10.災禍の姫は北へ向かう
「そういえば、私たち人間の国の学園?というところに行くのはもう別にいいんですけど、私、陸に上がったこと…ないです。」
「安心してフリーダ、シオン姉様以外皆そうだから。」
フリーダとヘラが話を切り出す。問題は陸でどのように過ごすのか、か。
「すまないが私も陸と言えども海岸という海と陸の狭間の岩場に腰掛けるだけの記憶がほとんどだ。陸は水がなく、我らのこの鰭では思うように動けぬ。そう覚えている。」
「え~?じゃーどうやって学園ってところに行くのー?」「ぴちぴち跳ねる?」
…うーむ、今の姿で何もなしに陸に上がるのは確かに干上がるのみだ。私であれば常時水魔法を展開し、浮遊水球の中に入って移動するという手もあるが…妹たちにそれができるとはまだ思えない。
「姫様、大抵の人魚はそんなことできませんよ。」
そうか…できなかったか。
…あ、彼女は果たして今は元気でいるだろうか?
「彼女?お知合いですの?」
テアが私の思念に反応する。
「あぁ、私の魔法の師でありこの国の第一魔術師ドロテアだ。知っているか?」
氷海の魔女とは、その名の通り北の氷で覆われた海の深い底に棲んでいる変わった尾ひれの形をした魔女だ。名をドロテアという。
私が昔記憶をなくす前に会ったときにはよく可愛がってくれた。彼女なら作れない魔法薬はないと言われ、当時は彼女の開発した魔法薬のレシピをもとに人魚たちがこぞって魔法薬をつくり、人間たちと取引していたのを思い出す。
その彼女に頼めば、人間への変化薬を作ってくれるのかもしれぬ。
しかし、アメリア以外皆首をかしげる。
「うーん、そんな人今はいたっけ?」「いないと思うー。」
「確か歴史書にその名があったような…気がします。」
「えぇ…でもそれは第一魔術師という記載ではなくどちらかというと…」
「??」
どうした?皆知らないのか。彼女は生きているのか?
「生きてはいますよ、姫様。ただ彼女は現在…氷海の塔へ幽閉状態にあります。」
…え?…何故だ?
何か、悪いことしたのか?いや、そんなはずはない。
「あ、ほんとだー。アーカイブに書いてたー。」「えー理由はー?」
「…ウータ、見せてくれ。」
私がウータが呼び寄せた魔力で作られたアーカイブをより強い魔力で引き寄せる。
「…!姫様!姫様が見るほどの者では…!」
アメリアが見せないよう両手で目の前を覆わんとしたが、アーカイブは直接脳に届くためしっかりと読み込んだ。
―ドロテア・ホルバイン―
XXXX暦 XXX期 氷海の主に任命
経緯:一の姫の魔力暴走を敢えて止めず大災禍を助長したものとして、氷海の主として永年都に入ること及び一の姫に今後近づくことを禁ずことを決定。此れ、容認されたし。
…なんだ、これは、こんな、私のせいで…。
「姫様、これは姫様のせいではありません!決して!」
「そうよ!シオン姉様、これは何かおかしいわ。だって、ここに書いてある文章あまりにも短いもの!宮廷魔術師として活躍していたのにこんな短い結論だけの文章…経緯やこの判決になった理由があまりにも少なくて雑なの。何かあるのよきっと。」
「アメリア、何があったか具体的にあなたはご存じなの?」
アメリアにヘラ、テアが口々に言う。確かにおかしいが…私の、魔力暴走が原因なのははっきりしているではないか。
「姫様、お聞きください。確かにここの記録には姫様の魔力暴走を止めなかったとありますが、実際はそんなことはないのです。ドロテア様は必死にエリュシオネー姫様の魔力を抑える結界魔法を積極的に展開して海の荒廃を防いでこられました。そして、姫様の魔力暴走がどうやったら止まるか、知恵を絞って王、あなたのお父様に一番に協力しておりました。」
違う、アメリア、問題はそこではないのだ…。
「それをアデリナの一派がわざと異なる証言をし、ドロテア様こそが国の混乱を助長したと糾弾したかと思えば、国王が不在の一時をついて勝手に裁いて氷海送りにしたのです!」
「えぇ?!」
「まーたアデリナだよー。」「悪いこと色々してるなー。」
「それで?お父様は不在と言えど、戻ったら流石に第一魔術師が消えていたら気づくでしょう?」
「…それが、何故か国王はアデリナ一派にうまく言いくるめられたのか、その裁きの結果を承認してしまったのです…!」
…なにか、違和感があるな。お父様は昔は名君で、そんな理不尽な結果は決して許さぬお人だったはずだ。
「私もわかりません。もしかしたら、その時から既にアデリナによる精神干渉、洗脳が始まっていたかもしれませんが証拠は何も…。」
お父様が何らかの方法で操られているのであれば、納得はいくが…。
確たる証もなしにアデリナを責めるは返り討ちに逢うだけだろう。
「分かった。どうであれ、ドロテアは今は氷海へいるのだな。私の暴走が原因で。」
「姫様…。」「お姉様…。」
今更、そんな自分の境遇の原因たる私には会いたくないだろうな。
薬の作成を頼みたかったが、難しいだろうか。
「姫様、ドロテア様は今でも姫様のことを好いていると思います。」
なぜわかる?
「氷海送りになった後も、ドロテア様は最後まで姫様を案じておりましたし、姫様は彼女の唯一のお弟子様です。きっと、お薬の方も快く引き受けてくれるはずです。」
そんな都合の良い想像は…
「会ってみなければわからない、見なければわからないことも沢山ありましてよ!」
テア、
「久しぶりに会って、その部分も本音でぶつかり合ってくればスッキリするものでしょ?私たちみたいに。」
…そうだな。
ふいに、フリーダが思い出したように問う。
「そういえば、シオン姉様とドロテアさんは近づいたらダメって…なってたんですよね…?会いに行って怒られないでしょうか…?」
「なに、心配はいらない。」
私は出かけるためディリーとフィンを呼び寄せる短い歌を歌う。
500年前の記憶と比べて随分と成長したディリーとフィンは、最早イルカではない。巨大なモノクロ色のシュヴェーアトヴァル《シャチ》へとなっていた。
久しぶりに呼ばれた彼らは嬉しそうに私に頬ずりをした後上部を回旋しながら待っている。
「ドロテアが私に近づくことは禁じられていた。だが、私が近づくことを禁じられていたわけではないだろう?」
悪戯気に笑い、アメリアを連れて氷海の方向の北へと向かった。




