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36.てぃーぱーてぃーⅢ

 夕方近くなり、そろそろお開きにしようかというところで、エリュシオネーは「海は見たいか?」と短い質問を全員に投げた。これまでたくさんの海の話や海の王女が持つ宝物の話を聞いてきた女の子は全員YESと乗り出していった。

 そう、彼女たちはまだ「左側」しか部屋を見ていないのである。7室のうちの4室がまだ「右側」にあった。その「右側」に恐らく案内してくれるのであろうと期待する彼女たちは、結構な時間が経っているにも関わらず興奮冷めやらぬ状態であった。


 左側の茶会の間を出たのち、彼女たちは再び廊下に集まった。エリュシオネーは「これから海の中を見せてあげよう」と一言いうと彼女たちに魔法をかけた。手で彼女たちを包むように魔力を流す。すると彼女たちを包むように薄い魔力の保護膜ができたのが彼らにも分かった。


 「帰るときにずぶ濡れでは困るだろう?それに、水の中では人間は息ができないと言う。その魔力で出来た膜は水から守り、そなたたちの息も確保してくれるはずだ。」


 外開きの扉を開けると水がふよふよと波打ちながら形をとどめていた。部屋に満たされた海水は、その与えられた領域から出ないようになっているのだ。

 あまりに不思議な光景に口を開けている小さい子たちをエリュシオネーとテアは優しく手を引きながら招き入れた。


 瞬時にエリュシオネー達の来ていた服は溶ける様に消えていき、彼女たちの人魚の衣が代わりに現れた。すらりとした脚はオパールを重ねたような鱗を持つ尾と、翡翠の鱗の、鰭が華やかな尾へと姿を変えた。


 「わぁ!とってもきれい!」

 「ねぇねぇ!お水、冷たくて気持ちいい~!早くおいでよ!」

 「わ、わわ!息できなくなったらどうしよう…!」


 好奇心旺盛なジェニファーとエミリーは手を引かれた後は自分から部屋をふわふわと浮くように歩き回り、部屋を眺めていった。

 ただ一人ノーラは慎重なようで、エリュシオネーの白い腕にしがみついたままだった。


 「大丈夫だ。私が作ったそなたを覆う膜が水中でも息ができるようにしてくれる。それでも不安なら、私の腕を掴んでいるがよい。何かあったらすぐに助けられるように。」


 エリュシオネーは少し驚いたが、妹以外で自分にしがみついてきたこの小さな命になるべく優しくしてあげたいと思った。 

 彼女の優し気な声が響くと、ノーラはぱぁっと顔を上げ、


 「ほんとう?なら、あたしこのままがいいわ!」


 と、お猿のようにエリュシオネーの長く白い手に強くしがみついてきた。


 「あらあら、お姉様も随分懐かれましたわね。」

 「あー!ずるーい!」「ララもしがみつきますわぁああ!」


 フリーダとララが続いて入っていく。彼女たちも部屋の海に入るや否や、カーネリアンとルビーの鱗に人魚の衣が水泡の中から現れた。彼女たちが変化を終えることには、3人、エリュシオネーにしがみついていた。


 「さ、皆さまも行きましょう?」


 ヘラがパメラ達、ウータ・ウーテはジゼルやソフィ達のそれぞれの手を引いて入っていく。彼女たちは恐る恐るタプタプと波打つ海水に触れるが、保護膜のおかげで濡れない上に、心地よい感覚が伝わって来るや否や、誘われる様に次々と入っていった。


 そこは確かに別世界だった。エルメンタ王国の上流家庭の子女として育ってきた彼女たちは、海はおろか、自然の水の中に入ったことは一度もなかった。だからこそ、今見ている景色はまるで異世界に足を踏み込んだような感覚であった。


 4室で続いているとはいえ、先ほどの部屋とは段違いに広く感じる蒼い世界に、陸ではまず見かけないような家具の数々、そして白い砂地の上を小魚たちが泳いでいた。

 人魚姫たちが部屋の中を丸ごとサンゴ礁に作り変えてしまった上、魔法で中のスペースを拡張してしまったのだからそれは確かに皆が想像するようなサンゴ礁が部屋の中にあるような景色が広がっていた。その上に大きな貝殻のふかふかなベッド、大きな真珠に彩られた鏡や姉妹で歌う時に使うハープなどが可愛らしく置かれており、海と部屋の間のような空間がそこには広がっていたのだ。


