2.人魚姫の記憶
読んでくださりありがとうございます!
「一体どういうことよ!」
「同じ姫である私たちには何にも報告もなく!」
「シオン姉さん、姉さんは知ってた?」
首を振る。
「ほら!一の姫でさえ知らないのは絶対おかしいわ!」
「まぁたあの性悪親子、何かたくらんでるのに違いないんだから…!」
「静粛に!!」
ひときわ大きな野太い声が騒々しかった広間を一気に凪いでいく。
「皆の者、今日はよくぞ集まってくれた。」
シャルロッテたちの後ろからお父様であるディアーク王が現れた。その手には長年手放したことを見たことがない白い大きなトライデントがある。
幼いころの記憶にある優しかったころのお父様と変わらない、金髪の髪と立派なひげ、私たちと同じ輝く金の瞳。シーグリーンの逞しい尾鰭は建国以来長年国王を務めて以来衰えが見えない。優しさをこちらに向けずとも、話すことがなくなろうとも、その国を治める立派な姿は民たちから愛されている。
「皆に今日は伝えるべきことがある。先ほどの詞にあったように、余が愛する末娘シャルロッテと、この国の未来についてだ。シャルロッテ、来なさい。」
お父様に甘えるように、その腕に抱き着くシャルロッテ。
その姿は一見可愛らしくも見えるが、視線だけはこちらを外さないのはバレバレだ。
コーラルピンクのふんだんに飾り付けられた尾ひれにゴールデンシトリンを思わせる髪には私以上に真珠を飾り、今まで正妃の娘である私しか許されなかった海のティアラを、私と同じものを頭にはめている。
それが意味することが分からないわけではない。だが、理由が分らぬし納得も行かぬ。
王となる教育を碌に受けてこなかったシャルロッテが次期国王候補などと、私を、国を馬鹿にしている者としか思えぬ。
「皆さまぁ、わたくし、ディアーク王の末娘のシャルロッテ・フンデルトヴァッサーでありますわぁ。本日初めてこうして皆さまの前でご挨拶にお預かりましたわぁ。お目にかかるのが初めての方もいましょう?どうぞお見知りおきを。おねぇさまたちが歌を披露なさったのでぇ、わたくしもまだ未熟ながら、歌を披露させていただきとうございますわぁ。」
そういって、お父様とアデリナは後ろの貝座に座った。
まて、そこは正妃が本来座る場所。お母様が座っていたとされる場所…何様になった気分だ。
腹立たしい感情を何とか抑える。表情にも、魔力の流れにも、誰にも気づかれぬよう。
あたりが暗くなり、代わりにウミホタルがシャルロッテを照らしだした。チョウチョウウオが歌に合わせて踊り、シャルロッテ自身はその魚に合わせて軽く歌いながら踊る。
「…ただチョウチョウウオたちの歌に合わせてちょっと歌ってるだけじゃん。」
皆が思ってた感想をウータがズゲッと言った。妹たちが往々にして頷いている。
妹たちの貴賓席、お父様方のいる「大海の間」中央双方落ち着いたようなので改めて中央の方に向き直る。中央の座には大きな巻貝の玉座があり、サンゴや真珠、宝石などで飾られている。その上に重圧感を与えつつ君臨するお父様は、満足そうに末娘の歌の披露を聞いていた。
「うむ、素晴らしい歌であった。余のどの姫にも劣らぬ、珠の如き歌声と美しさ。流石、余が選んだ次の国王候補である。」
あたりが先ほどまで静かだったのが、一瞬にしてざわついた。先ほどの詞を容認する国王自身の発言は、皆の前ではっきりと言った意味はただ一つ。彼女が正式な国王候補となったのだ。
「王よ!つまり…そちらの八の姫様が次期国王候補の第一候補ということで…?一の姫様は?!」
下の方にいた一人の民がお父様に問うた。私も聞きたかった反面、耳を塞ぎたかった。それはもう、私が、お母様の娘、正妃の娘である私などより今のお気に入りの側室の娘の方が重要で、愛しくて、次の王位を譲るほど信頼している、それを意味する言葉を正面からいっそ受け止めて何もかも放り出したい自分と、未だお父様の愛情を求めている自分との、乖離した心が混ざっていた。
じっとお父様を見つめる。だが、お父様は私の方を見向きもせず、ただシャルロッテの方を眺めて言った。
「それ以外にどのような意味がある?エリュシオネーはもはや王位継承者ですらなくなるであろう。じきにその手続きに入る。今後は、このシャルロッテのみが!王位継承者となる!テアからララまでの姉たちは、シャルロッテが立派な王となるまでのサポートを行っていくのだ!」
