13. 変化薬
入院してしまい間隔が空いてしまいましたが、続きを可能な限りやっていきます!
アメリアと宮殿から出発して1日経つくらいだろうか。シュリッテンに乗り黒いイルカのディリーとフィンに全速力で走らせてもこれくらいかかる距離に、氷海はあった。
ようやく着いた氷海の深くに、ごつごつとした岩に穴が開いたような塔が佇んでいた。
「あそこが、魔女ドロテア様のお住まいです。現在はここ氷海一帯の領主として実質氷海から出られないようになっています。」
「これはあまりにも粗末な塔ではないか。」
「氷海はノッケンメーア王国の中でも一番閑散とした寂しい場所です。なによりも水面に近ければ近いほど凍てつく寒さです。ただでさえ犯罪者の流刑地として有名なこの海に、王の不興を買い、この地に追いやられたと当時噂された彼女の為に誰も立派な住まいを作ろうとは思わなかったのでしょう。」
「そんな…。」
確かに、よく当たりを見渡すと所々生気のない顔で海底を徘徊している人魚たちがいた。このような者たちには真っ当な目の光もなく、ただ怨めしそうにエリュシオネー立ちを見上げてる。
「…とはいえ、彼女は王宮随一の魔術師です。気に入らなければ宮殿にも匹敵する館を魔法で建てることも可能だったでしょう。そうしなかったのは、彼女も姫様に負い目があると感じていたからだと推察します。」
国で一番の魔術師は、今や国で一番寒く寂しい海の主として、国から呼び出される以外ずっといなければならなかった。そして、この500年間彼女が呼ばれたことは、忘れられたように一度もない。犯罪を犯した人魚でもないドロテア殿がここへ送られたのは一人でも私の心の支えとなる味方を排除したいアデリナの思惑だろう。私のせいでこんな不便な場所へ閉じ込められたと思うと申し訳なさでいっぱいになる。
「姫様は何も悪く思うことはございませんよ。ドロテア様もいつまでも姫様の味方と、宮殿を去る日に仰ってました。なにより彼女の性格だと、姫様に会えることを楽しみにしていることしか考えていないと思いますよ。」
私の表情を察したのか、アメリアがフォローをしてくれた。相変わらず私の機微に敏感な彼女に感心する。無表情を500年鍛えてきたはずなのだが、彼女の前では鎧も意味なしだ。
だが、そうか…そうだな。私も500年ぶりに彼女に会うのが楽しみだ。小さいころは良くいろんな魔法を教えてもらった。
今日は物入りで、しかも最後の挨拶になるかもしれないが、会わず仕舞いよりよっぽど良い。
塔の最上部から懐かしいしわがれた声の歌が聞こえる。毎回歌詞は違えどそのメロディで彼女は幾多の薬や呪いを作ってきた。その懐かしい歌に誘われるように彼女がいるであろう窓からそっと顔を覗かせた。
窓から彼女の姿が見えたから驚かせようと思って顔をのぞかせたが、流石は国で一番の魔術師。私のことは最初から分かっていたかのように窓を見た時から目が合っていた。
久しく見る彼女は記憶と同じく奇妙な鼻を持ち、奇天烈な身なりをしていた。ウニョウニョと動くタコ足のケープは500年前にも着ていたな。「そんなもん流行ったの見たこともないぞ」と以前彼女に言ったのを思い出した。怪しげな黒蝶貝の長杖でついて歩いたり、その杖で様々な魔術を行使してきた。
500年経った今でも流行りはしなかったが。彼女は自分が着たいものを着る、したいことをする、自由でとてもまっすぐな人魚だ。
懐かしい歌に顔、思わす何かが胸に込みあがる。
「相変わらず薬を作るときはその歌なのだな。」
突いて出たのはなんとも普通の言葉であったが、その言葉を聞いた彼女は記憶にもない優しい表情を浮かべていた。
「これはこれは、一の姫様。遥々こんな僻地までようこそおいでくださった…ひっひ…して、この氷海の魔女めに如何な用でございましょう?」
災厄の姫として畏怖の目で見られるでもなく、邪魔者の目で見られるでもなく、姉妹以外からの等身大の視線での会話だ。この感覚が懐かしくもつい昨日も交わしたような挨拶でむず痒い。
そもそも、一の姫なのだからほとんどの者が私と対等な目線で話してこなかった。家族以外で気安く声をかけてくれたのはライラにルキウス、そしてここにいるドロテアくらいであったか。
ドロテアははじめ「ひひひ」と笑っていたが、その顔は何かを穏やかな笑みに変わって私を抱きしめてきた。
「大きく立派に育ったねぇ…大変だったろうに…。」
姉妹以外からこうして温かい抱擁を得るのはいつぶりだろうか。冷たい海が、ここだけはサンゴ礁より温かく感じる。だが、彼女に素直に甘えてよいものか、未だ私の中にある心苦しさを彼女に聞いてみた。
