26.初めての授業 - 上級の塔
授業の初日は担当の教師が共に入ってくれるらしい。
「まぁ、何と美しいご令嬢方でしょう!海から来たというから言葉や常識に差がありすぎて私で対応できるか、些か心配でしたが…とても綺麗な発音でよろしいことです。」
貼り付けたような笑みを担当の教師であるモーリーが、付き添いで来たダンカンに向けるここは、教師の自室だった。
モーリーはあのスパイト学園長を女性化したような印象を受ける。その髪はテアがまとめている髪よりもきっちりきつめに結い上げられており、とんがった帽子を被っているみたいな独特のヘアスタイルをしている。眼鏡をしているためか冷たく感じる目つきが魚眼のようになっており、まるで死んだ魚の目のようだ。
「はっはっは、そうでしょうそうでしょう!何しろお宅のサミュエルさんにみっちり、特別教師として教えられていたのです。それでも、1か月も立たないうちに姉妹全員、基本的な言葉や所作、礼儀は身に着けたというのですから偉いわたくし並みに優秀ですぞ!」
ダンカンは上機嫌にたっぷりのお腹をさすりながら言った。
「スパイト君にも言っておいたのですが、彼女たちに必要なものがあればわたくしが全て持つから、遠慮なく言いなさい。学園のできる範囲内なら、彼女たちの望みは極力叶えてほしい。この偉いわたくし、その実の娘と同じような扱いを受けていると心得ておいた方が良いでしょう。」
モーリーは明らかに冷汗をかいていたが笑顔は崩さなかった。中々に肝が据わっていると見える。
「承知いたしました。彼女たちのことはスパイト先生からも良く聞いております。安心してお預けください。」
うむ、と満足げにひとつ頷いた後立ち上がり、私たちを見て
「では、偉いわたくしはたくさんやることがあるからこれで失礼しますね。ちゃんと授業を受けて、人間の世界を学んでくるんですよ。」
「はい、ダンカンさん。」
「最善をつくそう。」
よしよし、と満面の笑顔のダンカンは軽い足取りで中級の塔の方面へ歩いていった。
ダンカンが出ていった後、安堵の一息をついた後モーリーが私たちに声をかけた。
「では、教室へ案内しますのでついていらっしゃい。教書等はあちらで既に用意しているはずです。」
そういって部屋を発とうとするモーリーについて行こうとすると、彼女は振り返って一瞬海魔のような形相をしたかと思うと
「お返事は?!」
有無を言わさない雰囲気で言ってきたので、「あぁ」と返事したら「お返事は「はい」とはっきりお言いなさい!」と怒ってきた。返事に決まりがあるのは少し…いや、かなり面倒を感じる…。
教室に案内されると、扉の外でも響いていた甲高い話声が一瞬にして深海のような静寂に包まれた。みんな一斉にこちらを見た後はひそひそと話をする、あの人間の王宮と同じような場面に私は少し辟易した。が、致し方あるまい。
「オッホン!」
モーリーがひときわ大きく咳ばらいをすると我に返った小魚のように一斉に其々の椅子の横に走っていった。
モーリーはジロリと部屋の隅から隅までの生徒たちを見た後、睨むかのような鋭い視線をこちらへ向けた。
「メレディスさん、皆さん揃っていますか?」
「はい、モーリー先生。」
メレディス、と呼ばれた一際装飾に磨きがかかった制服を着た彼女は笑顔で応える。よろしい、と頷き、モーリーは着席を促した。
「エリュシオネーさん、テアさん、こちらへ来なさい。」
「「??」」
来いと言うので来てみると教壇の前に立たされた。
「自己紹介をなさい。」
なるほど、そういう目的か。私はテアと目配せをしてどちらが先かを確認しようとしたが…私が先か。
「私は海の国ノッケンメーア王国の一の姫、エリュシオネー・フンデルトヴァッサーだ。以後よろしく頼む。」
「私は同じくノッケンメーア王国の二の姫、テア・フンデルトヴァッサーですわ。以後お見知りおきを。」
「えー、今日から海からやってきた留学生が参加します。皆さん、自己紹介を空き時間にしておきなさい。彼の伝説の人魚と言う種族の王族だそうで、まだ私たちと常識が違うこともありましょうから、優しくしておやりなさい。」
モーリーがそういった後から、教室の端々で小さな笑い声が聞こえた。
「水がないと干上がっちゃーう。」
と、手を交差してヒラヒラとさせながらおどけていたのでこれは私たちを馬鹿にしているのだと察した。私は無礼な人間には容赦がない。沸点が低いともいえるが…
バッシャーーン!!
