20. エルメンタ国王
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「んな!国名さえも言えないの?!」
「どんだけ馬鹿にしてんだろ~」「しかも王女って」
「名前、王城に入るとききちんと伝え…ましたよね…?」
テアを筆頭に妹たちは怒り心頭のようだな。ララは髪と同じように真っ赤な色を顔に移していた。
それもそうだろう。一国の王女たちが来るにあるまじき対応である。
人間は一体何を考えているのか。
玉間に進む私たちをジロジロと不躾に眺めてはひそひそと何かを喋る、クスクス笑う、嘲笑う。
『人魚の国が海で見つかったんですって。それをコーネリウス殿下がいとも簡単に掌握してくださったとか。』
『まぁ、あの伝説上の種族が本当にいたの?では我が国の国力も更に強くなることでしょう。』
『あの者たちは人魚の国の姫君だとか。』
『流石伝説の種族だけあって、見た目は立派な事。でも、礼儀の方はどうかしら?』
見世物のような視線は海底で嫌ほど経験していたからそれほどでもない。だが、王への挨拶と今後のことについての通達だけにこんなに人を呼ぶとは、謁見自体がまるで見世物としていてその腹持ちが好かぬ。
はぁ、と小さくため息をつく。公の場でついてしまった。
ライラや民を多く殺した人間という種族がこうもうじゃうじゃと周りにいて、何をされても今は我慢せねばならぬと思うと、ため息もつきたくなるものだ。
ついに玉間の最奥部に着いた。王だというのに、でっぷりとした肉付きの良い腹、顔から首に漏れ出る肉、戦えばすぐに折ることができそうなか細い手足首。明らかに私のお父様と違う体つきだ。
あのような体でどのように民を守ったり、狩りに行ったりするのだろう?
膨大な魔力でもあって動く必要がないのか?…いや、魔力はほとんど感じぬが?魔力を隠しているのか?だとしたら侮れぬ相手だ。
だが、あのシャルロッテの番候補に感じた、ラウラを殺した者に似た見た目、感覚は全くない。シャルロッテの番候補のコーネリウスとやらの母親の方が仇の血族か?
『ほぉお、ほぅほぅほーう。朕によく面を見せよ。どれ、近う寄れ。』
舐めまわすような視線に一種の不快感を感じる。このように見られるのは初めてだ。
妹たちも同じようで、中にはふくれっ面をしている子もいるが…。
『生憎、まだそなたの近くに寄るほど親しくなった覚えはない。我らの国の名前も覚えぬ者には我ら個人の名前も覚えることは難しかろう。名前を知らずして親しくはなれぬ、親しくなければ通常誰でも近づきはしまい。』
周りの有象無象がガヤガヤと騒ぎだす。
ほぼ不快な視線への当てつけのような言い方だったが、理屈は通るだろう。
理屈が通るので失礼ではないはずだ。
『ほーぅ、なかなか気丈夫な娘だ。朕は気に入ったぞ、その反抗的な目、朕を、この場をものともせぬ言いっぷり。大した度胸、大した度胸!よいよい、そなたらの国はどうせ時期に朕の倅のコーネリウスが代わりに治め、我が国の一部となるのだからな。そなたらのちっぽけな国など覚えなくてもよいのだよ。ほーーーっほっほっほほ!!』
今にも掴みかかりそうになっているララを左腕を上げて動きを止める。
予想はしていたが、やはりな。人間め、昔したことを、そしてそれがどんな代償を支払ったのかも忘れて何処まで強欲に走るか。
正直、私も妹たちに負けぬほど今すぐにこの場を崩壊させたい。
人間に私がそう易々と我が国を、海を渡すものか。
だが、今はまだ我慢の時だ。
『ふん、ちっぽけといったな。私が知るに海は陸よりも広い。そして我が国は海のほとんどを治める。それがどういう意味を為すか人間は知らないらしい。』
きょとんとした王と周りの人間。次の瞬間どっと笑いが巻き起こる。馬鹿にする笑いだ。
『何がおかしい?』
『無知なのはそなたの方ではないか、箱庭の人魚姫よ。分からないなら教えてあげよう。朕が自ら教えるのはなかなかないぞ。我ら大陸に住むものは様々な種族が様々な国を形成し、領地を奪い合いひしめき合うまさに泥沼の体をなしておる。そなたらが支配する平和な海を治めるとはわけが違うのだよ!朕の国は大陸でも有数の大国。見れば一国の王女といえど礼儀など基本的なこともなっていない、そんな国、幾ら広しといえど中枢を握ってしまえばどうとでもなるわい!』
勝ち誇った顔を向ける肉塊、もとい王に呆れが生じる。
そして、方々から『無知なのはどっちだ?』『恥知らずの人魚姫だ』と言った野次にもだ。