「ドロテア殿も、私のせいでこんな地に飛ばされたと。とても申し訳ないと思っている。本来、私の頼みを聞くどころか顔さえも見たくないだろう。こうして迎えてくれたこと感謝する。」
「何を言うんだい!あんなの、ただの魔力暴走じゃないかい。それを止められなかったわしの責と、アデリナ一派の画策が重なったからここにいるのさ。決してあんたのせいだと思わんこったね。…だから、そんな顔をしなさんな。ほれ、せっかくのべっぴんさんだ、笑っている方がお前さんはいいよ。」
アメリアが言う通り、本当に私のことを昔のように変わらず好いていてくれているのだと直接感じ、やっと安心できた。
長く伸びた爪に斑点模様、しかし温かい大きな両手が頬を包む。こんなに優しい人魚がどうして私を庇うだけで根も葉もないことを言われねばならぬのだろう。
「よくない噂を聞く」といったテアの言うことが少し気になった私はアメリアに詳しい話を聞いた。氷海の海の塔へ移ったことは侍女の一人から聞いていたがまさかあのような話が民の間で定着していようとは。
氷海の塔へ行った理由が最初は私の「災厄」をわざと止めなかったからという話に尾ひれがつき、民を惑わした悪しき魔女であったり、薬や魔法で願いを叶える代わりに大切なものを奪う悪であったり、恐ろしい見た目は彼女の醜悪な性格を映したものであったり様々な話がはびこっているそうだ。
恐ろしい見た目というのは…、まぁ、確かに慣れなければ恐ろしく感じる者もいるのだろうか、だがそれ以外は荒唐無稽な話だ。
そんな話が国中に広まっても彼女はずっと耐えてきた、それも私のきっかけでと思うと心痛い。
だからだろうか。こんなに優しく迎えられても彼女を直視できない。
「…ほれほれ!まだ自分のせいとかみみっちいこと思っているのかい?!お前さんが何も思うことはないよ!それに、わしはもう一度お前さんに会えてここ最近一機嫌が良いんだ。そんな湿気た顔してわしのせっかくの楽しいひと時を無駄にするんじゃないよ。」
「そ、そんなつもりはない!…ただ、その…いや、すまない。」
「わかりゃいいんだよ。ま、お座り。お望みの薬はあと少しでできるさ。」
流石腕利きの魔術師。私が来る理由もお見通しだったのか。
そんな私の感心した顔を見てか、ドロテア殿は部屋の一角にある大きな窓を差した。近づいてみると他の窓と材質が違うようで、まるで透き通った氷のようだった。その中に宮殿のあちこちの様子が映っていた。
右上には姉妹たちそれぞれの様子が、中央には私の部屋が、そしてアデリナやシャルロッテ、人間の様子もそれぞれ映っており、それが窓に浮かんですこし泳ぐように消えていく。
「すごい、ドロテア殿、こんなもの500年前には見なかったが?」
「ここに来た時にちょうどいい大きさの鏡面水晶が沢山あったから作ってみたのさ。最初は面白半分に実験してたんだけどねぇ。うまくいったさ。すまないね、あんたのことはずっとそこから見ていたのさ。そう、ただ見ているだけはできたのさ。」
「なるほど、それで今回の私の訪問の理由も知っているというのだな。」
「そうさね。薬ができるまでの暇つぶしに使ってみたらいいさ。例えば、お前さんの妹さんの誰かを思い浮かべてごらんよ。」
「アメリア、あんたは薬の仕上げの手伝いをしておくれ。」と言われ、アメリアは指示された場所へ行ってしまった。
その間にドロテア殿は大釜の中をかき混ぜ様子を見ている。
ふむ、思い浮かんだ者の姿を映せるのか?そうだな、ウータとウーテはいつも予想外の行動をするが私がいない間は何をしているのだろう。彼女たちを見てみよう。
そう思ったその瞬間二人の姿がそれぞれ窓に浮かび上がった。
珍しく今回は別々で行動しているらしい。
ウータはシャルロッテに大量の海藻を送り付けていて、ウーテは人間の王子の部屋をイカ墨で満たしている。
行動は別々だがくだらない悪戯をしているのは同じか。一体何をしているんだあの二人は。
「思い浮かんだ者を好きなように覗くことができるようだな。」
「ひっひっひ。その窓は便利だろう?覗かれた相手にも気づかれない優れものさ。だからお前さんの様子は全部まるわかりでねぇ。…そろそろ陸へ追放されるということも、そのために人間の姿に変わる薬を求めに来たことも分かってたのさ。」
なるほど。彼女は私をずっと気にかけてくれていて、国王やアデリナに気付かれないよう見守ってくれていたのだ。
「ドロテア殿、ありがとう。ずっと気にかけてくれて。それを知っただけでとても心強い。」
この感謝はきちんと伝えておきたかった。ちゃんと笑顔で言えているだろうか?