福水流を浴びせた。少し威力が強めだが水量は加減したはずだ。
おどけていた少しふくよかな女生徒は一瞬何が起こったのか分からず固まっていたが、自身と周りを見た後に
「いやぁあああ!なんなの!なんなのよ!」
周りの生徒も騒ぎ始め、先ほどから目立った見た目をしていたメレディスに至っては「モーリー先生!こんなことをする野蛮な人魚なんてSクラスには…」とのたまいかけていたので一応弁明しておいた。
「別になんてことはないだろう。水がないと嘆いていたから水を出してやっただけだが?」
「ンッフフッ…お姉様が出した魔法は私たち人魚の挨拶でよく使うのだけど…フフ!あなたたちは水が苦手だったの?ごめんなさいねぇ…ンフフ!」
テア、笑いが隠しきれてないぞ。
モーリーが口元をひくひくさせていたかと思うと怒鳴りだす。
「静かに!静かになさい!ニコラさん、発言するときは手を挙げなさい。それと、不用意な発言は控えるように。彼女たちは海で長いこと生活していた為、常識が異なることもありますので!…エリュシオネーさんも、今後、勝手に魔法を放つのではありませんよ!いいですね?!」
以後、気を付けるだけはしよう。気を付けるだけは。
「オ、オッホン!では、席にお戻りなさい。授業を始めます!」
上級の塔で転入の挨拶を終えた後、指定された席に姉妹は着く。良かった、隣同士で少し安心した。相変わらず好奇、嫉妬、軽蔑、奇異の様々な感情がドロドロと混ざる目が多い。が、それでも人間とは本当に多様なもので、私やテアにとっても良き友人となりそうな者がいたのだ。
「パメラ、パメラ・シートンですわ。シートン伯爵家の次女よ。貴方達の国、海について知りたいの!仲良くしてくださいね。」
ふわりとほほ笑む上品なこの伯爵令嬢は一番後ろの長机にそれぞれ付いた姉妹の隣の席だった。教室には15人ほどがそれぞれ長机に座っていたが、隣に座った途端に話しかけてきたのがこのパメラだった。
「そうそう、パメラさん。新しく来た留学生に親切にすることはよいことです。では、この授業を終えたあとは留学生であるエリュシオネーさんとテアさんとの親交を深めるお時間としましょう。各自、自己紹介を後でなさってね。」
そうして授業が始まった。こんなに大勢に1人の教師が教える形式は今まで経験してこなかったため新鮮だ。
授業の内容はここエルメンタ王国の歴史についてだった。
「――はい、ここの教書78ページのところから。この国は以前は古フェリキタス連合国として繁栄しておりました。隣国のデュファルジュ国、山脈を超えたパヴァーヌ公国、はい、皆さんもご存じのサミュエル先生の国ですね。も、元々は一つの国でした。しかし、今から約500年前に大災害が起こり国は分裂を余儀なくされました。ここの地方は特に被害がひどく、作物も育たない荒れ果てた土地になったところを、387年前に現在の国王様の祖先であるリュカ―・リッチモンド1世が復興に尽力し、建国と共に即位されました。このエルメンタ王国は現在物流の拠点となっているのは彼のおかげで発展することができたからです。物流拠点となって様々な文化や物が流れているこの国では魔法や学問、芸術も発展し、これからも更に発展できるよう―――」
なんとも、私が魔力暴走を起こしたことで彼のライラや同胞を殺した人間の国は分裂してしまったのだ。自業自得と言えばそこまでだが、そこで私の溜飲が少し下がった気がした。だが、肝心の何故大災害が起こったのかは一切教書にも記載がない。人間が招いた結果と言うことがわかるのが都合が悪いのだろうか…?
