28. 末端騎士エルンストの憂鬱 その2
「どうして命令を実行しなかったの?ねぇ、どぉしてよぉ?!これじゃあ海に出て困っているアイツらを見て楽しめないじゃなぁい!!」
艶やかなハニーブロンドを可愛らしく結い上げられたシャルロッテはそこらにあった宝飾品や宝箱を投げつけた。ゴッっという鈍い音とともにエルンストの額や尾びれに重い箱の角が当たる。
「申し訳ございません…ですが、畏れ多くも申し上げます。一の姫様が目の届く範囲で彼女及び妹様方に魔法をかけようものなら、直ぐに気づかれたであろうと確信します。また、運よく魔法をかけられたとして、一の姫様の魔力は非常に高く、それは現国王のディアーク国王陛下の魔力と同等かそれ以上でありました…。ほとんどの魔法は忽ちに跳ね返されてしまうでしょう。そのような状況で密命を仰せつかったにも拘らず安直に一の姫様にバレる形で任務を実行することは…」
末端騎士にできることは、素直に報告するだけだった。
「そんなの嘘よぉ!アイツが私より優れてるって言うんでしょぉ?!言うんでしょぉ!!」
「…っ!!八の姫様!それは違います!」
「八番目じゃない!!私が一番なのぉ!そうよ!私が一の姫になるべきなのよぉお!!」
シャルロッテの癇癪は止まらない。彼女は自分が一番じゃないと気が済まない反面、エリュシオネーが優れていることも知っていた。だから許せなかった。彼女は、エリュシオネーに誰か一人でも関心を持つことを嫌った。関心を持った途端、自分より彼女に付いて行くのではないかと心のどこかで思っていたからだ。
「…シャルロッテ、お前の怒りはもっともじゃ。さあこちらにいらっしゃい。後で好きなおやつを食べましょうや。…お主、あの邪魔者が高魔力であることは百も承知。仮にもついこの間まで次期国王として育てられていたのじゃ。そんな奴がこの国で陛下の次に魔力が高いであろうということは容易に想像がつくはずじゃが?」
本当にその通りだと、エルンストは思う。なぜ今まで自分たち含め民たちは一の姫の重要性に気付かなかったのだろうと。自分たちは散々「災厄の姫」だと畏れてきたが、それと同時に敬うことはあまりなかった。ただただ、畏怖の対象として彼女を正面から見たことがなかった。一の姫は、そんな自分たちに呆れてしまって陸へ向かうことにもそこまで抵抗しなかったのかもしれない。
シャルロッテとアデリナを見る。アデリナはそこそこの魔力を持ってそうだが、シャルロッテは次期国王となったらしいが、あの浅瀬で感じた一の姫の魔力圧はもってのほか、他の姉君たちにもさほど及んでいない。
人魚は魔力が他の種族や生物より比較的高いものが多く、魔法に長けた種族だ。相手の魔力量を見ることは末端騎士でもできる。魑魅魍魎蔓延るこの深く広い海で、強き者が上に立つという原則がこの国にあるため、必然的に魔力量が強さとみなされる。
シャルロッテがこうまで取り乱すのは、この人魚族の根底の考えがあるからである。哀れにも彼女は、姉たちすべてを海から追い出しても自分の地位に安心できていなかった。それは、末端騎士エルンストでもシャルロッテを目の前にして簡単に理解できた。
だったら、何故一の姫及び他の姫君がこの国から出ていってしまうのをほとんど誰も止めなかったのか、何故国王としては魔力量が姉妹の中で一番低そうなシャルロッテが次期国王になることに誰も異議を唱えなかったのか。まるで、シャルロッテの思い通りになることがとても正しいと思う雰囲気が宮殿及び民の中にいきわたっていたのだった。一体なぜ。
「…もういいわぁ!真面目で腕が立つっていうから頼んだのが間違いだったわぁ!お前はもうクビ、クビよぉ!どこかへでも消えてってちょうだい!……いーえ、それだけじゃ嫌だわ。こいつを殺しておしまい!」
シャルロッテがディ―ターに向けて叫ぶと、ディ―ターは慌てて前に出る。
「お、お待ちください!エルンストは最近入った新しい方の騎士です!確かに、任務を全うできなかったことは騎士にあるまじき事ですが…!」
「うるさいわね。だって、そうでしょう?あの役立たずは任務に失敗したうえ、のこのこと帰ってきたかと思うと私にアイツがお父様と同じくらい強いって説教垂れているのよぉ!!うるさい、うるさい、うるさい!!アイツがお父様と同じくらい強いからって、魔力があるからって…邪魔者のくせに、…「災厄の姫」のくせに!」
「ですが、既に近衛騎士団の多くはあなた様の不興を買ったとして処刑されました。これ以上戦力を減らされればあなた様方の護衛がままなりません…!」
処刑だけは、この通りに…!と、ディ―ターがエルンストの頭を冷たい水晶床に手で付かせ、命を乞う。