「わしはずっとあんたの味方だよ。…ちょうど良い。宮廷に仕えることのない今、ここさえ出なければ王でなくお前さんに助太刀できるんだ。」
ドロテアは何かドレッサーからごそごそと探り、2つのお揃いの琥珀色のロケットを取り出した。
「これは…?」
「このお揃いのロケットは持つ者同士でどんなに離れていても話すことができるのさ。それに、魔力とお互いの合意があればどちらかの居場所に行けるゲートを作り出す代物さ。」
なんだそのような優れた魔法具、今まで見たことないぞ。
首にかけたロケットを見る。琥珀色に輝くその中にはよく見ると幾多もの魔法陣が小魚の群れのようにひしめいている。
これほどのものを作るためには余程良い腕と素材が必要に違いない。
「この塔の生活があまりにも暇でねぇ。若いころ考えていた魔道具を次々と作っていた、その一つさ。これでお前さんと私はいつでも繋がることができるってわけさ。」
「この魔法具は海ではそなたくらいしか作れないだろうな。良いのか?私に片方渡してしまって。」
ドロテア殿はため息をつきながら私に片方のロケットを首にかけた。
「この500年、我が身可愛さにあんたに何もできずただ見ていただけなんだ。今後はこれを通して何か役に立ちたい私のエゴだよ。お前さんさえ嫌でなければ、受け取っておくれ。」
アメリアの方を見る。ちょうどドロテア殿の手伝いが済んだようで壁際で邪魔にならぬように待機していたのだ。
「姫様、こちらの品はこの世に滅多にない代物です。それだけのお気持ちをドロテア様が示しているのだと思います。それに、海の協力者と一人でも繋がっていると何かと動きやすいかと。」
確かにそうだ。それに、今更気持ちを無碍にするような失礼なことはできぬな。
「ドロテア殿、ありがとう。また昔のように何かあれば頼らせてほしい。氷海の穏やかな生活が崩れるかもしれないがな。」
「ひっひ、退屈してたんでねぇ、お安い御用だよ。それに、さっきも言ったんじゃがこれは私が今まで何もできなかった罪滅ぼしでもあるのさ。国崩しだろうが何だろうが何でも言っておくれよ。ほれ、もう薬ができるころだろうよ。」
そう言って彼女は大釜の下にある不思議な青白い炎を指一振りで止めた後、何か小瓶の中にある透明な粘液を一滴垂らした。
「これは銀水魚があくびをしたときに出てくる粘膜を羽根付きサンゴの卵と煮込んだものさ。」
色が澄んだ黄色になったかと思うと赤く変色し、赤紫のドロドロとした粘っこい粘液に変質した。
「そして、最後に必要なのが触媒だ。魔術は魔法をより強固に、より持続させるために触媒を使うことは覚えているね?私の弟子ならこの中で一番いい触媒は何かわかるだろう?」
部屋を見渡す。今まで入れてきたものどれもが触媒になりえる貴重な魔力のこもった物質ばかりなだけに、これ以上の質の触媒が必要ということだろう。だが、部屋の薬棚にはもう触媒になりそうなものは無いように見える。
「私の弟子なら、自分の体を使うことも視野に入れないとだねぇ、ヒッヒッヒ。……まだ分からないかい?」
「自分の…体…?」
少し体がこわばる。思い出したばかりの忌まわしい記憶、人間が人魚の血を求め殺戮する記憶。
自分の血、これも触媒になるのか?血…人魚の血は、利用価値があるから…ラウラ…
少しだけ震えた手が震える。心の波が荒れていきそうだ。
ポン、と頭にごつごつした手が置かれた。
「あんたに嫌な思い出を思い出させてしまったようだね。…安心をし、お前さんの血じゃなくても、お前さんの体の一部、鱗や髪でも充分立派な触媒になる。お前さんの魔力を吸い続け、自ら発光している真っ白で純度の高い触媒だ。それを少し、貰えないかい?」
