12.氷海の魔女
海の魔女さんのお話です。
ノッケンメーア王国の最北端、そこは氷に覆われほとんど生命の鼓動は聞こえないため氷海と呼ばれる場所であった。
その為、ほとんどの魚たちのみならず人魚たちも好んでこの海に近づかない。歌や踊り、宴が大好きな人魚の国ノッケンメーア王国の中では異様な海なのである。
その氷の下の深い海のまた深く、水面の凍てつく世界とは間反対のような燃えるような赤い岩がドロドロと湧き出て、ふつふつと煮えたぎる熱い湯もあちこちから噴き出す中に、独りの老女の人魚がいた。
黒っぽい青緑の尾はカギ型、ところどころ腕のような小さな尾鰭が尾鰭から出ているようななんとも奇妙な風貌であった。
下半身に負けず劣らず上半身もこれまたヘンテコで、首からケープのようにタコを羽織り、長い鼻はアカヤガラのようだった。
そのおかしなケープをカギ型の尾と一緒にゆらゆら揺らし、アカヤガラのような鼻で鼻歌を歌いながら老人魚は次々と瓶に入った希少な素材を大鍋に入れていく。
そう、彼女は今日は久しぶりに客人が来ると心弾んでいた。
その客人はこの国で一番美しく、一番高い魔力を持つ一の姫である。
国で一番の薬が作れると、国で一番の魔術が使えると謳われていた宮廷魔術師ドロテアは、一の姫ととても親しかった。
人魚の世界では、魔力は誰でも持っており、魔法は魔力とイメージ、そして心の波長が合えば比較的に簡単に誰でも簡単なものは扱える。逆に魔術はその魔法と特別な触媒と術式、法則を理解して実現される、魔法より持続力もあり強力な魔法、という位置づけだ。魔術は魔法を習得するより難しいのだ。
一の姫と会うたびに様々な魔法の使い方や魔術・魔法薬を教え込んでは、国王に「お前は余の娘を魔術師にでもするつもりか」とたしなめられたものだった。
今、国で一番の腕の魔術師だったその彼女は国王の側室の謀りにより氷海に追いやられていた。
一の姫と親しかったがために、彼女の味方を少しでも削ごうとしたのだろう。国王の側室は、ドロテアが一の姫と親しかったためわざと一の姫の「災厄」を止めなかったのだろうと糾弾した。
あの魔力暴走はいくら宮廷一の魔術師である彼女でも抑えられるものではなかったといくら言っても、側室が周辺の貴族を味方につけ、騒ぎ立てたおかげで結局国王はドロテアに何かしら処罰を下さねばならなかった。
その結果として現在氷海におり、日々黙々と彼女に与えられたもの寂しい荒岩の塔にて新しい魔術を考えては誰に見せるでも使うでもなく、そのへんの小さなカニや深海に潜むぬめりけの多い小魚たちにかけて遊んでいたのだ。
魔力の宿った特別な水晶の窓で、彼女のことは時々覗いていた。だから今日彼女がここへ来ることとその理由・目的・経緯も大体把握していた。
可愛そうな彼女のお気に入りの一の姫は、どうやらもうすぐこの国だけでなく海からも去らねばならないらしい。
魔力暴走をしてしまった後、国王は人が変わったように一の姫を愛さなくなった。いや、正確には徐々にだが。
現在の一の姫への扱いは水晶を覗くも見てられないほど酷く辛いものだった。
魔力暴走なんて、子供のころによくあるものだ。特に魔力の強い子であればあるほどその気はある。だから規模が大きい魔力暴走と民に説明すれば良いのにどうしてか「災厄」と名付けられた一の姫の魔力暴走の件はその後ずっと彼女を苦しめ続けたであろう。
そんな一の姫は魔力暴走に関連するすべての記憶を失い、突然皆から「災厄」と呼ばれ最初は驚き悲しんでいたものの、最近はほとんど感情に動きが無いように見られた。
可哀そうな一の姫、きっと心の動きを自ら封じてしまったのだろう。
そのため、一の姫がここへ来ると知った時、ここ数百年ずっと見るだけだったこの老人魚に、やっと一の姫に何か手伝えることがあると知って喜び勇んだものだった。
「わしのかわいい王女様。やっと力になれるようだねぇ、ひっひっひ…。」
ご機嫌な老人魚ドロテアは薬を煮込みながら歌いだす。
紅白サンゴにウミホタル
カツヲノエボシの毒少々
鼈甲が溶けるまで混ぜ込んで
色は何だね何になる?
銀になる?金になる!
アブラカタブラほれどうさ?
望みは何だねお姫様
陸で生きるにゃ足が要る
陸で暮らすにゃ肺が要る
人魚に足を、人魚に肺を
わしに作れん薬はない
アブラカダブラほれそうさ
小さいころに彼女の「師」と呼ぶ育て親がおふざけ半分で歌っていたリズムは癖になり彼女の薬を作る時の定番のメロディーになっていた。
今回は一の姫の求める薬の材料を歌詞に混ぜ込んで歌う。
その時、どこか懐かしいが、記憶より低く落ち着いた声色が塔に響いた。
「相変わらず薬を作るときはその歌なのだな。」
そろそろ来る頃と感じていた。彼女の大きな魔力は例えこの氷海からでも宮殿にいた時から感じられる。その魔力の存在感がだんだん近いと訴えていたのだ。
氷海の魔女の塔に白く輝く髪を漂わせた高貴な顔が窓から顔を覗かしていた。
「久しいな、ドロテア殿。入ってもよいか?」




