いつかの竜と結託した日
この話は未来の話です。
次話以降は時期が前に戻ります。
大陸南西にある海に最も近い人間の国、エルメンタ王国。平和に今日も一日が終わろうと日も暮れたころ、突如巨大な竜が城から飛び上がった。
「我、ルキウス・オクタウィウス・トゥリヌス竜帝国の皇帝は!気高き人魚の国ノッケンメーア王国の第一王女たるエリュシオネー・フンデルトヴァッサーと婚約し、竜と人魚の同盟を結ぶことをここに宣言する!」
空から魔力と翼による風圧と共に言葉が降り注ぐ。人間の国の一つであるエルメンタ王国の民は恐ろしさのあまり立ち尽くし、王族貴族はこれから降りかかる恐ろしい事実に顔を青ざめる。
空に優雅に浮かぶは漆黒の覇竜、その上に乗っているのはその真っ白な髪が宵闇に映えて月明かりのように美しい人魚の王女。
「人間の国、エルメンタの王よ。そなたは我が愛しのエリュシオネーの国を支配せんと無理やりに海に軍を、あまつさえ彼女とその妹たちを人質のように陸に縛り付けた。その事実、僕は到底看過できない。」
漆黒の竜は大きな宝石で重々しく着飾られたハムのような王を睨みつける。
(…長かった。ここまで来るまでが。これでやっと、我がノッケンメーア王国が人間の手によって支配されることはなくなるだろう。)
人魚の第一王女、通称「一の姫」と自国で呼ばれていたエリュシオネーは涼しく吹く風にその月のような白い髪をたなびかせながら考える。
「りゅ、竜は…!竜帝国は我ら人間に対し干渉しないと!互いに不可侵であり関わりを持たないという約束ではなかったか!」
人間の王は例え腰が砕けても王の風格を失うまいと玉座に縋り付きながら竜帝ルキウスに反論する。
竜帝は咆哮し、膨大な声圧で王の最後のプライドを挫かせた。玉座からは湯気が立っている。
「その約束自体、我ら竜が敬愛する人魚族に対する不可侵及び海への干渉制限が前提となっていた。その前提が破られた今、僕は人間に対し一切の慈悲を与えるつもりはない。その前提を忘れ、他種族を愚弄し、人魚族を襲うなど無責任にもほどがあるぞ人間の王。」
人間の王、ゴードン・リッチモンドは冷汗をかく。そんなことは知らない。自分はそんな文献や碑文を目にしたことがない。そもそも、確か大陸北西のパヴァーヌ王国が竜との誓約書の原文を持って、その内容のみ彼らが伝えてきただけではないか。奴らが竜は動かないだろうとか言うから人魚の国を見つけ、支配しても問題ないと思ったのに…!彼の国が諮ったとでもいうのか?!
「…呆れたな。忘れたか、人間の王?その前提が作られた時、お前たち人間はその昔僕の愛するこのエリュシオネーとその親友を含め、多くの人魚を何の宣告もなく襲った。多くの人魚の血が流れた。人魚達はそれから海底に籠った。その際、我ら竜や他の種族がどれだけ悲しんだか。…お前たちの先祖の罪だ。その罪自体はお前たちにないだろう。だが、その過去を都合よく忘れ去り、再び人魚に危害を加えたのはお前たちの罪だ。」
「そ、そんな…!」
絶望だ。もう終わりだ。竜に敵うはずがない。そして、その上に乗っている人魚姫も化け物級の強さだ。
「朕の…朕の国が…災禍の人魚姫…災いを招くとはまさにこのこと…。」
苦し紛れに減らず口をボソボソ呟く人間の王に、これ以上エリュシオネーは興味がない。
あとは…
視線を海の方へ向ける。遠くからでも海の上に人間の王子と腹違いの末妹シャルロッテがこちらに何か喚き散らしながら浮かんでいるのが見えた。