ドクン…ドクン…と大きく鐘を打っていた私の心は少しずつ元の穏やかな波になっていく。
ドロテアは、私のことを心配してくれている。宮殿の外にも、私のことを想ってくれている人魚がいた。そのことが私の心を改めて癒していく。
「それなら…」
手のひらの大きさほどの根元に近い鱗を一枚べりッと剥がす。
「…っ!姫様っ!…っドロテア様!いくら何でも姫様に鱗を所望とは!」
「アメリア、良いのだ。髪よりもこちらの方が触媒としてはうってつけだ。そうだろう?」
「ご名答だよ。鱗の方が魔力を蓄積しやすいことは覚えていたようだねぇ。」
赤紫のドロドロとした液体が発光して大きな煙とともに爆発したかと思うと銀色の細かい粒子の入った液体に変貌した。
「凄いな…流石この国一番の魔術師だ。」
「「元」さ。…あとは、この薬を何か身に着ける物に漬けたり流し入れたりしたらいいだけさ。魔力に反応して、空気に触れたら人間の姿になり、水に触れたら人魚に戻る。陸の生活に対応できるよう体を作り替えるものなんじゃが、効果が効果なだけにとても強力でね。効果は出る代わりに、人魚以外が飲むとその効果はその者の魔力の器と身体の強さによって効果は変わるだろう。下手をすると死ぬかもしれない。」
ドロテアが手のひらサイズの水晶の小瓶に銀色の先ほどの薬を入れながらその鋭い目つきで見据えていった。
「いいかい、効果がわからない以上くれぐれも人魚以外の者に飲ませてはいけない。だから、なるべく人魚以外には知られないようにすること、いいね?」
目をそらすことのできない気迫とともに私に手渡してきたドロテアのその真剣なまなざしに、私は頷く以外の選択肢がなかった。
だが、同時にあるアイデアを思いついた。
「ドロテア、もしこの薬を「身に着ける」方法で服用出来たらどうなる?」
「なんだって?」
聞いたこともないもんだと、少々困惑した表情でドロテアが再度こちらを見る。
「いやなに、そなたの貝の長杖と同じで魔力を通せばその薬の効能が発揮するような魔術具にしてしまえば、私たち以外にこの薬の効果は使えないだろうと思ってな。」
そういって、目の前で真珠貝や黄金サンゴで編んだ腕輪を創ってみた。中心には核をはめ込む空間がある。
「核には宝石で…私の場合はオパールが相性が良いから、これで薬を混ぜて…どうだ?」
小さなポシェットからお気に入りの宝石であるオパールをもとあったネックレスから外し魔力で溶かす。一度溶けたオパールは数滴の薬を垂らすとぐるぐると混ざり始め、やがて私の手の中で元の形に戻った。
それを見ていたドロテアは驚き半分、呆れ半分と言った様子で眺めていた。
「全く…師匠よりできる弟子がいると退屈しなくていいもんだが、それができるのはあんたくらいだろうよ。「普通」は、やろうとしてもできないんだ。ましてや物を術式もなく自在に作り替えちまうなんてねぇ…。こちらへ良く見せておくれ。」
私がドロテアに手渡すと、ドロテアはジッと完成した腕輪を観察した。
「…確かにこれで、あんたが思うように魔力を意図的にこの腕輪に通すことで変化は可能だろうねぇ…ただ、暫く陸で過ごしているうちに、気を抜いていると水を被った時には姿が戻ってしまうだろうから、そこには気を付けるんだよ。」
「そうだな、そこは気を付けよう。ありがとう、ドロテア。」
呆れながらも優し気な眼差しで、この海一番の魔術師は災禍の姫を見送った。
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