には知る必要があると思ったからだ。
500年前、自分が未熟だったばっかりに彼女の大切な親友を守れず、彼女を暴走させてしまう事態になってしまった。挙句の果て、人間に傷を負わされた俺は1か月自国にて療養が必要だった。意識が戻った時、シオンが魔力暴走を起こし続け、天変地異で周辺の国の気候が住める状況にない状態だと聞かされた時は驚いたが、暴走を起こす理由も納得できたから臆病な俺はシオンが落ち着くのを待っていただけだった。
それが更に3か月、半年、1年と経っても落ち着くどころか、魔力暴走と彼女の泣き声が一つの音律を形成し大魔法と化していて、彼女自身の存在も魔法に捉われ消えかねないということを様子を見たときに察した。幼い竜でも、自分は力のある竜として生まれたから感覚で分かった。
人魚の王もそれは分かっていたらしく、どうにか娘だけでも無事に助けたかった彼からは彼女の「記憶」を封印することを、魔力暴走から4年後に依頼された。
竜の中でも特に力の強い竜とされる黒竜は、全ての竜を統べる能力のある覇竜の資質を生まれながらに備えている上に、竜の種族は他者の心や記憶を操作する能力が高いものがいる。それを見込んでの頼みだった。
大人の竜に人魚の王が頼めなかったのは、私的な理由によるものだったからだ。
本来シオンがこうなった原因は人間にあったため、最初はどの種族も人間を糾弾し、人間に解決を求めていた。しかし、当時の人間如きの魔法や技術では到底彼女の大規模な嵐を止めることはできなかった。天変地異をもたらす魔力暴走は一向に収まらず、次第にその天候の変化は他種族の周辺国家、同じ人間の他国にまで及んだ。
大陸の南西部はほとんど作物すら実らなくなっていった。潮が大量に巻き上げられ、雨にも混じり、広範囲にわたって作物の塩害が起こった。日照りもなく、特に近い地域は10年ずっと大雨で大地が抉られるように潮を含んだ水が雨川によって削られた。エルメンタ王国や周辺地域を支配していた古い人間の国は崩壊し、言わずもがな人魚が襲われた地域の人間は一人残らず海に飲み込まれていったそうだ。
無論、竜やエルフ、獣人はこの魔力暴走から起こる災害を抑えようと生き残った手練れの人魚たちと最初は何度か試みたが、どれも近づけずに失敗に終わった。それほどまでにシオンの魔力の密度は濃く、彼女の感情は悲愴と憎しみ、怒りで満ちていて、それが魔法暴走に全て反映されていたのだ。
3年経った頃には、助けるよりシオンを討って天変地異を鎮めるのが望ましいという空気に多くの種族が傾いていた。竜の大半も、シオン討伐に賛成していた。
だから俺に、人魚の王は父として一縷の望みをかけたのだろう。だが、記憶を封印するということは俺自身と過ごした記憶も忘れてしまうということ。当時からずっとシオンを慕っていた幼い俺には承服しかねることだった。
それでも、彼女がこのまま魔法と共に消えてしまうくらいなら、討たれてしまうなら、ずっと辛い記憶に苛まされているくらいならと、俺は引き受けた。彼女を、シオンを海で必ず幸せに過ごせるようにと人魚の王に王として、父として約束をする代わりに。
全ての記憶を封印するのではなく、一部の封印はその記憶の持ち主の詳細な記憶を把握し、コントロールする必要があるから習得するのに3年以上はかかった。大好きな彼女に禁術ともいわれる魔法を使うのだから、失敗しないよう何体も囚人を使ったり人間に対して使用して実験を繰り返した。
魔力暴走から凡そ10年後、完璧に使いこなせるようになったその記憶操作をシオンに施した。
「…これが、全部詳細までって言わないけど、俺が君の記憶を封印したってことは事実だよ。恨んでくれても、良い。」
話し終えて再び沈黙が走る。お互いが並んでベッドに座り、どこを見つめるでもなくぼんやりと見ていた。
体育座りをしていたエリュシオネーが、静寂を切った。
「…そうか…、お父様が…」
彼女の表情は分かりにくいがどことなく安堵しているようだった。
「これだけは誤解しないでほしい!俺は、俺と君のお父さんは君がまた海の中で幸せな生活に戻ってほしいと、それを願っただけだっただ…。君の親友の記憶をも封印してしまったことは許されることではない…けど、そうでもしないと、君ごと魔力暴走消滅とともになくなる可能性だって――!」
「よい、分かっている。」