「今回、私が今更ながらこのお話をしたのは他でもない、人魚のお二方に知ってもらうため、そして私たちも彼女たちから歴史のお話を聞くためです。500年以上も姿が見えなかった伝説の人魚にはどのような歴史があるのか、私たちは何も知りませんからね。まぁ、語る歴史や文化があるのなら、ですけど…エリュシオネーさん、前へいらしてお話をなさい。」
急に求められても…と思ったが、「語る歴史や文化がない」とここで侮辱されるわけにもいかぬ。あまり人前で話すことがなかった私に、一体どこまで上手くできるかは分からないが、何かあったらテアや隅で控えているアメリアがフォローを入れてくれるだろう。
「良いだろう。人魚について何も知らぬようだから前提から話すとしよう。」
ゆっくり前の教壇に向かう途中、不機嫌そうなモーリーと目が合ったが、気にしない。そちらが私たちに先に煽ったのだからな。教壇に立つと少し高い位置からクラスメイトの顔がよくわかる。好ましくない感情を向けてくるもの、期待のまなざしを持つもの、恐れを含む目で見るもの、本当に色々だ。
「人間の寿命は長くて80年と聞いた。だが、人魚はその個人の強さにもよるが凡そ800年で顔や体の一部に鱗模様が現れ、成人として迎えられる。その後の寿命はこれも強ければ確実に2000年、中には1万年以上も生きる人魚もいれば少なくとも1000年は生きる種族だ。だからこそ我々と人間の時間の感覚には大きな差があり、生活も異なる。」
ここで教室中がザワザワとざわめいた。
「800年?!」「嘘に決まっているわ」
「あんなに綺麗なのに、私たちよりうんと生きているっていうの?!」
「じゃあもう先生より先生じゃなくって?」「まぁ!」
「皆さん!お静かに!!…エリュシオネーさん、あなたの話は私たちの常識からはとても信じられませんが、良いでしょう。続けなさい。」
モーリーが生徒を鎮めさせ、続きを促した。ほぉ、と私は少し感心したが、彼女の通り続きを話した。
「人魚の生活は人間の時間に当てはめると1月に1度、自ら狩りに出て獲物となる海魔や魚、その卵を取って家族と分かち合いながら食べるが、その後は1週間ほど眠りにつく者もいれば魔術の研鑽などに励む者もいる。我々に昼夜の概念はなく、海底にあるヒカリサンゴの灯りで常に一定の明るさで生活している。だから、一斉に眠るということはない。そのため人魚の国ではいつでも好きな時に飽きるまで自ら極めたいことを求めることができる。」
一人の生徒が手を上げる。
「海魔って何でしょう?魔物のようなものかしら?」
「そちらにとっての魔物と同じだと思う。瘴気に侵され、様々な生命が一つとなった怪物のことだ。その大きさは小さなものでも我々3人を足しても足りぬ直径の塊だ。この海魔はあらゆる魔力を持つ生命を襲うため、我々人魚の天敵だ。無論、人間が海魔に出会った場合も同じだろう。」
私は実物大では教室に収まらないため、私と同じサイズの海魔のイメージを魔力を編んで創って見せた。それまではそれなりに興味を持って身を乗り出していた生徒たちが一気に顔を青ざめ、席を立ち教室の後ろへ下がるものもいた。少し、生々しくしすぎただろうか?だが、こいつは比較的弱く、食べたら美味なんだが…ほら、テアが目を輝かせている。
「安心しろ。私のイメージだからすぐに消えるし、危害は加えない。…続けていいだろうか?」
私の言葉を聞き、漸く安心した生徒たちはホッとしながらも先ほどよりは後ろの座席についていた。モーリーに続きをして良いか確認をしようとみると、モーリーは泡を吹いてへたり込んでいた。