我ら人魚が平和に海をずっと支配できたかというとそうではない。それは当然のことで、あの広い海には数多もの違う種族や海魔が棲んでいる。我らに陸のことが分からぬのと同じく、こやつらも海のことは分かっておらぬ。
まあ良い、試したところで失敗し、しっぽを巻いて海から逃げる様子をじっくり見てやろうではないか。
『ほほー?あまり動じぬな。肝の座った、なんとも小気味悪い小娘よ。全てを見透かしたような目をしおって、つまらぬ。まあよい。お主達は朕らが海の実権を握る間に学園へ暫く行ってもらおう。一国の姫とは到底思えぬ立ち居振る舞いにカーテシーも知らぬとは、いやはやさぞ海では数々の英才教育を受けていたのだろう。体裁を繕えるくらいになったら、他国への土産くらいには役に立ってもらおうかの?そなたらが望むならこの国にいても良いぞ…朕の側妃としてな!ほっほっほほ!』
王の言葉にまた周りの人間から下卑た笑いが聞こえる。
「言わせておけば…!」
「姉さん、もう、やっていい?」「いいよね?もう我慢したよ?」
「お姉様、私ももう耐えられませんわ!お姉様を見る目が汚らわしすぎてあの目を早く潰したいの!」
「ちょっと…これは私も我慢できません…!」
「姉さん、私も同感。流石に付き合ってらんないよこんな場所。」
妹たちが口々に我慢の限界を訴える。すまない、我慢してくれ。
今この場は、そなたたちは大人しくしておいてほしい。私だけ印象を強くさせておくと後々の攻撃対象が私になりやすい。
そうすることで少しでも妹たちを攻撃対象から外すことができるという浅い考えだが…どうか許してくれ。
「そんな…!それではまたあの海でのような生活になるかも知れないのに!それはダメよ、お姉様。」
そうでなければ妹たちにも攻撃が行ってしまう。少しでも矛先を集中させて人間の動きや考えを分かりやすくさせたい。それに、人間にしつこく監視されるターゲットになってしまえば他種族との交流も、我らがノッケンメーア王国を何とかしようとする計画も、人間に筒抜けになってしまう可能性が上がる。
ここでお前たちの印象を薄くしておけば人間の監視の目も粗くなる。
だが、少なくとも私もそなたたちと同じくらいは怒りを覚えている。このまま黙っているつもりはない。
そう念ずると、納得はできないものの今は反論する言葉がないのか、妹たちは黙って口をつぐんだ。
我ら人魚は人間のマナーなど知らぬ。人間との交流を絶って500年、既に最新のマナーや文化は随分変化したとみる。それを知ってわざと馬鹿にした嫌味を言うとは、人間は傲慢なだけでなく陰湿な生き物だったのか。ふと、最早既に懐かしいとある意地悪親子を思い出す。全く、マナーというか礼儀がなっていないのはどっちだという話だ。
『っふ、我らが学び舎に行くのは構わぬが、お前の民の教育もこの様子ではなっていないな。一国の王族に対して先ほどから見ていれば無礼に無礼を重ねる態度。先にそやつらを行かせてやったらどうだ?』
そういうと王と国民の目つきは小ばかにしたものから敵対したものに変わっていった。
『黙れ小娘が!つくづく面白くない奴め。海を掌握するまでの人質、道具風情が吹くでないわ!海を手に入れたら貴様らなぞどうとでも好きにしてやるわい!もうよい!さぁ、下がるがよい!』
口泡飛ばしながら叫ぶ小さな太った王を尻目に既に我らは『ドア』の方へと歩き出していた。
言われずとも、一刻も早くこの肉塊の集会から離れたいといったところだ。
『そういえば、その海に関して一つ忠告をしておこう。』
私は妹たちを先に行かせ、一人『ドア』の前で立ち止まり、王に話しかけた。
『ふん、小娘の言うことなぞ今更聞く気にはなれん。だが、海の出の者の忠告として一応発言を許す。』
『「平和な海」、と先ほどお前は言った。当然、海には人魚だけが住んでいるわけがない。この陸よりも広く、深い海はまさに魑魅魍魎の跋扈する混沌とした世界。それを治める我らの実力を侮ったこと、海の深さを理解しないことを後悔するがよい。』
鋭くにらみ、魔力で多少威圧する。
窓から入る光が急に少なくなり、部屋が暗くなる。
コツン、ゴッと窓に何かが当たる音がする。
寒気が玉間の空間を渦巻き、微かに霜が降りる。
ガタン!と王が席を立った。青筋立ててこめかみがヒクついている。
王と集まった貴族のような人間の固まりの視線が一斉にこっちを見る。
『…お前たちに、海は決して渡らぬ!』
そう宣言し、拳を握ってわなわなと身体を震わせている王に背を向け、私は玉間の『ドア』から堂々と出ていった。