自分が焦ってよく分からないようなことを早口でまくし立ててしまっているのは自覚していたが、どうにも止まらなかった言葉を、ただ彼女の一言とふわりと笑った笑顔が全てを優しく包んだ。
「分かっている。…すまなかった、ルキ。私のせいで大変な目に遭わせてしまった。でも…ありがとう。私の為を想ってしてくれたことが嬉しいのだ。お父様とも手を取り合ったことが、嬉しいのだ。」
そういって優しく微笑む彼女は確かに岬で一緒に遊んだ彼女の笑顔だった。
その笑顔で緊張が打ち解けたのか、ルキウスはつい自分の本音をぶつけてしまった。
「…!…だから、最近できたエルメンタ王国が人魚の姫君を複数人質として囲ったと聞いたとき本当に驚いたんだ。今頃姫君で唯一の後継者の君は海で陸を忘れて暮らしているはずだって…それなのに!急いで情報集めに来てみれば本当に君は陸にいるし!なんか知らないけどいっぱい妹達がいるし!話を聞けば君は海では冷遇されていたというし、それに、それに…あんなに笑顔が多かった君の顔は、ほとんど無表情になっている!…くそ!こんな風になるって分かってたら…いっそ…」
髪をくしゃりと掴み、苦々しげな顔でルキウスは呟いた。
「君を竜帝国に攫ってしまった方が良かった…。」
その呟きはエリュシオネーにも聞こえたようで、驚いた様子でルキウスを瞠った。
「…例え竜帝国にいたとしても、私はまたそこで災厄だの禍いだのと民衆から恐れられ、忌避されたに違いない。きっと、同じだったはずだ。それだけのことを私は…」
「いや!俺が絶対にそうさせない!絶対に君は温かく迎えられる!だって君は!君は…!」
咄嗟にエリュシオネーの手を掴んでしまったことにハッと気づき、そっと手を戻す。
「君は、俺の光そのものなんだ…何があっても絶対守る。…だから、何か協力できるようなことがあれば教えてほしい。こう見えても俺、竜帝国でも結構上の立場にいるから、ある程度のことはできると思う。」
「…ありがとう…本当に、ありがとう…」
エリュシオネーはハァと泣きそうになるのを堪えるために息を吐いた…ように見えた。
「私が、私たちが大人しく陸にいるのは、陸からの支援を得るため。海の国家はノッケンメーアくらいと言えど、今彼の国家は私利私欲の傀儡と化している。私だけではノッケンメーアを救うには力もとない。そうなった原因は私の無気力と怠慢によるところも大きいのは自覚している。だが、ノッケンメーア内部からの支持を得るためにも対外的に他の国家がエルメンタに対して牽制しているというポーズが必要だし、何より陸からの牽制によってエルメンタも容易に海へ集中はできない状態を作れば、あるいは人間の侵略を退けることもできると考えたからだ。今大人しくしていれば、暴れまわるよりは様々な陸の国の人間との関係構築もできるかもしれないと思ったからだ。」
エリュシオネーは決意した表情でルキウスに向き直った。
「私は、人間などに私たちの国を穢されたくはない。ルキウス、そなたさえ良ければ私と同道してほしい。」
先ほどまでの無機質な表情から目に光が宿り、凛々しく自分を見据える美しく成長した想い人に目を瞠るルキウスだったが、言われた言葉の意味を理解すると同時に優しく笑いながら今度はそっと彼女の手をきちんと握った。
「もちろんだ。その言葉を待っていたよ。さっきも言ったろう?君は俺の光なんだ…断るはずもない。決して君をもう悲しみの海に沈ませることが無いよう、俺個人として、竜帝国としても協力しよう。」
「…決まり、だな。」
ニヤリと笑う彼女に、自然と同じ表情になる。
「あぁ、俺たちは「結託者同士」ってことだ。」
「またの名を同盟ともいうな。」
クスクスと昔のように少し笑いあった後、エリュシオネーは思い出したようにまた笑った。
「フフ、「俺の光」なんて、なんだか世紀のプロポーズを受けているようなこそばゆい気分になるぞ、ルキ。そういうのはそなたの唯一にした方が良い。だが…嬉しかったよ。本当にありがとう。」
「え?!いや、その、あー、うん…また今度、とびっきりの奴考えて出直す…よ」
「そうだな、言われた奴は幸せ者だ。」
「うん…そうなるように…頑張る…」
ピョートルがララとアメリアを連れてきたと伝えに部屋に入った時、自分の若がガックリとうなだれている横で不思議そうに見ている姫がいたそうな。
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