「これが海魔の一例で、本来はもっと大きく、様々な形がある。人魚はその昔、深く広い海の中をこの海魔たちが支配していたころに海の女神様が創造された種族だ。具体的にいつかは人間の時間ではあまりにも長い時の為言うことは難しいが…。とにかく、私たちの父である王はその海の女神様と何か約束をされ、人魚たちを海魔から守る結界を広範囲に張った。これが、ノッケンメーア建国の始まりである。この始まりと海魔の支配の歴史から、人魚ではより強い者が立場が上という純粋な力の実力主義のような関係が築かれている。」
ここで、授業の終刻の鐘がなる。それと同時にモーリーはハッと弾かれたかのようにシャンと立ち、後片付けをしだした。
「では皆さん、本日はこれまで。続きが必要であれば次回に。その後は再び通常の授業に戻ります。では、御機嫌よう。」
一斉に生徒たちが本を片付けだした。本当に時刻通りに終わるのだな。ドロテアに師事した昔は理解するまで眠らず食事もとらずの研究や実験・実践の日々だったのが懐かしい…が、これはこれで大勢を一律に教えるやり方としては理にかなっている。
上級の塔の担任であるモーリー先生が退室すると、教室ではわっと喜ぶ声があちこち上がる。それと同時に、隣のパメラが顔を近づけてきた。
「さっきのお話、とっても良かったわ!それに最初のあの水をかけるの!いつもあのニコラって子とキャシーさん、それにメレディス様は人の揚げ足を取っては嫌味や意地悪を言うのだからちょっとスッキリしちゃった!」
揚げ足…とは何だろう…だが、喜んでもらえたのならよかったの…か?テアの方を見ると親指を立てて満面の笑顔だったから良いのだろう。
ふいに、何人かが率先して私たちに近づいてきた。
「エリュシオネー様、テア様、自己紹介をさせていただいても?…よろしいでしょうか、パメラ様?」
「えぇ、もちろんよ。一緒にお話ししましょう!」
「私はベッキー。ただのベッキーよ。でも、お父さんが魔鉱石の発掘の経営をしているの。」
「あたしもただのデビ―。平民のことね。お父さんが冒険者ギルドのギルド長をしていてね。」
奥から、もう一人近づいてきた。
「わ、わたくしはパトリシア・フォーサイス!フォーサイス侯爵家の長女ですの。侯爵家は滅多な馴れ合いは好みませんの!で、でも、どうしてもというのなら仲良くして差し上げてもよろしくってよ…?!」
…馴れ合いが好きでないなら今後彼女とは距離を置けばよいのか。それならば放っておけば良いものを…。だが律儀にも挨拶をしてきたものに対して、例え人間だろうと礼を欠くほど私は短気ではない。
「挨拶痛み入る。今後はあまり関わらぬよう心掛けておくから安心せよ。」
「あ!…えと、ちが!」
パトリシアがオロオロし始めた。何か間違ったろうか。馴れ合いが好まないというのであればさっさとこの場を離れればよいものを。
「はぁ…お姉様」「あぁ…姫様」
横のテアと後ろに控えていたアメリア二人からため息を吐かれた。
「皆さま、ご挨拶どうもありがとう。えぇ、ぜひ仲良くして頂戴な。ごめんなさいね、シオンお姉様はちょーっと外と関わる機会がほとんどなかったものだから言葉の通り受け取っちゃったりどこかズレたりする時があるの。でも、お姉様は本当はとても優しく強く、素敵なお方よ。きっと仲良くなれると思いましてよ?」
テアが私の肩を揺らしながら話す。
(え、ズレていた、だと?!)