隣のアデリナがとても満足そうに笑う。その笑顔を見て、とてもおぞましいものを見たような、寒気がした。そして、彼女が視線を私に向け、その気味の悪い笑みが更に広がり目が鋭く私を見据えた時、私は直感的に確信した。アデリナが、何かしらこの決定の裏の糸を引いているのだと。
辺りから次第に拍手と歓声が聞こえてきた。様々な民の声が聞こえる。「シャルロッテ姫万歳!!」「これで「災禍の姫」に支配される未来はなくなった!」「何が「災禍の姫」だ、我々にはシャルロッテ殿下がこれからついているんだ!」「でも、これがきっかけで呪われたりしないだろうか…?」
あぁ、そうか。そこまで私が邪魔か。そうまでして私を陥れ、娘を女王にしたいか。
お父様をもう一度見る。相変わらず、お父様は私を視界に入れてすらいない。お父様、あぁ、私はもう、とっくに要らないのだな、お父様にとっても。分かっていた。別に悲しくなどない。辛くもない。このガンガゼのように鋭い針山が胸に、鼻奥に、喉に突き刺さるような感覚も、人魚の生の中では一瞬にしてなくなる。良いではないか。これで一の姫として、災禍の姫として民から注目されることも、次期国王候補としての重責も無くなるではないか。一人北の海の外れに住む海の魔女のように、ゆっくり一人の生を過ごせるではないか。
先ほどから妹たちがお父様やシャルロッテを非難したり、私に大丈夫かと聞いてくる。心配してくる妹たちには悪いが、本当になんともないのだ。だから、今は話しかけないでくれ。一人に、してくれ。
その思いを察してくれたか、侍女のアメリアが私の席の周りにクラゲのカーテンを引いてくれた。妹たちも気づいてくれたか、それ以上は何も言わず、静かに座っていてくれた。
「なお、今回の発表と時を同じくして、シャルロッテには女王となる時の番の相手の候補を立てた。その者はシャルロッテ自身が見初めたものであり、余もその者を次期王の支えとなる番としてふさわしいと判断した。」
またも広間が騒ぎ出した。それもそうだ。番は普通成人後(稀に成人前)に自ら見つけに行くのだ。シャルロッテはまだ411歳。番をあてがうにしても成人の800歳まで随分と差がある。
「早すぎるのではないか?」
「他の姫たちの番の話などまだ聞いたこともない。順番は気にしないのか?」
「シャルロッテ姫の一目惚れを叶えるために急遽決めたのだろうか。」
様々な声があふれる。だが、もう彼女のことなどどうでもよい。そんなこと、私にとってはもはや関係なくなるのだから。
「紹介する。陸の人間の国であるエルメンタ王国の第2王子、コーネリウス・リッチモンド殿下だ!」
陸、という言葉を聞いてふとクラゲのカーテンの隙間からつい見てしまった。「災禍の姫」と呼ばれてから、海の上へ行くことを禁じられていた。そして、私は海の上に行った時の記憶が曖昧だ。だから、つい見てしまった。
シャルロッテに腕を組まれて奥から出てきたのは、衣服と全身に纏い、赤い大きな鰭のようなものを背中に着けた、若い、足が2本ある、人間の男だった。海ではあまり見ない濃い茶色にいつか見たような気がする晴れた空の色の目。
その姿が目に入ったとたん、何かが水を押し上げる大きな泡のように込み上げてきた。
こいつは、前に何処かで見たことが…ある?
なんだ、この、感情は…怒りか?
「にん…げん…。」
ザザッ…ザザッ…
波の音とは違う何かを裂くような音が頭に走る。目の前が…くらい…痛い…。
「うっ…あ、頭…が…」
「姫様?!姫様、如何なさいました?!」
「お姉様?どうしたの?!」
侍女のアメリアが私を支えるように寄り添い、声をかける。向こうではテアが私の様子のおかしさに気付いている。だが、あまりの頭痛の酷さにまともに答えることができない。
頭の中で声がする。その声がどんどんはっきりと聞こえてきて、目の奥には目の前とは違う景色が見える。
-シオン、逃げて!-
どこか懐かしい、アメジストの髪を持つ少女が泣きながらこっちに訴えている。
ザザッ…
少女の姿が消え、辺りが嵐で荒れる海の場所に変わった。
-君の悲しみは、僕が持っていくよ、シオン…-
黒い…竜…?赤い瞳がこんなに近い。あなたは…誰?
ザザッ…ザッ…
-いやぁああああああああ!!!ラウラァアアアア!!!-
一気に音と景色が流れ込んでくる。頭が…痛い。これは…私の…?
「姫様?…姫様?!しっかりなさって!」
アメリアの言葉が聞こえた。
その時に、私は全てを思い出したのだ。