 「「キュイイイイ!」」


 2匹の小柄な、それでも一番小さなジェニファーの身長と同じくらいあるシャチが部屋の奥から近づいてきた。普段は一番奥のエリュシオネーの寝床を縄張りにしているが、始めてくる沢山の来訪者に興味半分で覗きに来たのだ。


 「彼らはディリーとフィンと言って、私が幼いころから一緒にいるイルカだ。ディリー、フィン、彼女たちは私たちの友人として招いたのだ。仲良くしておくれ。決して食べてはだめだぞ。」

 「…(シャチだってば、お姉様さん…それも水魔の類かもしれないやつ…)。」


 少し物騒な響きに女生徒たちは吃驚してしばし硬直したが、愛くるしい小さな(正確には小さくなっている)2匹のじゃれつきに、直ぐに警戒心を解いて一緒に遊び始めた。


 「凄い賢い子たちなのね!輪っかを作ってくれたり、綺麗な赤い石枝を持ってきてくれるわ。」

 「それはサンゴだな。そなたたちを気に入ったようだ。良ければ貰ってくれ。彼らなりのプレゼントのつもりなんだろう。」


 キュイ?っと首を傾げながらサンゴを咥えて待っている姿に心打たれない者はこの場にいなかった。特に、兵士の子であるダリアは言葉を理解し、人魚に従順であるシャチたちに興味津々だった。

 

 「私たち人間は馬に乗って時に戦ったりするし、鳥を使って文を届けることもあるが、人魚の世界でも同じように動物とともに生活したり、戦ったりするのは普通なのですか?」


 「えぇ、サメやイルカやクジラなど、その人魚それぞれと相性の良い子たちと絆を深めることができれば、その子たちに乗って移動できたり、水魔が襲ってきたときには一緒に戦ったり索敵を手伝ったりしてくれるの。でも、どの程度までかはその種の知能レベルにもよるね。」


 小さなシャチ(?)を撫でながら興味津々に聞くダリアに、ヘラが一緒に撫でながら答えた。


 「乗って移動するのは、馬に似ているな!わ、私も乗ることができるのだろうか・・・?できるなら乗ってみたいと思うが・・・。」

 「いいよ。今日は無理かもだけどまた今度遊びにおいで。」

 「本当か?!約束だぞ!」


 ダリアは剣と同じように動物が好きらしく、シャチと触れ合える機会を確保できたことにとても喜んでいた。


 ほとんどの小さな乙女たちはお話の中でしか知らなかった人魚姫が目の前で優雅に泳いでいる姿を憧憬と興味深々の目で追いながら水中の部屋を物珍しく探索した。部屋の構成は一緒のはずなのに、サンゴや海の生物、水中と言うだけで普段の見慣れた光景とは別世界に見えるのだから、部屋の隅々まで彼女たちは人魚の姉妹たちを連れて冒険した。ノーラだけは、最初からずっとエリュシオネーの腕から離れず、一緒にゆらゆらと水中を優しく漂っていた。その中で彼女なりに発見したことを勇気を出してうんと年上であろうエリュシオネーに聞いてみた。


 「ねぇエウ、えりゅ、おねーちゃん!」

 「エリュシオネーだ。呼びにくかったらシオンでも良いぞ。妹たちはいつもシオンと呼んでいる。」


 エリュシオネーはこの小さな人間の子供が腕にずっと引っ付いているのが何故か不快にはならなかった。寧ろ、昔の妹たちを思い返すようで、彼女に対しても小さかったことの妹たちにかけるようないつもより柔らかい物言いに無意識でなっていた。


 「じゃあシオンおねーちゃん、おねーちゃんたちはみんな色と尾っぽのかたちがちがうよ?なんでなんで?」


 いいところに気が付いたと言わんばかりに皆がこの質問に食いついた。人魚と一言で言っても、姉妹姫たちの尾鰭はあまりにも異なっていたから不思議に思うのも当然だった。


 「そうだな、実は人魚はその海の地域や魔力の性質によって形や色が異なるのだ。私はこの色、形はお母様から受け継いでいると聞いている。2番目のテアは南の海、南洋の海域出身の母を持っていてな。南の海は華やかな鰭飾りが多いのだ。」

 

 「うふ、そうよ。南では華やかであればあるほど高貴な人魚という風潮があるわ。」


 テアが自慢げにヒラヒラした大ぶりの尾鰭を振って見せる。彼女の出身海域では華やかこそ生き残る上で重要と考えているため、一等ゴージャスな鰭を持っている彼女は南洋の人魚からも羨望の的だった。