「まぁ!良かった!私たち、実は初めてあなたたち見た時からお近づきになりたいと思ってたのよ!」
パメラがぱぁっと顔を輝かせて言う。パトリシアが安堵した顔になった。
テアが何かフォローを入れてくれたようだ。
(…うむ、何やら私がズレているとか言っていたがそこは気にしないように…)
「姫様、今のは完全にズレてました。」
(アメリア…そうか…他者との会話が意外と難しく感じるぞ近頃…)
「お姉様、もっといっぱい他の方たちと話していきましょうよ!そんなのじゃあもっと誤解されちゃいますわ!」
「だが、仕方なかろう。今まで関わってきた人間の貴族、ダンカン以外は漏れなく我らのことを良く思っていなかったようだったしな。」
「まぁ、そうなんですの?」
パトリシアが驚いた顔をした。
「えぇ、ダンカンさんも初めは私たちに対して小さな嫌がらせモドキをしていましたし、王様をはじめとして謁見の場にいた人間は皆私たちを馬鹿にした態度ばかり。それに学園長さんもなんだか私たちのことが気に入らない様子だったわ。」
「あら、まぁ…それはとても運が悪かったですわね。この国では確かに、貴方達を侮るような考えを持った貴族の方たちが多数派かもしれませんが、私たちみたいに貴方達と仲良くして行けたらと思っている人も多いんですよ!」
「そうそう!特にデビ―や私みたいな平民の間では悪い評判や噂なんてないよ!」
(仲良く…か。私は、ラウラを殺した子孫たちとこれからフリだけでも仲良くなれるのだろうか。)
人間というだけで、やはり何処か私の心が壁を作ってしまう気がする。正直、今も戸惑っている。
「お姉様」
(テア…テアは私のことは気にせず、見聞を広めてくれたらよい。自分の目で見て、判断をしてこい。)
「お姉様もですわ。もしかしたら、昔と違っていることもあるかもしれません。それに、もし危ない目にあったら、お姉様が守ってくださるのでしょう?」
(そうか…そうだったな。妹たちに何かあれば今度こそ守り、容赦なく敵を潰せばよい、それだけだ。)
そう思うと少し心が晴れたように感じだ。
私が心の整理をしていた時には、話が既に別の方向へ進んでいた。
「そりゃあ学園中、いえ、国中の噂の的でしたから!伝説の種族である人魚が、しかも、とても美しい王女様方がこちらに留学してくるんだって!」
皆がうんうんと頷く。
「今日のお召し物だって、制服とはいえオーダーメイドでカスタマイズされていらっしゃるなってすぐ分かったわ!だって、スカートの下のペチコートはシルクで、多めにひだが付いているの、先ほど見えたんだもの!それに、随所に薄織のレ―スもあしらってる!」
「ダンカンさんが良くしてくださっているの。私の妹たちは皆ダンカンさんにすっかり懐いてしまっているのよ。」
「王族だからかしらね!羨ましいわぁ。」
「私やベッキーみたいな平民は謁見の場には入れなかったけど、すんごい噂だったのよ!貴方達は噂通りとっても綺麗ね!テア様は大自然の緑の色で、エリュシオネー様は、雪みたいに真っ白!まるでお一人それぞれが宝石みたい!」
「見た目だけじゃなく、言葉も話せてマナーは完璧、そのうえ魔力も高い!って学園の先生方が教務室で話していたの聞いたんだから!」
「じゃあ、その噂ってのを本当かどうか確かめられるわね。」
遠くの方で大げさに一人の声が響いたと思えば、何人かの娘が集まっている中心に、懐かしき竜の幼馴染を思い出させる色の髪を高く結い上げ、派手に化粧をあしらった一際目立つ娘がいた。