「あーあーあー、そうですか!なら、そいつは一番下っ端としてこき使ってやりなさいよぉ!どっか行って…、早く出ていきなさいよぉお!!」
宮殿の大切な調度品を思いっきり投げつけながらエルンストたちを追い出す。部屋を出て、宮殿の傍の騎士団宿洞に戻る。
この宿洞は、騎士団の住む場所とともに、宮殿のあちこちと繋がっている穴があり、すぐに駆け付けることができるような作りになっている。
「はぁ~~~~…ありがとうございました…ディ―ターさん。」
宿洞に入った途端緊張が切れたように口から吸いこんだ水を吐く。
「全く、お前は運が良かったな。あのシャルロッテ姫の不興を買って生き延びれたのはお前が初めてかもしれん。」
「あのお姫様っ、こんなに我儘で癇癪持ちの横暴姫だったとは思いませんでした…明らかに無理難題な任務だったらもっと護衛の数増やしたり俺じゃなく別の実績あるやつに頼んだら良かったんですよ…。」
「言葉に気を付けろ。宿洞とは言え何に聞かれるか分からん。だが、無事にお前が戻ってきただけでもまだマシだ。俺は一の姫様がてっきりお前たち護衛隊を気に食わず消し潰すかと思ったくらいだ。」
「はぁ…、あ、そのことで言っておきたいことがあるんですが、一の姫様は確かに俺ら護衛隊を一瞬にして消し潰すくらいはできるであろう魔力の高さを感じました。」
何を言っているんだというような目でディ―ターはジロリとエルンストを見る。
「一の姫様が今まで次期国王候補を維持してきたのも、彼女が『災厄』を引き起こすことができたその魔力量によるものだろうというのは周知の事実ではないか。」
「えぇ、あの方が災厄を起こした恐ろしい存在であることは噂では聞いていました。」
「だが、実際に一の姫の魔力があれほど高かったと感じたのは、あの時が初めてだったな。」
宿洞の奥からヌッと出てきたのは、同僚のハインリヒだった。エルンストのように極秘任務は請け負っておらず、ただの数合わせで同行したのだ。
「ハインリヒ、お前か。…そうか、お前たちはまだ若いから一の姫様の小さいころをご存じなかったか。一の姫様は昔、災厄を起こされる前は宮廷一番の魔術師ドロテア…今は氷海へ幽閉状態だが、その方に弟子入りした時から類稀なる魔力と魔力操作の能力に恵まれていた。彼女が100年ほど眠られ、その間に7人の妹君がお生まれになってからも、あの方ほどの魔力と才能に秀でた方はいなかった。だから、次期国王で居続けられたのだ。…だが、そんなことは常識だと思っていたのだが…。」
「ディ―ター団長、俺たちはここ100~200年くらいで騎士になったひよっこだよ。姫様が災厄を振りまく恐ろしい姫、感情が少しでも揺れたら国に災いが起こる、そんな程度しか知らないんだ。しかも、その災厄の姫様は常に無表情無口で大人しいし、魔力もそこまで高いとか今まで感じなかったんだ。あの宮殿から離れた途端、急に…なあ?あんなに神々しい方だったとなんで今まで気づかなかったんだろ。」
ハインリヒがエルンストの肩にもたれかかりながら言う。彼の能天気な性格は誰とも分け隔てなく接することのできる長所であるが、若干緊張感に欠ける。
「…ディ―ターさん、俺も違和感があります。」
エルンストはハインリヒの手をどかしながら言う。
「宮殿では、まるで事情を知っているディ―ターさん達のような方以外はほとんど全員と言っていいほど一の姫様の魔力が高いことを感じれていなかった為、知らない人も多かった。一の姫様が次期国王から引きずり降ろされることに、何も疑問を抱かない者がほとんどです。ハインリヒの言う通り、私たちが宮殿を離れて一の姫様が人間の形態へ変化した途端、まるで…そうだ、泡がはじけ飛んだように彼女の高魔力がこう…グワッと一気に感じるようになったのです!それって、何かおかしくないですか?」
ディ―ターは「ほぅ…」と自身の髭をいじりながらニヤリと笑う。髭をいじるのは、彼が上機嫌な時に見せる癖であった。
「お前も、漸く周りを見ることができるようになったのだな。…ハインリヒ、お前はどう思う?」
「俺も同じ感じだなー。陸までの護衛隊で、あと8人くらいだっけ?今の王国の在り様に疑問を持ち始めたのは。」
目を閉じ、更に声を低くし囁く。
「うむ、ならその8人も連れて勤務後の深夜満潮時に「嘆きの岩」へ集まるように。…いいか、他のものには誰にも知られてはならない。」
「ディ―ターさん…それって…。」
「お前もだ、エルンスト。ここは場所が悪い。後で説明しよう。」
末端者ながら、何やら内部でとんでもないひと悶着がありそうな予感が拭えない。
エルンストの憂慮は続く。