 「でも、ウータさんとウーテさんは全く異なる雰囲気の尻尾ですわね!」

 と、ソフィアがウーテの尾の先から鰭にかけてを撫でながら言う。


 「私たちのおかーさまは西の大洋の出身でー」「そこは海の砂漠って言われるくらいすーーんごく広いの!だから早く泳げる方が強いって見られるの~。」と応える双子の尾鰭は三日月形のシャープな鰭に、固い背びれが特徴的だった。魑魅魍魎が跋扈する広大な海で早く泳ぎ、獲物を捕らえたり水魔から逃げたり、狩ったりするには打ってつけの形だった。


 「この姉妹の中で誰が一番早いかと問われれば、ウータだな。」

 「えー、シオン姉さんもなかなかだったよー。ウーテとどっこいどっこい!」


 「お母様が異なるのは、王族では珍しくないことですが、それでも姉妹皆がこんなに仲が良いなんてとっても素敵ですわ!」


 パメラが言った瞬間、涼しい水温が更に涼しくなったことを全員が察した。パメラは、自分が何か悪いことを言ってしまったことを瞬時に悟ったが、どう取り繕えばよいのか分からなかった。何しろ、姉妹たちの空気が変わった原因はここにはいないのだから。


 「あー、実は、ね、全員が仲がいいという訳ではないの。」


 フリーダがおずおずと口を開ける。その目線はどことなく1番上の姉を見ていた。


 「一人とは、仲がずっとよくないの。何が悪いのか私たちには分からないんですけど、私たちとは仲良くしなくないみたいで…」

 「フリーダ」


 決して冷たくはない、寧ろ「嫌なことは、もう言わなくてよい」と感じさせるような声でエリュシオネーはフリーダを遮った。姉妹たちにはその意図が漏れなく伝わっただろう。


 「残念ながら、全員とは仲良くできていない。が、今いるこの7人は全員仲が良い。私たちは幼いころからずっと一緒に過ごしてきたからな。仲が良い姉妹がいるということだけで私は幸せだと思う。……さぁ、もうそろそろ帰らねば夕食の時間に間に合わないのではないか?ここにいる者たちならば、また遊びに来ることはいつでも歓迎しよう。」


 この場にいる女生徒たちは皆、姉妹がこれで全員でないこと、他の姉妹とは仲が悪いんだとなんとなく小さい子でも察し、この話題は触れないように各自心の中に決めた。だが、それで彼女たちは二度とここには来たくないとは思わなかった。あまりにもこの場が幻想的で、現実離れしていて、今まで経験したことないほど刺激的な娯楽に感じたからだ。


 帰り際、女生徒たちは皆綺麗な真珠のアクセサリーを友情の証として貰った。小さい子には小さめの真珠でブレスレットを、中級生の子には可愛らしい真珠の髪飾りを、上級生には大きい真珠でブローチをそれぞれ姉妹たちから送られた。


 後日学園では人魚の部屋が海になっていること、海の部屋はそれはそれは綺麗で幻想的なだけでなく、人魚姫たちが親切にもてなしてくれる素敵なところだという噂で持ちきりになった。この噂のせいでしばらくエリュシオネー達は部屋にアポなしで突撃してくる生徒たちを追い払ったり、噂を聞きつけたスパイト学園長が怒鳴り込んてくるのを追い返したりする作業が発生してしまったのは別の話である。

その時護衛兼侍女のアメリアは…


メレディス「ちょっと!!通しなさいよ!」

アメリア「恐れ入りますが、本日のお茶会に招待されていない方を通すわけにはいきません。」

メレディス「私を誰だと思っているのよ!お父様に言いつけて、あんなにたくさんの部屋、馬小屋になるようにしてやるんだから!」

アメリア「なんでもすぐに父親を頼ろうとするのはご自身に力がないのをバラしているのも同義ですよ。」

メレディス「きぃいいいい!なんなのよ!人魚にきちんとしたお茶会なんてできるわけないから私がわざわざ可哀そうな招待客を代わりに誘ってあげようっていってんじゃないの!なんで3人がかりでも通れないのよ!」

コバンザメ1「だから人魚は野蛮だって言われるのよ!」

コバンザメ2「そうよそうよ!野蛮な種族に貴族の真似事なんかできっこないわ!」

アメリア「…」 ドガッ!

3人「キャァアアアア!!!」

メレディス「何すんのよ!」

アメリア「すみません、なにせ野蛮なもので。」

ニヤリと笑ったアメリアの顔はメレディス達を一瞬で凍らせ気絶させるほどに恐ろしかったという。

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