「その宝石みたいと言っていた髪!今までそんな色をした髪を持った方見たことある?やっぱり人間じゃないんだって、ハッキリわかるわよね。それにあなたのその真っ白い色!…クスッ、まるで幽霊じゃない。美人で綺麗って噂だったけど、私はちっともそうは思わなくてよ!」
「メレディス様!いくら何でもそんな物言いは…!」
「あらパメラ、貴方そこにいたの。それに、あなたがそんな口を私に利いても良いのかしら?お父様に言いつけたらどーなるんでしょうねー?」
「あ…申し訳ございません…。」
笑顔で溢れていた場が、一気に暗くなる。メレディスといったか、その娘と周りのコバンザメたちは謁見の玉間にいた貴族たちのように私たちに対して負の念を感じる。ふくよかなニコラと言ったか、私が水を浴びせた生徒は一層怒気を強めた顔で私を睨んでいる。教室に入った時に感じた不快な視線は彼女たちのものか。
「お父様が言ってたわよ。国王陛下の御前に姿を現した時は、なーんにもマナーのマの字もできていなくて、しかも、陛下に対して無礼な言葉を吐いたってね!さっきも、ちょーっとニコラが冗談を言っただけなのに水をかけてくるなんて!可哀そうなニコラ、あなたは悪くないわ。…流石は人魚の国のお姫様、人間に憧れて人間そっくりになったつもりでしょうけど、その本性が隠しきれていないんじゃないかしら?」
メレディスとやらは私たちと親交を深める気が無いということは分かった。
(…これ、本当に私たちに対して挑発しているだけだよな?パトリシアの時と同じパターンではないだろうな?)
「お姉様、大丈夫ですわ。」「姫様、今のは合っております。」
(あ、良かった)
ならば、多少言われたのであれば言い返しても文句は言われまい。
「悪いが、人間を憧れたということは一度もないな。陸で生活する際に不便だから同じ形態に変化したまでだ。あと、父親の威厳ばかり借りず、少しは自分の言葉と立場で堂々と話したらどうだ?お前もパメラも同じ人間だろう?」
「まっ…!…お父様に聞いた通り、何にも理解していないのね。」
理解する必要が今までなかったからな。
「ふん、あなたに名乗るつもりはなかったのだけど、知っておいた方がいいわ。私はメレディス・ロス。ロス公爵家の一人娘であり第一王子フレドリック様の婚約者よ!海では王女様だったんでしょうけど、陸の上ではまな板の上のただのお魚ってこと、皆教えていないようだから私がわざわざ教えてあげているの。あなたたちが私と同じ特別室を与えられるなんて、認められないわ!」
ギリィ…と怨めしそうに見るその目からは好意は全く感じないな。
「認めるも何も、そなたではなく学園長が決めることではないのか?」
「そうねぇ、それに、お姉様に言われましてもって感じ。お気に召さないのなら私たちの保護者のダンカンさんに言ったらどうかしら?」
「んな…!…この、…覚えておきなさい!」
テアの言葉にメレディスはぎょっとし、フンと鼻息を荒くしてニコラ達を連れ早足で去っていった。
上級の塔は…いや、学園自体が人間の国の縮図として見ているようだ。人魚に好意を持っているもの、嫉妬や侮蔑の念を持っているもの、ただただ種族が違うだけで遠巻きにするもの、嫌がらせをするもの。
災厄の姫と呼ばれていた海の中でも、民たちには恐れられ、アデリナ一派の臣下からは疎まれていたから別に慣れてはいる。慣れてはいるのだが、今までほとんどの月日は宮殿の深窓に大人しくしていたからか、怒涛の他者との絡みに酷く疲れる…。
正直言って、今一限目にして、もう部屋に戻りたいのだが。
「はぁ…。」
学園内で穏やかに過ごすのは一筋縄ではいかないような気がした。




